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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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5 その詩、説教につき――

 

 籐籠とズタ袋を手に街へ繰り出したレイラの足取りは明確な目的地を持った確かなもの。

 服装は変わらず叔母のエレナが見れば盛大に嘆く――――諦めの境地に至ったのか、最近は何も言わなくなったが――――男物の簡素な恰好のまま。

 ただし見苦しくない程度の薄化粧とシャツの上からベルトが通され、財布代わりの布袋とやや大きめのポーチ、鞘が嵌められた上で簡単に抜けないように紐でキツく縛られた手斧が一本ぶら下げられている。


 そんな装いをしたレイラが歩いていたのは、大通りから外れた住宅街に走る道。


 商店や商会が立ち並び、活気と喧騒に包まれた大通りよりは静かであるものの、はしゃぐ子供の声や井戸端会議に勤しむ女性たちの声など、生活感溢れる雑音に満たされていた。


「久しぶりだなレイラちゃん、いつ帰ってきてたんだ?」

「お久しぶり。帰ってきたのは昨日の夜よ」

「あらレイラちゃん、久しぶりだねぇ。もし良かったらウチでお茶してかないかい?」

「おば様の作るパイは美味しいからお誘いは嬉しいのだけど、残念ながら今日は予定があるの。だからもし良かったらまた誘ってくださらない?」


 道征く人々の中に混じって現れる顔見知りの人々と軽く挨拶を交わしながら進み、数分とせずに辿り着いたのは石造りの建物。

 そこはバルセット城塞都市にて自由と芸楽(レイレターラ)()双月神(ファスマニール)を祀る聖堂。


 神々の数と同じだけある聖堂の中でも極めて質素ながら、木造の住宅が隙間なく立ち並ぶ中にあって目立ち、周囲と隔絶を図るように簡素な柵に囲まれ、小さいながら手入れの行き届いた芝の敷かれた中庭を有するそこそこ広い敷地を持っていた。

 それでいて来訪者を拒むように聳える門などはなく、中庭に設けられたベンチには老夫婦と思しき男女が腰掛けて仲睦まじげに寄り添っている。

 小鳥の囀りすら聞こえてしまいそうなほど長閑な中庭を眺めながら進み、偶然目があった老夫婦へは会釈を送ってから敷地の中央に座す建物の前に立つ。


 鋲などで補強された重厚で大きな扉口は役目を放棄するように開け放たれ、中に見えるは抱き合う二人の女性を象った石像、石像に向かって左右に等間隔で並べられた長椅子。

 そして最奥に置かれた石像の前には祭服に身を包んだ壮年の男が採光窓から差し込む光に包まれ、琵琶かリュートに似た一〇弦琴を抱えて椅子に腰かけているのが見て取れる。


 なにやら口ずさんでいるように見えるにも関わらず、何故か扉口の外に立つレイラの耳には一言も届かない。

 しかしレイラが怪訝に思った素振りも見せずに聖堂の中へと踏み込めば、周囲に漂っていた生活音が消え去り、色彩を幻視しそうなほど豊かな音が押し寄せる。





 ――――かくして吾らが神々は権能を地界へ残し、敗残なれど未だ脅威たる外なる神々の残党との戦場を天界へと移し、新たなる悪意の芽が地の趺へ至ることがないよう戦い続けておられるのだ。






 響き渡る力強く深みのあるバリトンの声、そしてそれを優しく包み込む柔らかで独特な音色。

 軽快に弾かれる弦に合わせて柔らかな音はリズムを刻み、重なり合い、混ざりあった音は音楽へと昇華されてレイラの耳へと届けられていく。

 僅かな間奏を挟み、再び楽器を抱えた男の口から腹の底に響く艶のある声が放たれる。






 ――――あぁ、そして神々の尊き犠牲の元に地界には平穏なる日々が訪れた。しかし地の趾には既に外なる神々の手により多くの悪の種子が蒔かれ、神が去りし新たなる時代に災禍の芽は育っていた。






 新たにやって来たレイラに気付いたのか、側廊に控えていた侍祭がレイラの元へ来ようとするのを手で制し、疎らにしか人のいない広間を見渡してから最も手近にあった長椅子に腰かける。

 そしてレイラはただ静かに瞑し、芸楽への見識が浅くとも唸らざるを得ない奏でを味わうように意識を傾ける。





 ――――芽の名はガルム・ドゥリュン。悪辣なる蛮族ベイベロン、神代より在りし古き不死者ノスフェラトゥ、始祖に連なる吸血鬼(ヴァンパイア)。一夜にして五つの国を焼き尽くし、流された血の河を飲み干した災禍は、たった一人で栄し魔法文明を滅ぼした。





 神々を祀る各聖堂では学びを得る機会の少ない市井の民へ向け、生活の智慧や神々の教義を解く説教が定期的に開かれている。

 普通はその聖堂を取り仕切る司祭が滔々と語る形式となるのだが、双月神の聖堂だけはやや趣が異なった。





 ――――そして数多の悲鳴と絶叫に大地は染め上げられ、絶望の渦中にてガルムは高らかに嗤い上げる。暗き深淵の如き救い無き闇の時代の幕開け。誰もが顔を俯かせる中、立ち上がる者たちがいた。






