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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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41 その攻防、一瞬につき――

 

 レイラは考える。

 この状況で最も起きてほしくないことは何か。


 それはゼタンダが千寄呪樹を切り倒せないこと。


 では何が起きたらゼタンダが失敗するのか。

 現実を排し、あらゆる可能性を考慮すれば要因は幾つか出てくるが、その中から最も発生しうる物を抽出していく。


 そして先ず第一に出てくるのはゼタンダの使う奇跡の威力が足りない事だ。


 何度も千寄呪樹の討伐経験があるゼタンダが見せた緊張の表情と気配。

 アレは想定よりも千寄呪樹の強度が高かった可能性を示していると考えても良いだろう。

 もし仮に威力が足りず、一刀の元に切り倒す事ができなければ再度奇跡を発動するのは難しくなる。奇跡というのはその効果が絶大であればあるほど、軽々には扱えぬ物であるからだ。


 合成魔獣は脅威とゼタンダを見做して優先して狙うであろうし、そもそも神職ではない者の奇跡の請願が何度も叶うかも未知数。




 次に考えられるのは何物かの横槍が入って妨害されること。

 戦況を見る限り寄生樹は兵士と傭兵達に抑えられていて、合成魔獣も魔導騎士によって抑えられている。


 この近郊を壊せる存在と言えば、やはり最初に生み出された人型の合成魔獣だろう。

 今の所脅威度は然程高く見えないが、人に近しい知力があるならば実力を隠すという悪知恵が働く可能性は捨て切れない。


 それに人族は他の動物や魔獣と比べて魔力量に長けている。

 どの種族を基にしているかは外見からは分からないものの、魔力量に関しては他の合成魔獣よりも多いと仮定するべきだろう。


 事実、魔導騎士の爆裂を伴う打擲を受けた上でレイラの投げた魔槍が直撃しても片手を喪う程度の損傷しか与えられていない。

 もし仮に人型合成魔獣がゼタンダに気付き、全てを投げ打って突撃すればゼタンダに至る可能性は十分にある。

 それでゼタンダが殺されるような事はなかろうが、千寄呪樹の討伐に影響が出るのは間違いない。




 第三の要因として上がったのは更に厄介な合成魔獣が作り出されること。

 四体の合成魔獣が存在しているが、現状では特段の厄介な存在ではない。

 しかし合成魔獣は千寄呪樹が吸収した生物を合成して作り出されることを考えると、今いる合成魔獣よりも更に厄介な存在を生み出す可能性は十分にある。


 今の今迄どれほどの生物や魔獣を取り込んでいるかも分からないため、作り出される合成魔獣がどのような物になるか予想が付かない。

 そのため現在残っている合成魔獣よりも厄介な存在になるのは間違い無いだろう。


「さて、どうした物かしらね」


 現状で対処できるものと言えば合成魔獣ぐらいであろうか。

 レイラがそう考えて地面に放り投げて置いた魔槍を拾い上げようと屈んだ瞬間、背後に巨大な存在が現れる。


「躾のしがいのあるワンちゃんだこと」


 狼に似た四足獣型の合成魔獣が振り下ろした前脚を躱し、横っ面を蹴り付ける。

 そして着地と同時に首元目掛けて槍を突き込むが、他の合成魔獣と違って毛に覆われた四足獣の皮膚を破るには至らない。


 様々な動物の眼球が一つに纏められた異形の犇く瞳がギョロリとレイラを睨み付け、お返しとばかりにレイラへ噛みつこうとする四足獣型。

 そこへ横合いから迫った魔導騎士が迫り、一撃と共に吹き飛ばす。

 何を言うでもなく、レイラは追撃に移った騎士の肩を踏み台に高く飛び上がると同時に起き上がり騎士を警戒する四足獣型の頭上から魔槍を投げつける。


 巻き起こる爆風。

 爆炎と土煙が舞い上がる中、躊躇わずに騎士が突っ込みその首を刎ね飛ばす。


 中空に巨大な頭部が舞う中、その程度では死なない合成魔獣は首を失った状態でも騎士の執拗な追撃を躱していく。


 そんな背中を見送っていると、再び背後に気配が現れる。

 またかとため息を吐きつつ、〝尖塔の瞳〟が正確に人型魔獣を描き出す。


 しかしレイラは人型魔獣の存在を認識していながらもどうにかしようとはしない。


 翼を羽ばたかせ、爪を振り上げる人型だったがそこへ颶風が巻き起こす音が届く。

 そしてレイラ体を捻ったレイラの瞳には人型とレイラの間を抜けていく魔槍と魔槍を投擲した姿勢のボゼスが映る。


 人型合成魔獣が避けるために大きく飛び退く間に着地したレイラは追撃に来た人型の爪を躱し、剣を抜き打ちでガラ空きになっている首元へ叩き付ける。


 が、魔力を十分に乗せたはずの刃は火花を散らしながら人型魔獣の首元を浅く削るだけだった。

 その光景を見て、手に伝わる感触にレイラはやはりと唸る。


 予測通り合成魔獣の強度は魔力に依存しているらしく、四足獣型と比べて剣を弾かれる感触はただ硬いものを斬り付けたのとは大きく違う。

 なんと言うべきか、まるで同じ極の磁石を打ち付けあったような弾かれる感触は魔力の乗ったもの特有の物なのだ。


 鳥型や四足獣型とは比べるべくも無いその強烈な感触は、人型合成魔獣が群を抜いて内在する魔力量が膨大である事の証左。


 正直な所、魔力の馴染んだ〝斬り裂き丸(ドゥインダー)〟であれば首の一つや二つは容易に刎ねられただろう。

 しかし有り合わせの精銀鉄製の剣を使いやすく調整しただけの得物では、人型を斬り刻むのはレイラと言えど難しいと言わざるを得なかった。


 せめてミュンヘルに依頼している魔具が完成していればこの依頼も容易なものになったのだろうが、この依頼を終えねば満足に魔具を作れないのだからもどかしいものである。


「道を開けよ!!」


 レイラは執拗に狙ってくる人型の猛攻を適度に往なし、引き受けている合間に他の魔導騎士が残る合成魔獣の討伐を期待していると、ゼタンダの地響きを思わせる怒声が響く。


 ブロードソードで爪を弾き、蹴り拾った魔槍で腹を突く煩わしい攻撃で人型の意識を一身に集めていたレイラが視線を投げれば、今まで静かに構えていたゼタンダの周囲が俄に光りだす。


