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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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6 その者、双月神の司祭につき――

 

 窮していたラウル司祭に手を差し伸べたレイラだったが、常であればレイラがラウルの依頼を受けることはなかっただろう。

 冒険者にとって稼ぎ時であるこの時期、誰であろうと労力を安売りすれば同業者から多大な顰蹙を買うことになるからだ。


 一人でも安い依頼料で受けたと知られれば、他の依頼主は当然のようにそれを引き合いに出し、冒険者たちの報酬について値下げ交渉するだろう。


 特に商人が依頼主の時はそれが顕著だ。

 勿論、全ての依頼主がそんな事をする訳でもなければ、法外な値下げが行われる訳でもない。が、学の無い者が多い冒険者では値下げ交渉が始まってしまえば良いように丸め込まれてしまう。

 だからこそ冒険者達は繁忙期となると依頼を受けている店ごと――レイラであれば"羊の踊る丘亭"だ――に報酬の下限を決め、それを下回る依頼は受けないように結託している。


 談合だと言われようがそれを取り締まる組織はなく、元より商人でもない冒険者達の談合を禁ずる法もないのだ。


 そんな訳でたまたま聖堂へ立ち寄った際にラウルに依頼を受けてくれないかと懇願されたが、当初のレイラは表面上は残念がる風に首を横に振っていたのだ。

 肩を落とすラウルに一度は背を向けたレイラだったが、数日後にはその意見を翻して依頼を受けていた。


「しかし本当に依頼を受けて頂いて宜しかったのでしょうか? いえ、依頼を御願いした私が言うのも筋違いかとは思いますが、他の冒険者方からの評判などもありますでしょうし……」

「その件は先程もお伝えしましたが私にも利がありましたし、ラウル様が気にされる程の事ではありません。それにこれでも私は多少のことなら無理を通せる程度には顔が利く方ですし、上手くやる方法もありましたから」


 レイラがラウルの依頼を受けたのは、なにも慈善活動や知己であるラウルへの義理を立てたからではない。

 "とある筋"からファルマル草の群生地への途上、最近活動が活発な野盗が潜んでいる可能性が高いという情報を得たのだ。


 それからのレイラの行動は早かった。


 他の冒険者達から顰蹙を買わぬよう群生地付近を目的地としつつ、片道だけでも参加できる隊商護衛の依頼――護衛の依頼は往復込みであるのが主だ――を探し、また帰途の最中で熟せる依頼をまとめて引き受け、合計の報酬がこの時期の相場に見合うように仕立て上げたのだ。


 レイラがそこまでして依頼を受けた真の理由。

 それは我欲を満たす、ただそれだけ。


 バルセットへ移り住んで以降、絶えず自身の変化を分析してきたレイラは本物のレイラ()の影響範囲を凡そ特定できていた。同時に、その枷が外れる条件も。

 レイラの衝動を抑え込む枷が外れる条件は三つ。


 一つは相手が蛮族であること。

 一つは相手が死罪に相当する重罪人であること。

 一つは相手が自身を殺す気でいること。


 これらのどれか一つでも満たされれば枷は外れ、レイラは思う存分"彩"を堪能することができるのだ。

 だが裏を返せばこれらの条件が満たされない限り、レイラは自身の欲求を満たすことが出来ない。

 また条件を達していたとて、破落戸に類する冒険者といえど依頼を受けられるかにも関わるため風評も気に掛けねばならず、表の世界に身を置いてる以上は法も守らねばならない。


