37 その一投、号砲につき――
背中を預けていた木から身体を起こし、レイラはじっと騎士を見る。
「どちら様?」
『ん?あぁ。あの時は名を名乗って居なかったな。貴様に魔術障壁を蹴り砕かれたボゼスだ』
騎士が兜を脱ぎ捨てれば、豊かな赤毛の髭を蓄えた青年の顔――――幼長が解りにくく飽くまでなんとなくだ――――が現れる。
それに合わせ、隣に連れ立っていた騎士も兜を脱ぐのを見掛け、レイラも身体を預けていた木から身体を起こす。
「あの時は不運な事故だった。色々思う所はあるだろうが、今は遺恨を捨てて協力していきたい」
「そうね。と言っても後ろからか切り掛かるほどの事でもないし、私は気にしていないから貴方も気にしないで貰えると助かるわ」
「そうか。であれば、貴様のような者が居るのは心強い」
ボゼスと握手を交わせば、隣に立つ騎士の紹介を受ける。
ボゼスともう一人の騎士、そこにレイラを加えた遊撃に回る面子が揃った事になるらしい。
「吾らは遊撃ではあるが、基本は後方から魔槍を千寄呪樹に叩き込む役だと思って貰って構わん」
もう一人の騎士――――アッカと言う名前らしい――――はボゼスよりも長く騎士をしており、千寄呪樹の討伐も一度や二度ではないと言う。
そのアッカ曰く、千寄呪樹は何処にいるかも判らない核となった這寄木を討たねば、何度その太い幹や枝、根を叩き斬ろうと再生していくらしい。
ただ大抵の場合は幹の奥深くに核となっている這寄木がいる為、遊撃手は魔槍を叩き込んで外皮を剥いで行くのが主な役目になる。
それを続けるだけで始末がつくなら話は早いのだが、千寄呪樹の周りには寄生された生物が数百と囲み、更に〝混魔の実〟と呼ばれる厄介な実によって防がれる事が多い。
故にレイラ達はあくまで遊撃として主力の補助を行いながら千寄呪樹の外皮を剥ぎ、ゼタンダ達を主体にした超火力で千寄呪樹を切り倒すのだ。
そして倒れた千寄呪樹を総出で叩き壊し、中の核を探しながら壊しに行くのが千寄呪樹討伐におけるセオリーとの事だった。
「その〝混魔の実〟って言うのは何かしら?」
「混魔の実ってのは言っちまえば、千寄呪樹あ生み出す合成魔獣のことよ。奴が寄生体を生み出す過程で吸収した連中を実の中で混ぜ合わせて作ったって言われとる」
「合成魔獣、ね」
「おうよ。小さい千寄呪樹なら大した事はねーんだが、あの規模となると厄介だな。少なくとも人も何人か取り込んでるだろうし、遊鬼なんぞより余程頭が回る個体が出てきても可笑しくはない」
レイラが合成魔獣と聞いて真っ先に思い浮かんだのはキマイラや鵺のような動物が混ざり合った魔獣だった。
しかし蛮族の上位存在でもある魔人を知っているため、真っ当な生物の形をしていないだろう事は容易に想像が付く。
そして駆動甲冑を纏う騎士が厄介と言うならば、相当面倒な手合である事も。
正直、レイラは千寄呪樹による魔獣災害を甘く見ていた。
バルセットを襲った魔獣災害は〝面倒〟ではあったが〝厄介〟では無かった。
魔獣災害特有の特異な個体とわらわらと寄せてくる魔獣による数の暴力は二日に渡って続いて疲弊を強いられたが、街を囲む防壁は疎か壁の外にある流民達のバラック街にすら至らなかったのだ。
今回の千寄呪樹もその程度の脅威だと思っていたが、レイラの予想を上回る厄介な相手らしい。
そして腰に提げた剣の内、右側に吊るした剣の柄頭を握ったレイラは溜め息を吐く。
収まりが悪い為吊るしているが、右の剣はツィーイにへし折られて殆ど根本しか残っていない。
左の剣にしても、アレだけメイスやら短槍やらと打ち合った影響で鈍ら数歩手前の酷い有様。
正直な事を言えば、レイラとしても準備不足は自覚している。
慣れぬ武器。
整備の出来ていない得物。
その上、相手はメローナ程ではないにしろ巨大さ相応の強度を誇っているだろう。
今回の主体は魔槍による援護のため剣を使う出番は殆どない――――と考える所だが、レイラはもう自分の運なる物を信じるのは辞めた。
いや、正確に言うならば自分の見積もりは外れるものだという前提で動くことにしたと表現するのが適切であろう。
安い依頼を受ければ、世にも珍しい屍術師や蛮族の起こした事件に遭遇し。
