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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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40 その戦、違和感につき――

 

 自由落下をしながら待ち構えている蜥蜴型を見下ろし、さてどうしようかとレイラは考える。

 流石に人外の域に足を踏み出しつつある事を自覚しているレイラと言えど、空中では取れる行動は限られている。


 宙を蹴った所で漫画のように空中移動できる訳もなく、身を捻った所で着地点を僅かにずらすばかりで大した意味はない。


 飛刃を放った所で大鷲型と比べて頑丈そう、かつ万全の蜥蜴型をどうこうできるとは思えず、さりとて〝霞の身衣〟を使うには人目が多過ぎる。

 一応ではあるが〝霞の身衣〟はレイラにとっての奥の手の一つであり、出来る事ならあまり多くの人間には見せたくはない。


 それに高々噛みつこうとしてくる魔獣相手に〝霞の身衣〟を使うほどのことでもない。

 はてさてどうしたものかと考えている最中、広範囲に広げていた〝尖塔の瞳〟が一つの陰を捉える。

 次の瞬間、硬質そうな鱗へ戦斧を叩き付けるように魔導騎士が現れた。


「ふんぬら!!」


 意気衝天の一撃。

 走る勢いと振り被った勢いを乗せた一撃は魔導騎士に倍する蜥蜴型を弾き飛ばし、そのまま追撃に移るかと思っていると騎士は上空にいるレイラに空いた手を伸ばす。


 まるで抱き止めてやると言わんばかりの態度に口元をへの字に曲げつつ、折角の好意を無碍にする訳にも行かず、乱暴に受け止められる覚悟で伸ばされた手を取るレイラ。


 しかし予想に反して騎士は手を掴まれると優しく抱き寄せながら弧を描くように自身の身体を回転させ、レイラは殆んど苦痛を感じることなく騎士の胸に収まった。


「わざわざ悪いわね」

「なに、虫型の相手をしながら空を飛び回る大鷲型の対処に難儀していたからな。アレを潰してくれたのだから礼を尽くすのは当たり前だろう」


 まるで親が抱えていた子供を下ろすかのように両脇を支えられて地面に降り、礼を伝えれば帰ってくるのは気安い返事。

 まるで合成魔獣の事など眼中にない――――否、既に事が終わっているかのようにすら感じる騎士の態度に思わず眉を顰める。


 確かに魔導騎士にとってはなんてことはない相手なのだろう。

 大鷲型の合成魔獣も難儀してはいたが、それは自由に空を飛べるからであって、地べたを走り回っていれば苦にしないのは分かる。


 だが何が起きるか分からない戦場で気の抜けた態度と言うのは頂けない。


 一人で死ぬ分には構わない。

 それはその個人の意志によるもので、本人にとって不本意だろうが本意だろうがレイラには大した影響もなく、興味が湧くようなものでもない。


 しかし乱戦や集団であれば話は変わる。

 一人のミスが、あるいは一つの欠員が出るだけで戦場の流れが変わることなど往々にしてあるのだ。

 実際、レイラは野盗団や傭兵崩れ、蛮族の群れなど数に勝り優位にいる連中をそうして殲滅してきたのだから間違いない。


 それを自分で体験したいなどと誰が思うか。

 何より他人のミスで自分が命の危機に瀕すなど、これほど馬鹿馬鹿しい事もあるまいとレイラは断じる。


「なに、千寄呪樹の討伐ももう終わる故、そう案ずるな」


 そんなレイラの感情を細部まで読み取った訳ではないだろうが、レイラの傍に立つ騎士はその兜をしゃくってある方向を示す。

 そこには背負った大剣を脇構えで構えるゼタンダが居た。


「団長殿が剣を振るえば、大抵の千寄呪樹は一刀で切り倒せる。そして千寄呪樹が死ねば、合成魔獣の命も尽きる」


 視線の先、静かに構えて千寄呪樹を睨むゼタンダ。


 そんなゼタンダを見ていると、不意にレイラの回りを風が抜けていく。


 否。

 風は自由気ままに抜けて行ったのではなく、ゼタンダを中心に渦を巻く大気の流れに呑まれていた。


「アレは……奇跡?」


 何らかの作用が働いているのは確実だったが、しかしレイラが今の今までゼタンダの事に気付かないほど魔力を感じない。


 ただ一度気付けば分かる。


 ゼタンダの周囲――――特にその魔導騎士が握る大剣からは凄まじい程の神気が溢れている。


