14 その違和感、不快につき――
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耳に届いた微かな足音を頼りにレイラは通路を曲がり、すぐそこにいた大鼠の首を刎ね飛ばしながら眉間に皺を作る。
まただ。
そう内心で呟きながら、レイラは冷めた視線を死骸に向ける。
つい数分前から狩り取っている大鼠の感触に、可笑しな物が混ざり始めていた。
かすかな違いしかなく、説明したところで信じてもらえるか怪しいほどだが、確かに違っていた。
生きた感触がしないのだ。
手斧で首を叩き落としても、鉄靴で頭を蹴り砕いても、生きているもの特有の瑞々しさと言うべき抵抗感がないように思えた。
何よりどんな生物でも見せる恐怖や、生き抗おうとする"彩"が見えなかった。
感情の色が薄い動物とはいえ、久方ぶりの獲物に幸福感を密かに噛み締めていたレイラの姿は疾にない。
まるで高級料理のフルコースの最中に質の悪い低俗な家庭料理が出されたような、得も言われぬ不快感がレイラを心の底から苛立たせた。
その鬱憤を晴らすように少し離れた位置にいた大鼠との距離を一息で詰め、可能な限り強化を施した回し蹴りをただただ力任せに叩き付ける。
だがその行為もレイラの鬱憤を晴らすには至らず、逆に再び伝わる妙な感触に苛立ちが募るばかりだった。
ガランド達がまだ曲がり角に入ってきていないのを確かめたレイラは大鼠の死体を蹴り飛ばす。
熱に浮かされたように鈍っている思考を溜め息とともに切り替え、大鼠を蹴り潰した音に反応した他の大鼠が逃げていく後ろ姿をしっかりと見送り、目を細める。
そして妙な感触以外にも、レイラには気になることがもう一つあった。
「ねぇ。二人に聞きたいのだけど、大鼠って大きな群れを作ったり、獲物を巣におびき寄せる習性なんててあったかしら?」
丁度通路を曲がってきた二人へ振り返り、小首を傾げてみせるレイラ。
レイラの突拍子もない質問に二人は顔を見合わせるが、直ぐに訳が分からないと肩を竦めた。
「俺が知る限り大鼠にそんな習性があるなんて聞いたことないな。ガランドは?」
「俺もそんな話は聞いたことねェなァ。そもそも大鼠は巣どころか、大きな群れも作らねェはずだぜ」
「そう。やっぱり、二人も聞いたことないのね」
今回の定期討伐に参加するにあたり、討伐対象である大鼠の習性を事前に調べ上げていたレイラも、自ら口にした習性を持っているなどと言う情報はない。
だが妙な感触の大鼠が混じり始めてからと言うもの、大鼠達の一部が一方向に向かって逃げるようになっていた。
時にはわざわざレイラ達に見つかるように通路を横切って逃げていくのだ。
その姿はまるでどこかに導こうとしているようにも見え、怪しむには十分だった。
「誘いこむ、か。ちょっと待ってろ」
レイラは妙な感触のことも含め、大鼠の気になることを二人に伝える。
するとガランドはレイラが殺した大鼠の死骸を探り始め、ダッカはその場で考え込むように瞼を閉じた。ガランドはともかく、待てと言ってから一歩も動く素振りを見せないダッカへ訝し気な視線を送るレイラ。
だが何をしているのか探ろうとするよりも早く、レイラの全身をそよ風のような何かが撫でつける。
不意の感触に即座に周囲を見渡すが、風が吹いた様子はなく、そもそも地下水路に入ってからというもの感じ取れるほどの風が吹いたことなど一度としてなかった。
更に言うなら先の感触は普通の風とは違って身体の中を通り抜けていくような不可解なものだった。
大鼠の動向以上に異常な事態に警戒を強めていると、死骸を調べていたガランドが立ち上がる。
「ふゥむ、鼠共の死体に変なところはねェなァ、ってどうしたよ嬢ちゃん?」
「いえ、今何かが吹き抜けていったような気がしたのだけど……」
レイラが臆面もなく先に感じた違和感を口にすると、ガランドは何事も無いかのように肩を竦めた。
「あァ、そりゃあダッカの魔力感知だな」
「魔力感知?」
「おうよ。てか、嬢ちゃん知らなかったのか?」
「えぇ、聞いたこともないわ」
レイラが素直に首を傾げると、ダッカは僅かに呆れたような表情を浮かべる。
詳しく聞き出すと、魔力感知とは魔法や魔術に変換される前の魔力は決して他者の物と交わることなく拒絶されると言う性質を利用したものらしい。
地球でいえば、ソナー探知機が近いだろうか。
しかし話を聞く限りだと使える人間が限られそうな探知方法だと、更に首を傾げるレイラにガランドは大きな溜め息を吐き出した。
「物に魔力を込めるほうが難しいんだぞ?だから普通の冒険者は魔力感知を覚えてから武器強化を覚えるんだがなァ……そこら辺はダルトンに習わなかったのか?」