 故にレイラは蛮族や野盗の噂や目撃情報を聞きつけた時、その近辺を通る依頼を一人で受けるようにしていた。

 そしてそんな噂が立つような場所には相応の存在がおり、例え噂が間違いであっても、一人の女が街道を歩いていれば彼らは恰好の獲物とみて襲い掛かってくるのだ。

 そうなればレイラに課せられた枷は容易に外れ、周囲の目からは正当防衛に映るため評判が落ちることもない。


 まさに一挙両得、レイラにとって好都合以外のなにものでもない。


 しかし、そんな都合のいい条件が揃うことは滅多にない。

 だからこそレイラは決してその機会を逃がすことがないよう、全ての条件が揃えば多少の無理を圧してでも依頼を受けていたのだ。

 しかも今回では副産物として神殿勢力へ好印象を与えられるとあらば、他の冒険者から顰蹙を買おうともレイラにとっては些末な問題だった。


 そんな思惑があったことなどおくびにも出さず、レイラは人好きのする柔和な笑みで真意を覆い隠しながら香茶に手を伸ばす。


「それより私が街を離れている間、孤児院の子供たちに変わりはありませんか?」

「えぇ、皆元気に過ごしておりますよ。元気過ぎて、あの子たちの相手をした夜は疲れを取るのに夜帳神の下さる安眠の奇跡が欲しくなってしまう程ですよ」

「あらそうなの? ふふ、それは良い事ですね」


 親し気で気さくな様子で話しているラウルであるが、聖堂を預かる司祭と言えば公の場では騎士位に相当する――――信徒の数や聖堂の規模等にも依るが――――扱いを受ける権力者である。

 幸いこの場にはレイラとラウルの関係性を知る者しかいないため問題はないが、相応の立場のあるラウルにいつまでも下手に出られている所を誰かに見られれば双方ともに外聞が悪い。


 故にレイラは依頼に関する話を早々に切り上げて世間話を振れば、即座に察したラウルも話題に乗ってくる。

 聖堂と同じくラウルが管理している孤児院の話題であることも、ラウルが話に乗った一因ではあるだろうが。


 それからのレイラとラウルの話題は尽きることはなかった。

 孤児院の様子から始まり、近隣の時勢、ここ最近市井だけでなく地位のある者たちの間で流行っているものなど話は多岐に渡った。


 二人の会話が淀みなく尽きることが無かったのはお互いが見知った間柄と言うのもあったが、双方とも一定以上の知識を有している者同士であることも大きかった。

 この世界、この時代で一定以上の知識を持ったもの――――所謂、知識階級に属する人間は少なく、読み書きどころか難しい単語の混じる会話となると覚束なくなる者が殆どだ。

 その上、知識階級にある者は貴種の様に厳格な礼儀作法があったり、大店の商人のように言葉一つ一つに注意を払わねばならない者が大半を占める。


 知識に差のある者同士で話すというのは存外疲れるもので、だからこそ会話に齟齬が生じず、また様々な面で気を遣わずに済む世間話に興じれる相手は非常に希少だった。

 故にラウルの方から会話を滞らせることはなく、そしてレイラも些細な会話の中からでも情報を得ることが出来るため会話を弾ませる。


「おや、もう正午の鐘がなる時間ですか……」

「あら、ついつい話し込んでしまったわね」


 幾度か侍祭によって香茶を注がれながら二人が気兼ねなく会話を楽しんでいると、二人の耳に正午を告げる鐘の音が届く。

 時を忘れるほど話し込んでいた事を恥ずかしがるように、顔を見合わせた二人は小さく笑いあった。


「いやはや楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎてしまうものですが、この時ばかりは狭間と流転の女神(メフローデヴィオ)様を恨めしく思ってしまいますね。そうだ! もしよければこの後も孤児院の方で食事など如何ですかな? 子供たちもレイラさんにお会いするのを楽しみにしておりますし」


 言葉通りの意図しか読み取れない表情と提案に思考を巡らすレイラ。

 ラウルが管理する孤児院とはレイラが丁稚を探し始める前から関りがあり、付き合いとしてはそこそこ長いものになっている。

 当初は自然な形でラウルとの関係を深める為、自身と同じく両親を失っている子供達へ同情したという体で行われた寄付から始まった関係だった。

 しかし今では寄付だけでなく、孤児院へ時折顔を出しては子供たちの相手をするにまで至っていた。その御蔭でレイラはラウルだけでなく、孤児院の子供たちからもまるで実姉を慕うように懐かれていた。


 レイラの行動の変化はある日突然善行に芽生えた――――などと言う殊勝な理由ではなく、当然のようにその方が益があると判断したからだ。


 此処、双月神の信徒は少なく聖堂を支援する者もまた多くない。

 なれど、比すれば一般的な聖堂が可愛く思えるほど太い支援者パトロンがついていた。

 それも多少は生活に余裕のある市民などといったちゃちな存在ではなく、誰もが一度は名を聞いたことがある大商会であったり、幾つも代を重ねてきた上級文官たる貴種であったり、果てには領主に連なる尊き血族までもが支援者にいるのだ。


