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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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7 その鉱鍛種、不機嫌につき――


 馴染みの商人や付き合いのある人物、依頼人への達成報告を済ませたレイラは第二市壁の内側にある職人街区へとやってきていた。

 しかし見慣れた場所、平静と変わらぬ街並みのはずなのに、何処か平時とは違う空気にレイラは眉を寄せた。


「空気が重い? いや、違うわね。でも皆どこか硬い表情をしてるし、今日は巡回している衛兵の数も多いように見えるのは気のせい……じゃないわね。何かがあった、そう考えた方がよさそう」


 市場や大通りとは違った熱意と怒号に満ちた喧騒は変わらないが、作業やすれ違う職人たちの表情はいつもよりも固く、周囲にはどこかピリピリとした空気が漂っている。

 更に普段なら一人二人見掛けるかどうかしかいない巡回の衛兵が、今日に限って職人街区に入って一〇〇メートルも歩かないうちに二人一組の衛兵達と三度もすれ違っている。


 道行く人々の雰囲気が違うぐらいなら気にも止めなかっただろうが、巡回に回されている衛兵の数がかなり増えているのがレイラには気にかかった。

 派手な喧嘩や軽微な犯罪が起きたぐらいでは、衛兵が増員されることはないのだ。

 例え人死にがでるような事が起きたとて、下手人の捜索で何人か増員されることはあれど、こんなにも厳重な巡回が成されているのは異常と言い換えても良い。


 レイラが知る限り、これほど厳重な巡回が成されたのは遠方から相当高位の貴種――その時は到着を知らせる旗手が掲げた家紋旗はたしか公爵家のものだった――がやって来た時ぐらいだろうか。

 その際には衛兵が大通りに等間隔で立ち並び、二人一組の衛兵たちが絶えず巡回して物々しい空気を作り上げていた。


 その時の光景を思い出していたレイラだが、しかしとも思うのだった。

 貴種は基本的に職人を自身の屋敷に呼び寄せるため職人街区に直接やってくることはなく、バルセットの中心に居を構える貴種が降りて来たとは思えない。

 またバルセットへ高位の貴種がやって来たにしても職人街区は大通りからもかなり離れているため、バルセットへやって来た貴種のために衛兵が増員された訳でもないだろう。


 それらを加味して考え得るのは何かしらの大きな事件が起きたのだと自ずと導かれる。

 が、それほどの事が起きたのならばここへやってくるまでに顔を合わせた人々の口から、そういった噂話一つ聞こえてこないのは可笑しな話であった。

 なにせこの時代、娯楽が乏しく人々は無聊を慰める手段も限られる。

 そんな限られた手段の中で最も元手が掛からないのが噂話であり、特に悪意が絡んだり他人の不幸にまつわる噂の巡る速さは前世の比ではない。

 大抵の場合は変容し、原因の事柄とは大きく異なって伝わるものだが、欠片ぐらいは分かるものだ。


「ふふ、世界が違っていても人のすることは変わらないというのは面白いものね。これが人の業というものなのかしらね」


 故に衛兵の巡回が強化されるような事が起きたのならば、誰かしらの口から伝わってきても不思議ではないのだが、そんな重大事の片鱗すら届かないとなれば誰かしらが噂が巡らぬように手を回していると考えるほかないだろう。

 そしてそんなことが出来るのは権力を持つ側の人間であり、ひいては尊き貴種が関わっている可能性もある。そんな壮大な事柄に後ろ盾一つない冒険者が興味本位で関わるのは自殺行為に等しいだろう。


「…………気にはなるけれど、此処は様子見が最善かしら?」


 誰に問うでもなく呟いたレイラは職人街の様子を脳裏に書き留めるだけで思考を切り上げ、目的地であった建物へ目を向ける。




 申し訳程度に存在を主張する武具を取り扱っている店を示す吊り看板。

 簡単に掃除されてはいるが何処かうらびれた雰囲気のある出入口。

 出来栄えを誇るように飾れらた武具はなく、開店していることを知らない者なら素通りしてしまいそうなほど商売っ気を感じない店構え。


 そんな風変わりな武具店――――鉱鍛種ドルキンのゴンドルフが営む店の前にまでやって来たレイラは躊躇いなく入り口の扉に手を掛ける。


 その直後のことだった。


「そうじゃねーだろってなんべん言わせんだッ!!このスットコドッコイッ!」


 店に入って早々に届く地響きのような野太い怒声にレイラが顔を顰めていると、店の奥から追い立てられるように一人の少年が転がり出てくる所だった。


「大丈夫?」

「え、あ、はい。ってレイラさん?! いつお帰りになられてたんですか?」

「昨日の夜に帰って来たばかりよ」


 額に瘤を作って尻もちをついている少年の元へ歩み寄り、瘤の痛みも忘れて頬を僅かに赤く染める少年の様子を見つつ、気付かない振りをしながら立ち上がらせる。

 衣服に付いた埃を払ってやりながら少年に他に目立った怪我が無いかを確認し、更に赤みの増す顔を無視して店の奥へと視線を向けるレイラ。


「親方は奥に?」

「えぇ、今日もいつも通り元気に鎚を振るってますよ」

「それにしては随分と機嫌が悪いみたいだけど?」

「アハハ、その、色々ありまして……」


 ふむ、と一つ頷きながらレイラは思考する。

 職人街区の不穏な空気とゴンドルフが不機嫌になったわけ。タイミング的に考えても二つの原因が一致する――――訳はないだろうと結論付ける。

 そもそもゴンドルフは職人にありがちな気難しさのある人物であり、何かの拍子に機嫌を損ねることは間々あることだ。それに加えて奥の部屋から転がり出て来た少年には、通りで見かけた人々のような緊張感はなかった。

 なればと特に気に留めることなく工房に入れば、般若のような形相を浮かべたゴンドルフが振り返る。


「テメェ、性懲りもなく――――って嬢ちゃんか、いつ帰って来たんだ?」


 いくら機嫌が悪かろうと客がくればそれも治まろうと踏んだレイラの予想通り、声を張り上げようとしたゴンドルフに手を振るときょとんとした表情を浮かべて怒気が目に見て治まっていく。


「昨晩にね。随分と荒れてるみたいだけど、何かあったの?」

「なんでもn――――「実は噂の"あの人"がかなり強力な魔道具を手に入れたからって、武器を新調するって話が流れちゃったんですよ」――――おい!ぼん、テメェ!!」


 顔を背けてはぐらかそうとしたゴンドルフの言葉を遮り、悪戯が成功したのを喜んでいるような表情を浮かべた少年が顔だけを工房に見せて言ってのける。

 一瞬にして沸点を飛び越えたゴンドルフが鎚を振り上げれば、逃げるように少年は顔を引っ込める。そんな三文芝居のようなやり取りを眺めながら思い起こす。

 件の"あの人"という言葉に該当する人物はレイラの記憶の中でも一人しか居なかった。



『ラリエス=バルム・ペコ・カテリアーナ』



 四年前、レイラの故郷を亡ぼした遨鬼達の侵攻に呼応してやって来た蛮族達を一人で、かつ無傷で殲滅せしめた女傑。


 彼女の戦いぶりを見た者たちが付けた(あざな)は『個人要塞』。


 そしてその実力を買われて領主に食客として迎えられた放浪の冒険者であり、最近になってその存在を公にしてバルセットを中心に活動して居るのだとか。

 レイラは未だにその姿を直接見たことはなかったが、件の冒険者が注目を集めたのは二対四枚の翼を有した"天翼人セレスティアル"だったからだ。

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