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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
206/221

36 その時、討伐戦前につき――

 

 ゼタンダの肩に乗り、歩廊の上から見えていた千寄呪樹を見上げるようになった頃。

 高層ビルもかくやの巨大さ故に近くにいるように錯覚するが、半里(約二キロ)は離れているだろうか。



 常に一定の速度で走っていたゼタンダが足を緩めるのに合わせてレイラが視線を下げれば、木々の間を埋めるように並ぶ一団が見えてくる。


 その一団は主に四つに分かれ、一つはゼタンダを含めた魔導騎士が一〇騎。

 残る三つの内、一つは一〇〇人程の鉱鍛種で構成され、統一された武具を纏っていることから鉱山都市の兵士であるのは見てわかる。


 残る二つの集団はそれぞれ統一性のない装備をした多人種で構成された五、六〇程の集団であり、その姿から傭兵か冒険者といった装いであった。


「お待ちしておりました、ゼタンダ隊長。既に準備は済んでおります」


 ゼタンダの肩に乗ったままその一団の元に辿り着くと、ゼタンダと似た――――けれど、ゼタンダよりも装飾の少ない駆動甲冑を着た騎士を先頭に集まっていた全員が同じように膝を付く。

 流石にこのままでいる訳にも行くまいとレイラが直ぐに飛び降りて同じ姿を取れば、ゼタンダは大仰に頷き膝を付く者達を立ち上がらせる。


「皆、無事に着いたようで何より。では早速で済まぬが報告を聞こう」

「ハッ!!先ずは偵察に出ていた者から千寄呪樹の様子についてお伝えいたします。ラヒエ、頼む」

「あいよ」


 真っ先に膝を付いた騎士が指せば、集団の左手――――冒険者らしき軽装の男が前に進み出す。


「ウチの斥候が言うには、千寄呪樹は歩くような早さで今もゴルドールに向かって移動中。周囲には寄生体が凡そ二百前後、奴さんの枝にゃ見える限りで二〇は〝混魔の果実〟が実ってやがるらしいですぜ」