 何故か。

 それは双月神に仕える者たちは総じて―――司祭のラウルだけでなく助祭や侍祭ですらも――二柱が授ける祝福ギフトによって在野の芸術家と比して抜きん出た芸事に秀でているのは勿論、権力者にとって芸術等は切っても切れないものであるからだ。


 芸術家を支援する事で周囲に対して「私はこれらにも投資できるほど余裕がありますよ」とアピールする事ができる。

 他方では客人を招き入れた際に客人が好む食事、好む酒、良く聞く詩を奏でさせて「貴様の全てを知ってるぞ」と言外に脅す手段としても用いられているのだ。


 とは言え双月神の教徒は基本的に政から距離を置いており、権力者側も神殿勢力が政に介入するのを嫌って必要最低限――聖堂や孤児院がなんとか運営できる程度だ――の支援に留められているのだが、孤児院にて保護されている子供たちはやや事情が異なる。


 彼ら彼女らは神殿勢力の庇護下に置かれているだけで、正確には神殿に属していないのだ。

 にも関わらず日々二柱の神々を奉じているためか、祝福を賜わり芸事の才に目覚める者が市井の者と比べて多い。

 そういった者の中で本人が神殿へ属すことを望まなければ、大抵の場合は成人前後に奉公人か専属として権力者に召し上げられている。


 現にレイラが孤児院と本格的な付き合いを始めてから貴種の元へ二人、大店には五人ほど召し上げられている。



 そうして栄達した孤児達と今なお親交のあるレイラは彼等の世間話や愚痴を聞き、その中に時折紛れ込む市井の者が知り得るはずのない希少な情報を拾い上げていた。


 レイラが普通は知る機会すら与えられず、複雑極まる――でなければ紋章管などという職は存在しない――貴種の家系図を脳裏に描けたのは、そうした繋がりと努力があってこそだった。


「お誘いは嬉しいのですけれど、まだ寄らなければならない場所が幾つかありまして。申し訳ありませんが、今日の所は……」

「いえいえ、お気になさらず。旅路から帰ってこられたばかりのレイラさんにはしなければならないこともありますでしょうし、旅の疲れもあるでしょうに。こちらこそ気を使えず、長々と引き留めてしまい申し訳ない」


 しかしレイラはラウルとの関係や孤児院の子供たちへ与える印象を天秤に掛け、それでもラウルの誘いを断ることにした。

 彼らからの好感度は既に十二分に稼げていると判断したというのもあったが、実際に行かなければならない所があるというのも嘘ではなかったのだ。


 ラウルの依頼を受けるためにまとめて引き受けた他の依頼の達成報告であったり、一月以上もバルセットを開けていたため帰還の知らせをしなければならない顔馴染み達も居るのだ。


 電信が発達しておらず、脅威の蔓延るこの世界では生死の判別が難しい。

 特に順路を巡る行商や冒険者ともなれば一ヶ月以上も姿を見なければ、死んでいるのか生きているのか分からなくなり、三ヶ月も見なければ誰もが死んだと思うだろう。


 故に長らく街を開けていた時は顔馴染み達に声を掛け、自身の無事を知らせるのが慣習となっている。しかしただの慣習と馬鹿にすることもできない。

 帰還の知らせるのを怠ったり顔を出す順番を間違えれば、その程度の付き合いだったのかと相手が臍を曲げることもある。特に付き合いが浅く、されど関りを断てない間柄の相手に臍を曲げられるのは面倒なのだ。


御暇(おいとま)のお詫び……ではありませんが、これで子供たちになにか甘い物でも作ってあげてください」

「おや、これは岩蜂(ペトラアペス)の蜜ですか。気を使っていただいたようで申し訳ない。そしてありがとうございます、きっと子供たちも喜びます」


 最後に手を交わしてからレイラは持ってきていた荷物の中から小瓶をラウルへ渡し、聖堂を後にする。

 聖堂にいる教徒全員が見送りに出てくるという盛大なものに手を振ってから身を翻したレイラは大きなため息を吐き出した。


「前世でもそうだったけど人付き合いというのは便利な反面、しがらみも増えて面倒ね」


 担いでいたズタ袋を背負いなおし、レイラは次の目的地に向かって歩き出す。


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