「お父さんには身体賦活とか戦い方の手ほどきは受けたけど、基礎的なものばかりで魔力感知とかは教えてもらってないわね。武器強化も魔力を操ってたら偶然できるようになっただけだし」
今にして思えば、ダルトンはレイラに荒事に使われる技術を学ばせる気がなかったのだろうと気づく。
そもそもダルトンがレイラに身体賦活や戦い方を教える切っ掛けは、レイラが村長の息子に襲われたからだった。
自衛手段でもある精霊魔法の代わりに護身術として使える程度の身体賦活を教えるつもりが、予想以上にレイラが食い付いたせいで模擬戦までやる羽目になってしまったのだろう。
その時のダルトンの心情を想像し、レイラはクスりと一人笑う。
「そう考えると、私って随分と親不孝者ね……」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ、何も。それより私にも魔力感知を教えて貰えないかしら?」
「そりゃ構わねェが、俺よりも適任な奴がいるじゃねェか」
ガランドはニヤリと笑ってレイラの背後を顎で示すと、振り返るよりも早く頭を乱暴に撫で付けられる。
「なんで魔法戦士のガランドじゃなくて、俺が魔力感知を使った理由を考えてみな」
「どういうこと?」
「魔力感知も武器強化や身体賦活と一緒で、使えるからって使い熟せるとは限らないってことさ」
魔法探知を使えるのと、反応を正しく読み取れるかは別らしい。
ガランドも魔力感知を使えこそするが、ダッカのように反応したものとの距離を精確に読み取れないだと言う。
そう言う事もあるのかと納得したレイラは今度こそダッカに向き直る。
「それじゃあ教えて貰えるのかしら?」
「それは構わないが、話は進みながらしよう。武器強化ができるなら、わざわざ立ち止まって教えるほど難しいことじゃないしな」
ダッカはそう言ってから乱雑に撫でる手を止め、ガランドへ真剣さを滲ませた視線を向ける。
「それに嬢ちゃんの言う通り妙な動きをしてる反応もいくつかあったんだが、どうにも嫌な予感をさせてくれる動きをしてやがる。だから俺としては調べておきたい。が、今回の依頼は嬢ちゃんが受けたもので、俺たちに決定権はない。だからこれからどうするかは嬢ちゃん次第だがな」
「あら、それは冗談のつもり?ならあんまり面白くないわね。私は経験豊富な先達の人が嫌な予感がするって言ったのを無視してまで、自分の依頼を優先するほど神経が太いつもりはないわよ」
レイラが大仰に肩を竦めると、ダッカは負けたと言わんばかりに両手を上げる。
一部始終を見ていたガランドはニヤニヤとした笑みを浮かべてダッカの肩を抱くのを視界に収めながら、レイラはポーチから一枚の紙を取り出した。
「ほゥ、こりゃァここの地図か?」
それは迷路のように入り組んだ地下水路の構造を正確に書き出した地図。
定期討伐を請けるのが決まってから盗賊ギルドで買い取ったものだった。
前世のようにインターネットなどの情報媒体があまり普及していないこの世界において、地図など機密情報と扱われてもおかしくはない代物のはず。
なにより作図するだけでも膨大な労力を必要とする。
だがそれを簡単に提供できるとは、流石は多数の斥候役を抱えている盗賊ギルドというべきか。
レイラは嬉々として法外な値段――価値を考えれば妥当ではあるが――で売りつけてきた馴染みの男の顔を浮かべ、良い縁に恵まれたものだとほくそ笑む。
そして取り出した地図を濡れていない通路に広げ、後ろでじゃれ合っている大人達にも見やすいようにカンテラで照らしながら自分達がいる地点を指さした。
「えぇ。それと私達が降りてきた場所が此処だから、現在地は恐らく此処ね。ダッカさん、大鼠が逃げていった方向はどっちかしら?」
「あぁ……ここから向こうに向かってるから、地図で言うとこっち方向だな」
「ってェことは、もし本当に大鼠が誘い込んでるんだとしたら、此処だろォなァ」
ダッカが大鼠が向かった方向を示すと、ガランドがその先を引き継ぐようにして地図に描かれた通路を辿って一つの場所を指さした。
そこは地下水路にいくつかある、用途不明の大広間。
水路が通っているわけでもなく、上の街へと繋がっているわけでもない場所がこの地下水路にはいくつも存在していた。
「……しかし大鼠の行動も気になるが、俺としてはレイラちゃんが何処でこんな詳細な地図を手に入れたかも気になるな」
大まかな目的地も決まり、いそいそとレイラが地図を折りたたんでしまっているとダッカが囁くような独り言を零す。
誰に聞かせるつもりもないだろう呟きを聞き取ったレイラは満面の笑みを浮かべながら振り返る。
「あら、乙女には秘密がつきものよ。それを暴くのは無粋というものでしょう?」
そっと唇に人差し指を宛がい首を傾げるレイラ。
ダッカとガランドは眉をハの字に変え、顔を見合わせながら肩を竦めるしかなかった。