信頼のおける仲介屋を通した護衛依頼を受ければ、貴族の陰謀に嵌められ。
武器を作りに他国を訪ねれば、滅多に起きない筈の厄介な魔獣災害に巻き込まれる。
神の存在が明確に実在するこの世界においてすら現実主義を貫くレイラにとって、運否天賦を認めるのは非常に業腹ではある。
だが流石にこれほど予測を超えた事態に巻き込まれ続ければ学習はする。
レイラが身に着けたこの世界に基づいた常識、それに乗っ取って立てる自分の予測は宛にならないと。
ならば自分の想像を、そうはならないだろうと考えた一歩先を想定すれば良いだけなのだ。
「よし、では皆準備は良いな?」
粗方準備が整った整ったと判断したボゼスが手を叩けば、銘々に動いていた者達が一斉に動き出す。
レイラも彼等に続き、ゼタンダ達と共に獣車に積み込まれていた魔槍の束を担ぎ上げて歩いていく。
然程時間も掛からず辿り着いたのは森の中にあって不自然なほど開けた場所。
まるで最初から木々など無かったと言わんばかりに地べたが露出し、草花一つ、凹凸ひとつない円形に開けた場所。
代わりに居たのは紫紺のローブを纏った、明らかに魔導師然とした格好の者たち。
「お待ちしておりました、ゼタンダ様」
「うむ、しっかりとした戦場を拵えてくれた事に感謝する」
ゼタンダと躊躇いなく話す姿から、この光景を作ったのは鉱山都市の抱える魔術師か魔導師らしい。
ただゼタンダと入れ替わるように退いていく姿を見るに戦闘魔導師ではないのだろう。でなければ魔術の恰好の的である千寄呪樹を相手に退く必要もあるまい。
「よし。では奴儕を此処に誘き寄せる。レイラ、奴儕に挨拶がわりに一撃をくれてやれ」
「あら、私でいいの?」
「恐らくお主の方がボゼス達よりも良い一撃を放てるだろうよ。それにお主も他の者達に実力を疑われたままでは動き難かろう」
「そう言うことね。なら、お言葉に甘えましょうか」
作り上げられた広場で重武装の兵士と駆動甲冑の騎士を中心に左右を傭兵で固め、その周囲広くに冒険者達が散らばると指揮をとっていたゼタンダが言う。
ボゼスから投げ渡された魔槍を受け取ったレイラは一つ頷き、全身に流れる魔力を練り上げ賦活を施していく。
そしてゆっくりと魔力を魔槍へと注ぎ込み、許容限界を迎えた魔槍を助走を付けて千寄呪樹へと投げ付ける。
「――――ッ!!」
歩廊の上で投げた時よりも多くの魔力が込められた魔槍はレイラの手を離れた瞬間に爆発的な加速を持って飛び出し、音速の壁を突き破って空を裂いていく。
投槍の反動で地面が捲り上がるが、それに構わず赤黒い燐光を放つ魔槍を目で追うレイラ。
――――――――ッ!!!!!!
声無き絶叫。
数キロも離れていない千寄呪樹に突き刺さり、盛大に爆ぜると同時に千寄呪樹はその巨体を揺らし音のない悲鳴を上げる。
超音波のような声無き声は大気を揺らし、森をざわめかせながら小さな旋風をレイラ達の元へと運んでくる。
「うむ、やはりレイラを連れて来たのは正解であったな。この働きが続けられるならば、神々の仲介があってもお釣りがくると言うものよ」
立昇る黒煙が風に攫われると、そこには濃茶の外皮が広く禿げてはいるが致命的な傷がついたようには見えなかった。
しかしそれでも他の者達が納得するには十分な働きであり、レイラに向けられていた胡乱気な視線はなくなっていた。
それに千寄呪樹への挨拶にも十二分だったらしく、ゆっくりとした足取りで鉱山都市へと歩いていた千寄呪樹は進路を変え、大地を盛大に揺らしながら早足でレイラ達の待ち構える開けた場所へと向かって来ていた。
「あの足なら奴儕が姿を見せるのに数分も掛かるまい!!皆のもの、覚悟は良いな!!」
「「応!!」」
レイラの一投、そして迫る戦闘の気配に周囲はあっという間に活気付いていく。
しかしレイラは密かに溜め息を吐く。
簡素な門や城壁ならば吹き飛ばせそうな威力を見せていたにも関わらず、千寄呪樹が受けた傷はあまりに少ない。
それにレイラは見逃していなかった。
ゼタンダが周囲を鼓舞しているとき、黒煙が晴れて露になった千寄呪樹の傷痕を見た時の僅かに硬い表情を。
これは難事になりそうだと、独りごちたレイラは意識を切り替えるように首を鳴らすのだった。




