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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
一章 その村、開拓村につき――
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閑話 ラレッテの受難②

不運な少女ラレッテのお話の続きになります。

 それから日が傾き、暴走状態だった丸猪牛の魔力が底をついて歩みが遅くなりはじめてから状況が変わった。


「お、お前がアイツを起こせッ!!」


 声は小さいながら、小間使いの男は街道の端に獣車を止めようと四苦八苦しつつ怒鳴るようにラレッテに命令した。

 しかしそんな眠れる竜種を起こすような真似などラレッテとてやりたくない。

 必死に言い返そうとしたが、もとより人と比べて頭の回転が鈍い自覚のあったラレッテが小間使いの男に言い勝てるはずもなく、野営の準備を勝手に始めてしまった傍らで少女を起こすことになった。


「……あら、もうこんな時間なの。そう、わざわざ起こしてくれたのね。ありがとう」


 おっかなびっくり少女を起こすと、気だるげながら歳不相応の妖艶さを滲ませて起きた少女は何をするでもなく獣車を飛び下り、小間使いが準備していた篝火の前に陣取った。

 まるで持て成されて当然とばかりの態度は堂に入ったものでラレッテは思わず見とれてしまったが、何をやってるんだと言わんばかりの小間使いの視線に我に返った。


 少女を起こすという大役以外に獣車に積んである食材で料理を作るように言われていたのを思い出し、ラレッテは獣車の荷物を漁り始める。

 だが何袋もある袋を漁ってみたが、麻袋に詰め込まれているものは村長一家が貯め込んでいたらしき貴重品ばかりで、食べられるものは殆ど載っていなかった。


 頭が悪いと言われていた私ですら、荷造りした荷物の中には日持ちのする食材を入れてたのに。


 そんな言葉を飲み込みながら食材を搔き集めたが、どう切りつめても三人分を用意しようとすると一、二食分の量しかなかった。

 開拓の最前線――――北方砦群の先にある開拓村よりはマシだが、蛮族たちの暮らす領域に近いフォール村の周囲に避難できる他の開拓村は殆どない。

 最寄りの開拓村でも獣車で三日近く掛かるのだ。


「これだけの量しか持ってきてないの? 見た目に違わずあの人たちの頭の中身は軽かったのね」


 食料が足りないという事実をどうやって伝えるべきかを悩んでいると、いつの間に背後に立っていた少女が手元を覗き込みながらそんなことを言った。

 相も変わらず冷たい瞳を見てしまい、機嫌を損ねたのかと思ったラレッテは震えあがるが、少女はそれだけ言って街道脇に広がる森の中に入って行ってしまった。

 そして少ししてから戻ってきた少女の両手には野草や果実、狩ってきたと思しき小動物が握られていた。


「これで少しは持つでしょう。魔力をまた使っちゃったから後は二人に任せるわ。御飯ができたら起こしてちょうだい」


 少女はそれだけ言い残して篝火の前で再び眠りについてしまった。

 その親切とも取れる行動に思わずラレッテと小間使いは少女を凝視してしまったのを誰が咎められるというのか。

 呆然としたものの、我に返ってから手早く食べられるものを作り、三人で空腹を満たしてからはラレッテと小間使いで火の番をすることになった。



 少女は食事を済ませると再び眠ってしまったためこの話し合いは二人だけで行われたが、結局小間使いの男に言い負けてラレッテが最初の火の番をすることになった。

 薪代わりの枝が爆ぜる音しか聞こえない静かな暗闇の中、焚火に照らされた少女の寝顔を改めてみてみるが、どこをどう見てみても年端もいかない少女にしか見えなかった。


 ラレッテがじっとその横顔を見ていると、何故か故郷に置いてきた妹たちの寝顔が脳裏に浮かんで離れなかった。

 妹たちには似ても似つかないほどに綺麗で、それでいて人を殺すことに躊躇いのない凶悪さを持っているわけでもないのに、一度脳裏に浮かんだ妹たちの顔が離れず郷愁で視界が歪んでいく。




 どうして私がこんな目に。




 その言葉を呟いてからは、堰を切ったように涙が止まることはなかった。


 泣いたせいなのか、この数日の疲労と恐怖のせいだったのか。

 気付けば眠りに落ちてしまっていたラレッテだったが、耳に届いた丸猪牛のいななきで目を覚ます。


 飛び起きるようにして辺りを見渡したラレッテだったが、周囲を蛮族や魔獣に囲まれているということはなかった。

 だが代わりに小間使いの男の姿はなく、街道の近くで休ませていたはずの丸猪牛と獣車もなかった。

 呆然としている間にも車輪の転がる音はどんどん遠のいていた。

 置いて行かれたのだと気付いて後を追おうとした時には、夜闇に紛れた獣車の姿は完全に見えなくなっていた。


「……そう、折角助かる可能性があったのに。馬鹿な男ね」


 さっと血の気が引いていくのを感じながらラレッテは少女を起こすと、不機嫌さを隠そうともしない声音で呟き、少女はラレッテを簡単に担ぎ上げて目にも止まらない速さで走り出す。