 バルディーク司祭が見せた〝陽光再臨〟とは違って見せつけるような神々しさはない。

 しかし神聖な神所のような、職人が一人黙々と作業をしているような静かで、犯し難い厳かさは紛うことなき神の気配。


 神格の違いか、神性の違いによるものかは神職でも神学者でもないレイラには分かりようはないが、ゼタンダの纏う神気は炉鍛神のものだと察しが付いた。


 鍛冶を司る炉鍛神の加護と奇跡で戦えるのかと疑問に思うものの、神代に外なる神々である蛮族神と殴り合っていた神たちは存外武闘派なのだ。


 過激派として知られるバルディーク司祭は〝燃え尽きぬ太陽〟の異名を持ち、最高神の神気を伴う賦活と絶えず夜を明ける太陽を象徴とする吸血鬼顔負けの再生力を盾に不死なる者たちと殴り合いをしている。

 また芸学の神を祀り温和そうなラウル司祭も、巡礼の苦行で各地を回っていた若かりし頃は旅の友であった六弦琴に不壊の秘跡を掛け、旅人や貧村を襲う不心得者に物理的な()()をしていたと聞く。


 どんな神格だろうと一つ二つは戦いに使える奇跡を賜る事を赦し、また奇跡を戦いに使う事も神々は赦している。

 故にゼタンダが使う奇跡も炉鍛神が授けた物なのだろうが、騎士階級にある物が奇跡を扱えるという事実に些か違和感を覚えてしまう。


 そもそも神学と政治が切り離されて久しく、神職が要職に付く国は殆んどなくなっているのだ。


 魔法文明時代を生き残ったからなのか、それとも生まれついて鍛冶に長けた者の多い鉱鍛種だからなのかは分からないが、ここに来て新たなカルチャーショックを受けるレイラ。


 とはいえゼタンダにあの巨大過ぎる千寄呪樹を打ち倒す手立てがあり、それさえ発動できればこの騒動が落着するのだろう。

 そして幾度となく千寄呪樹の討伐に従事してきた騎士はまもなく終わると確信を抱いたのかもしれない。


「ま、我等はこのまま合成魔獣共を相手している故、無理せず援護してくれればそれで構わんよ」


 戦斧を持つ魔導騎士はそれだけ残し、吹き飛ばされていた蜥蜴型が戦線復帰するのに合わせて走り去っていった。


「その予想通りに行けば良いのだけど」


 戦場を見渡し、レイラは思考する。


 幸いな事に魔獣は魔力の反応には敏感なのだが、ゼタンダが纏う静謐な神気には気付けていない。

 その証拠に残った合成魔獣は力を溜めているゼタンダではなく、主戦力として残った魔導騎士達を脅威と判断して襲い掛かっている真っ最中。


 下手に守ろうとして合成魔獣達の注意を集めてしまうぐらいなら、いっそのことゼタンダ単騎で居た方が安全だろう。



 寄生樹の方も問題はない。

 二人の魔導騎士が厄介そうな大型の寄生樹の相手をし、数が頼りの雑魚を練度の高い兵士と傭兵達が上手いこと処理している。



 周囲の雑魚処理をしている冒険者たちの方はどうか。

 戦場の雑音に紛れ、微かに届く血の匂いはかなり薄い。

 多数の負傷者は出ているようだが、背後を取られるほど劣勢にはなっていなさそうな気配である。

 そもそも冒険者達には魔導騎士が一騎ついているのだから、冒険者を当てるような雑魚相手に負ける方が可笑しかろう。


 最後に合成魔獣の方はどうか。

 どうやら最初に生み出された人型の面影を持つ合成魔獣が彼等の指揮を摂っているらしく、四騎の騎士に加えて遊撃の二人と言う数の有利がありながら狩り切れずにいる。

 しかし致命的な状況には程遠く、狩りきれていないのもそれは合成魔獣がゼタンダに近寄らぬように立ち回っている影響だろう。


 結局、合成魔獣を倒した所で千寄呪樹が居る限り時間が経てば新たな合成魔獣が生み出されるのだ。

 ならば彼等は合成魔獣を討つのではなく、その大本となる千寄呪樹討伐の為に動くのが効率的と判断したのだ。



 その判断はきっと正しいのだろう。

 千寄呪樹の討伐は一度や二度ではなく、彼等は経験測から既にこの討伐が終わったものだと思っている。



 しかしレイラは騎士達や兵士たちの誰もが想像しないような僅かな不利の芽を探し、不足の事態に備えておく為に動く事を厭わない。

 きっとレイラの考えを知れば誰もが心配性だと笑うだろうが、今まで自分の予想を下方向で現実に裏切られてきたレイラは大真面目だった。

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