 それは月光のような淡く儚いものではなく、陽光のような我を示す強烈なものではない。


 しかし鍛冶で散る火花のように荒々しく、されど息を飲むような静謐な輝き。

 それらを周囲に漂わせたゼタンダは声を荒げる。


「吾、神聖なりし炉を護る者!!武具を誂える鍛冶を護るは聖戦に赴きし英傑達を支える子息の務め!!我、此処に悪しき者を討つ刃とならん!!」


 一気呵成に祝詞が読み上げられれば、振り上げられた大剣が光を纏い、瞬く間に千寄呪樹に伍する程の巨大な輝く巨剣へと姿を変える。


「吾等が祖よ、吾等が炉鍛神よ!!吾が働きを御照覧あれぇい!!」


 そう言えば炉鍛神は鉱鍛種の祖先であったなとレイラが場違いな思考に耽っている中、危機を察知した人型合成魔獣が動き出す。

 今まで魔導甲冑をまとっていないレイラばかり執拗に狙っていた人型は、今度は脇目も振らずにゼタンダへと飛んでいく。


 しかしレイラにそれを見逃してやる義理はなく、無防備な横っ面に蹴りを叩き込み、人型合成魔獣の辿っただろう軌跡を無理矢理変える。


 それでも起き上がってはゼタンダへ向かおうとする人型合成魔獣の前に立ち塞がって刃を振るう。


 瞬きの間に人型合成魔獣に叩き込まれた斬撃は二十を超え、最初の数撃こそ魔力に支えられた硬度によって弾かれる。

 ただし一撃一撃が重なる毎に人型合成魔獣に刻まれる傷は深くなり、そして二一撃目の斬撃は堅牢だった人型合成魔獣の腕を斬り飛ばす。

 レイラは確かな感触を感じながら更に踏み込み、合成魔獣の首を狙って刃を走らせる。


「ッ?!」


 しかし首を狙った精確な一振りが合成魔獣の首を刎ねる事はなかった。


 此処に来て、人型合成魔獣が初めて身を護る為に動き、片腕を犠牲に自らの首を護ったのだ。

 しかも腕を斬り飛ばした感触の中に魔力に由来する、あの奇妙な感触が無かった。

 レイラがその違和感に勘付き、瞬時に〝疾風の首飾り〟で思考速度を加速させて観察して直ぐに気付いた。





 人型合成魔獣の有する魔力、その過半が人型合成魔獣の頭部に集中している事に。





 そして間延びした時の中。

 人型合成魔獣の下顎が縦に裂け、大きく開かれた口腔内に黒く光る程に圧縮された魔力の塊が顕になる。


 その膨大な量の魔力と、今にも打ち出されそうな様子を見たレイラはしてやられたと一人毒突く。


 今の今迄、人型合成魔獣は一度としてその攻撃を見せていない。

 つまりこの場にいる人間で人型合成魔獣をそこまで警戒している人間はおらず、魔力の扱いに優れない鉱鍛種では気付く事も出来まい。


 加速した時の中でレイラは思考を回す。


 首を斬り飛ばすのは愚策。

 視認できるほどに圧縮された魔力は思考を司る頭部に集中されているため、人族だろうと首を斬り飛ばされても意識が消失するまでは完全に制御下に置かれて意味をなさない。


 大岩蜥蜴モドキのように首を斬り飛ばしても魔法が暴走して発動したように、人型合成魔獣のように収束魔力が放たれかねない。