 足元も見えないほど暗い夜道を躊躇いなく駆け抜けた少女が獣車に追いつくのにそれほど時間は掛からなかった。

 真っ暗な中、訳も分からず担がれ、悲鳴を上げる間もなく荷台に放り投げられ、ラレッテが目を回している間に小間使いの短い悲鳴が上がる。


「貴女、獣車は運転できる? そう、なら取り合えず適当なところで止めてちょうだい。そしたら休憩を再開しましょう」


 理解が追いつかないものの暴走していなければとラレッテが返事をすると、少女は持っていた手綱を譲って荷台に戻ってしまう。

 何がどうなっているのか分からないけれど、言われたことをまずやろうとラレッテは差し出された手綱を受け取り、何も考えずに御者台に座る。


 履いていたスカートに生暖かく、鉄さび臭い異臭を放つものが濡らす。


 その感触に小間使いの末路が分かってしまったラレッテは獣車を何とか止め、この儚げな少女が人殺しを厭わないことを改めて思い知ってからは満足に眠れない夜を過ごすことになった。


 目元に黒々とした隈を作りながらも必死に獣車を操り、二日と言う短いようで長く辛い時間に耐えていると、最寄りの開拓村――――レビラ村へと繋がる道が見えてきた。


 人知れずホッと一息ついていると、今のいままで荷台で寝て過ごしていた少女が動き出した音が耳に届く。

 寝不足のせいか、音に敏感になっていたラレッテが振り返るよりも早く少女の細腕にラレッテは抱きしめられる。

 困惑するラレッテに構わず回された少女の腕はまさぐるように身体を這いまわり、狼狽える姿を見て漏れた微かな笑い声は愉悦を滲ませながらも背筋を震わせるほどの熱を持っていた。


「貴女に一つだけお願いしたいことがあるの」


 ごくりと恐怖で喉を鳴らすラレッテの様子を知ってか知らずか、身体を這っていた少女の片手が服の中に入り込む。

 予想外の行動に戸惑うラレッテに構わず、背後から顔を覗かせた少女は悪魔のような笑みを浮かべた。


「貴女は今回の生き残りで、この道中で私がしたことを唯一知ってる人間でもある。私としてはそれを誰かに吹聴されちゃうと困るの。そうならないようにする手っ取り早い方法もあるのだけど、私としては折角助けたのだからその労力を無駄にはしたくないのよ。分かってくれる?」


 じゅくし過ぎた果実のように甘く蕩けた声音は沁み込むように脳へ届けられ、思考は霧に包まれたようにボヤけ、恐怖とは違った熱を持った震えが背筋を撫で誘る。

 それを後押しするように、身体を這う指はラレッテの弱い所を的確に見つけ出して責め立て始める。

 意識と状況に反し、時間が経てば経つほど体の内に溜まっていく熱を逃がすように口をついて出た熱い吐息を見て取った少女はニヤリと笑う。


「もし誰かに話したら貴女を殺す。どこへ逃げても必ず殺す。草の根分けてでも見つけ出して貴女を殺す。誰に守られて居ようと私の命を引き換えにしてでも貴女を殺す。絶対に貴女を殺してみせる」


 物理的に熱を持っていたようにすら思えた甘い声音が、感情の抜け落ちた冷酷な物に一変する。

 熱に浮かされていた思考が一瞬で凍り付き、少女が人殺しも厭わない人物であることを思い出す。

 息が詰まり、心臓が跳ねたのに合わせるように乳房を鷲掴みにされ、流れ出た冷や汗で濡れる首筋を少女の指先が引っ掻くように何度も往復し始める。

 爪で掻かれた首にチクリとした痛みが走り、その痛みが少女の所業が誰かに漏れた時の末路を雄弁に教えてくれた。

 必死に頷き、死に物狂いで絶対に吹聴しないと誓いを立てる。

 ラレッテの必死な懇願を黙って見つめ、一拍の間を置いてから少女は花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。


「そう? 分かってくれて嬉しいわ。私、物分かりの良い人は好きよ」


 頬に一つキスを落とされ、ラレッテは解放された。

 そのまま獣車を飛び下りていく少女の後ろ姿を呆けたまま見つめていたラレッテだったが、不意に振り返った少女の視線とかち合いハッと我に返る。


「あぁ、そうそう。私はこのままバルセットに向かうわ。貴女はレビラ村に窮を知らせなさい。少しは貰ったけど、荷台の物は貴女の好きにしていいわよ。それを元手に故郷に帰るもよし、レビラ村に家を持つのもありだと思うわよ」


 バルセット方面に繋がる街道を歩きだした少女は決して振り返ることはなかった。ラレッテはそんな少女の背が見えなくなるなるまで眺め、荷台を振り返る。

 ラレッテが人生の全てを掛けても手に入れられないだろう量の宝飾品たち。

 これだけあれば遊んで暮らせなくとも、新たな土地で生活を始めても喰うに困ることは一生無いだろう。

 今後どうしていくか考えるラレッテだったが、既に一つだけ決まっていることがあった。


「どこか遠くに行こう。あの娘と絶対会わないとこに……」


 ぼそりと呟いたラレッテはいつの間にか足を止めていた丸猪牛(ファンゴール)を促し、ゴブリン侵攻の窮を知らせるべくレビラ村に向かうのだった。
















 何故か今後もあの恐ろしい少女とは切っても切れない縁があるという、嫌な予感を感じながら。

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― 新着の感想 ―
ラレッテの受難はまだまだ続きそうだなー
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