 奉じる神が芸楽を司るだけに、属する信徒はそれぞれが芸楽に通じ、司祭による説教も詩によって行われているのだ。

 そしてレイラは耳を傾けていた詩の歌詞から、今回の説教はこの世界の大まかな歴史なのだと察するのだった。






 ――――若き五人の勇士は地の嘆きを愁いた神々より授けられし祝福を糧に過大なる災禍に立ち向かう。なれど相手は世界を亡ぼし巨悪、勇士は櫛が掛けるように命を堕としていくのだった。







 聞き惚れるほど優美で力強かった旋律は物悲しく弱々しい物へ、終幕を感じさせる伴奏へと移っていく。

 既にレイラがやってきてから四半刻の更に半分が経とうかという頃。

 レイラが聖堂へ入る以前より始まって居たことや説教の内容を鑑みれば、中央で独奏している司祭は四半刻は優に歌い続けていることになる。

 司祭の喉の余力的にも、語りの内容的にも、まもなく終わりがやってくるのだと誰でも悟ることができるだろう。


「残された最後の勇士はその命と引き換えにガルムへ刃を突き立て、悪夢の日々は終わりを告げた。そうして人族は新たなる歴史、魔導機文明時代へと新たに進みだす…………さて、今日の説法はここまでと致しましょう。皆さま、如何でしたかな?」


 広い聖堂のなかで疎らに人の座る各所から小さな拍手が起り、僅かに額に汗を滲ませた司祭に促されて詩に対する感想が述べられていく。

 腹の底へと響き、勇ましさすら感じさせる歌声を響かせていたとは思えない朗らかな会話を始める司祭。


 それを横目にレイラは席を立つ。

 気付けば聖堂の入り口からは外の生活音が入り込んでいた。

 司祭が有する奇跡――――外界からの音を遮断し、また奏者が気を掛けることなく奏でられるように音が周囲へ漏れぬようにする奇跡"静謐なる観衆"が解かれたのだろう。


「お久しぶりです、レイラさん。今日はもしかして……」

「えぇ、依頼の品を届けに来たわ」


 先に手で制した侍祭へ手に持っていた籠を渡せば、パッと表情を明るくさせた侍祭によって聖堂の奥にある控えの間へと案内される。

 そこは生活感が皆無だった中庭や聖堂とは打って変わり、竈や食器などが置かれた一室となっている。

 レイラが慣れた所作で中央に置かれた質素極まる卓に座れば、間断置かずに湯気の立つ香茶が差し出される。


「司祭さまも間もなく来られると思いますので、もうしばらく此方で御待ちください」


 静かに退出する侍祭を見送り、そっと茶器に手を伸ばす。

 薄く緑に色づいた香茶――前世で言うハーブティーに近いものだ――はこの国で主流となっているもの。


 口に含めば砂糖などの甘味とは違った甘い風味が広がり、その後にやってくる生姜のような辛みが後味の切れを良くし、聖堂の気温で冷えていた身体をほんのりと温める。

 春の芽吹きを促す豊穣神が眠り、大地を休ませるために冬衣神がもたらす冬が近づき、寒さが日々厳しくなっていくのに合わせた香茶を淹れたのだろう。


「これはこれで良いのだけれど、やっぱり黒茶の方が良いわね……そう言えば新しい黒茶が入ったって言伝もあったし、帰りに寄ってみるのも良いかもね」


 不味いわけではないが、趣向に合わない香茶を置きながら帰宅した際に馴染みとなった香草屋からの伝言があったのを思い出す。

 今日何度目かになる予定の組み替えをしていると、部屋の外からこちらに向かって来ている足音に気付く。


「いやはや、お待たせしてしまって申し訳ない」

「いえ、お構いなく。美味しい香茶を楽しませていただいていたので、逆にもう少しゆっくり来て頂いても良かったんですよ?」

「ははは、彼女にも好評だったとお伝えしておきましょう。お久しぶりですね、レイラさん。お帰りはいつ頃で?」

「昨夜の夜に、無事に戻ってきましたよ」


 扉を開けて入ってきたのは先に聖堂で演奏していた双月神の司祭であり、この小さな聖堂を取り仕切るラウル・ボルフェッティ司祭であった。

 深みのあるバリトン域の声は変わらないが、歌っていた時よりも朗らかで、柔和そうな顔立ちと相まり、声を聴くだけで安心感すら覚えそうな独特なもの。

 そんな彼へカップを掲げてお道化てて見せれば、楽し気な声に控えの間は満たされる。


「さて、さっそくではありますが依頼の話を済ませてしまいましょう。それで先程届けて頂いた品を拝見いたしましたが、質、状態共に問題ありません。ですので依頼は達成という事で、こちらが今回の依頼の報酬となります」