 それに人型合成魔獣が放とうとしている物が、魔法とは違って反動をもたらすものなら胴体という支持を失い、四方八方に魔力を放たれれば返って攻撃の軌道が読みにくくなることもあり得るだろう。


 ならば放たれる軌道を反らす以外に方法はないが、横方向への誘導は不可。


 ゼタンダは助かるだろうが、周囲の兵士や傭兵を巻き込み、威力次第では魔導騎士すらも壊される可能性は十分にある。

 もしゼタンダが一刀で切り倒せたとしても、千寄呪樹の本体を探し出すのに人を減らすわけにはいかない。

 数分で切り倒された千寄呪樹が修復できるとは思えないが、折角切り倒せても本体を仕留めきれねばここまでの時間が全て無駄に終わってしまう。


 上方へ反らすにしても、その方向は十分に考慮せねばならない。


 今、レイラと合成魔獣はゼタンダと千寄呪樹を結んだ線の中間に居る。

 安易に合成魔獣の顎を蹴り上げても、何故か唐竹割りの構えを取っているゼタンダが振り下ろす奇跡の巨剣に当たるだろう。


 それで威力が減じたり、ましてや奇跡が破壊されるような事になれば目も当てられない。

 それに蹴るタイミングが早過ぎれば、崩れた態勢を整えて再度ゼタンダが狙われる事になる。


 神の介入があったとは言え、一冒険者に過ぎないレイラが担うには随分と重い役目であろう。

 コレは良い素材を融通してもらうだけでなく、他にも何か強請ってもお釣りが出るだろうとレイラは呑気に考える。


「……とんだ仕事を任されたものね」


 〝尖塔の瞳〟をゼタンダに集中させて背を向けていながら巨剣の軌道とタイミングを計り、視界では合成魔獣と放たれそうになっている魔力の塊の狙いをしっかりと見定める。


 そしてレイラは疾風の首飾りに流している魔力を切り、思考加速を賦活のみに切り替えて動き出した時の中でレイラは合成魔獣へと迫る。


「随分と甘く見られたものね」


 最早合成魔獣はレイラの存在など眼中になく、その幾つもある眼球は全て巨剣を振り下ろすゼタンダへと向けられている。

 ならばとレイラは躊躇いなく全力の賦活を身体に施し、地を割る震脚と共に重化によって鈍器と化した蹴りをその顎に叩き込む。


 その瞬間、極光を伴うレーザーが如き魔力の放出と同時に交通事故を思わせる衝突音が周囲に響き渡る。


「ッ?!」

「お気に召したかしら?」


 合成魔獣の全魔力が集中した頭部はレイラの蹴りでも弾け飛ばすには至らなかった。

 ただ強固だったはずのその顎は粉砕され、ゼタンダへ向かう筈だった魔力は空を薙ぐように放たれていく。


 しかしレイラには驚きに見開かれた合成魔獣の瞳を見つめる余韻は残されていなかった。


「退けッ!!」


 蹴り脚を地面に付けるや否や、残心を取る間もなく届くゼタンダの声に応じるように横へと身を投げれば、態勢を崩された合成魔獣を巻き込むように巨剣が振り下ろされる。

 直後、巨剣は大地を割り、噴火と見紛う土煙と衝撃を周囲へと撒き散らされた。

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