 柔和な笑みを称えて対面に座ったラウルはさっそく控えていた侍祭に目配せすると、レイラの前にじゃらりと音をたてた布袋が置かれる。

 一言断ってから中身を改めれば、大銅貨が三枚、中銅貨が五枚入っているのが瞬時に分かる。

 それぞれが額面の通りの価値ある硬貨である事を確かめ、レイラは一つ頷いてから腰のベルトに括り付ける。

 そして受領した旨を伝えると何故か優し気に微笑まれる。


「しかしレイラ殿に依頼を受けて頂けて感謝しております。何分、ファルマル草は滅多に流通する物でもありませんからね」


 昨夜までレイラがバルセットを離れていたのはラウル司祭の依頼を受けての事だった。内容はファルマル草というアルブドル大陸特有の風土病に効く薬草を採って来てほしいというもの。

 元来そういった依頼を出すのは薬師か、それらを取り扱う商人の領分なのだが、ファルマル草はやや特殊だった。


 そもファルマル草を必要とする風土病はバルセットでも年に数人程度しか罹患せず、滅多に処置が必要なほど重症化するものでもない。

 その上ファルマル草自体の使い道がその風土病ぐらいにしか無く、適切に乾燥させれば数年は持つのだ。


 つまり行商人などが扱うには需要が圧倒的に少なく、薬師もファルマル草を求められる機会もほとんどないため備蓄もしていない。

 そのくせ採取できる地域が限られているせいで、正規に求めようとすれば手に入れるのに掛かる時間は長く、費用は高い。それらを加味すれば備蓄している所など、万が一を見越した各神殿ぐらいの物であろう。

 故に冒険者に採取依頼のお鉢が回ってくるのだ。


 そして冒険者側としても報酬は多いとは口が裂けても決して言えないが、正しく依頼をこなせば難癖付けて報酬を減額してくることもなければ、神殿勢力との繋がりが出来るとしてファルマル草の採取は比較的人気だった。


 ただ、診療所の側面を持つ双月神の聖堂がファルマル草の備蓄を切らした時期がやや不味かった。


「それにこの時期は冒険者の方々も少ないですからなぁ。本当になんとお礼を言えばいいのか……」

「お気になさらず。私の方でも益のある依頼でしたし、それにガラバック連峰は足を運んだことがありませんでしたから、良い経験になりました」


 バルセットに詰める冒険者たちの数が圧倒的に少なくなっていたのだ。

 今のこの時期は誰もが待ちわびる収穫の時が間近であると同時に、誰もが警戒を強める時期でもあるのだ。


 野盗、素行の悪い傭兵、果てには少数で人族の領域に忍び込んだ蛮族という悪意が、秋の実りを得てたらふく蔵を満たした各地を狙うからだ。


 当然、狙われているだろう各地もただ無抵抗でいるわけではない。

 この時期は巡察吏の数も増え、警戒はより厳しいものになる。

 また村よりも規模が大きな所ならば衛兵や領軍が、裕福な村ならば自らが養っている自警団や雇い入れた傭兵達で悪漢への備えを整える。


 では未だ発展の途上であり、自警団を養う金が少なく、傭兵を雇う余裕のない小さな村はどうするか。


 専業軍人より実力は低くとも、真っ当に戦える装備をした冒険者を何人か雇い入れ、各村は男手と共に防衛にあたるのだ。


 それに狙われるのは何も村々だけではない。

 金物入り乱れる形で徴税が行われているこの地では、収穫に合わせて行商人達の動きも活発になり、そこを狙う者たちも現れる。

 金や貴重品を積んだ行商人達は身を守るため隊商を組み、傭兵を護衛とし、賑やかしと見かけ上の護衛数を増やすために冒険者たちを雇う。


 そうして需要が増えるという事は、それを求めた際に必要となる金銭の額も多くなる。前世のような薄利多売の概念など存在しないのだから。


 よってこの時期は冒険者たちにとっては稼ぎ時であり、冒険者を雇う必要が出た者たちにとってはやや不便な時期になる。

 市井のものが冒険者を雇うのは安いからこそだからだ。

 冒険者が多忙となって費用が嵩めば、金銭に余裕がない者たちは耐え忍ぶしかなくなる。


 詩による説法を説いていたときの様子から分かる通り、双月神の信徒はあまり多くない。

 豊穣神や酒精神のように生活に深く関わる神々とは違い、双月神は司る権能が芸楽であり、、庶民にとって信奉するには少々縁遠い。

 また主神である陽光神やそれと同格と目されている夜帳神のように授けられる奇跡が強力といったこともなく、神格も高いとは言えない位置にあるのも信徒が少ない一因だろう。


 そして信徒が少なければお布施や寄付は少なく、それで運営している神殿に相場に見合った報酬――少なくとも他の冒険者が諸々を加味した上で依頼を受ける程度だ――を出す余裕もない。

 それらの事情から窮していたラウルだったが、そんな彼の依頼に名乗り出たのがレイラだったのだ。


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