「相分かった。所で奴儕は何処から来たか分かるか?」

「寄生体がいるんで詳細までは調べられていやせんが、斥候が言うには西南方向から――――」


 レイラは打てば響くようにゼタンダの質問に答えていく冒険者――――ラヒエと呼ばれた男を見る。


 胸から下げられた階級章は青玉。


 灰色の体毛に覆われた熊躯人のため見た目から詳しい歳のころは分からないが、体中に刻まれた傷跡や階級を考えれば壮年以上であるのは確かだろう。


 しかし熟練の冒険者で上から二つ目の階級であるにも関わらず、あまり強いという印象を受けない。

 並の冒険者や衛兵よりは腕は立ちそうだが、バルセットの巡察吏達の方が強いように思える。況してや未だ模擬試合で五分の勝率を保ち続けているガランドには及ぶまい。


 戦場に立たねば本領を発揮できない者もいるにはいるが、どうにもラヒエからそんな気配は感じられない。


 実力を隠しているには隠蔽が不十分であるし、見せつけているにしては弱すぎる。

 他の冒険者――――見た所、どうやら同じ徒党の冒険者らしい――――を見る限り、ラヒエが首領である事に依存はない様子。


 それに首領が最強である必要はないのだが、荒くれ者の冒険者がそんな存在に素直に従うだろうかと首を捻る。

 そこまで考え、そう言えばとレイラは気付く。






 ノルウェア大陸に来てからここ迄、バルセットの巡察吏よりも強そうだと思えた者を何人見掛けたか、と。







 指折り数えようとして、三本から増えない事実に疑問が浮かぶ。


 いくらノルウェア大陸の蛮族や魔獣が少なく一部地域でしか見かけなくなったとは言え、その分人による犯罪も増えているはず。

 当然、今まで立ち寄ってきた国々でもそんな犯罪者に備えて訓練している筈なのだが、見掛ける衛兵や巡察吏の練度がバルセットよりも高いようには見えなかった。


 主な冒険者達が迷宮へ移って留守にしているとあっても、流石に少なすぎるのではないかと。


 いくらアルブドル大陸が過酷で弱い兵士は生き残れていないだけだとしても、各国に突出した〝個〟を見掛けないのはおかしな話ではないか。


「――うむ。では千寄呪樹の討伐に当たり各人に役割を下達する。ダヴィとラムルダは傭兵を率いて寄生体を正面から叩け。ムラゼルは冒険者達と共に背後へ回ろうと動く寄生体の阻止、及び〝混魔の果実〟の監視だ」


 なにか明確な要因でもあるのだろうかとレイラの思考が巡り掛けていると、熊躯人の報告を聞き終えたゼタンダが指示を飛ばし始める。

 仕方がないと一時思考を中断し、要調査のラベルを脳内で貼ってから意識を目の前の景色に戻す。


「残った者で千寄呪樹を討つ。が、ボゼスとアッカ、それとレイラは遊撃とする故好きに動け」


 一個の集団として動くのを不得手としている冒険者は主攻の補佐に回るのだと自分の役割について考えていると、名指しで指名されたレイラ。

 聞き覚えのない名に疑問を抱いた魔導騎士達の視線が一斉にレイラへと向かい、それに釣られて兵士、傭兵、冒険者の順で視線がレイラへと寄越される。


 あまり注目されるのは好みではないのだが。


 そう思いながらも、双月神のせいできちんと働かなければならないレイラはその細腕を挙げる。


「遊撃と言われたけれど、具体的には何をすればいいのかしら?」

「魔槍を用意している故、基本はそれで儂等を援護してくれ。ただそれ以外に必要だと思うことがあれば都度補ってくれればそれで良い」

「そう。分かったわ」


 レイラの返事に頷いたゼタンダが再び指示をしていけば、騎士と兵士、傭兵の視線は再びゼタンダへと戻る。

 だが一部の冒険者――――特に徒党の誼みで召集されたらしい琥珀の冒険者達からは険しい視線が注がれたまま。


 特にレイラの首元で揺れる階級章の色を見た者の瞳には、明らかな疑念や軽蔑の〝彩〟が混ざり始める。

 しかしそんな者達は近くにいた黄や翡翠の冒険者に頭を抑え付けられ、長いこと汚れた〝彩〟に晒されることはなかった。


 バルセットではあまり徒党と言う存在に良い印象はなかったが、所変われば品変わるように、徒党の存在も場所や国で変わってくるのだろう。


 それに冒険者の昇級には人品が良いことも必須になると聞く。

 つまり上から二つ目である青玉のラヒエの人品は組合が保証しており、そんなラヒエが率いているのだからある程度は真っ当な集団なのだろう。


「さ、間も無く大仕事だ。各人、それまでにしっかりと準備を済ませておくように」


 一通り指示を出し終えたゼタンダが手を叩けば、各々の集団に分かれて装備の点検やら何やらを始めてしまう。

 兵士たちは集積された物資や荷車の点検を始め、傭兵は各傭兵団毎、冒険者は名名に身体を解したりと忙しく、レイラが加わるべき雰囲気はない。


 騎士達は騎士達で集まり打ち合わせをしている様なので、手持ち無沙汰になってしまったレイラは仕方なしに木の幹に身体を預け、地響きのような足音を立てている千寄呪樹を見上げる。


 元々討伐に参加する予定の無かったレイラは千寄呪樹について全くと言って良いほど知らない。

 どんな攻撃をしてきて、何に気をつけねばならず、何をどうすれば打ち倒せるのかも知らないのだ。


 千寄呪樹ほどの巨体であればそう易々と仕留めることもできないし、倒し方一つで周囲へ甚大な被害を生みかねない。

 メローナなどの様にただ打ち倒せば終わり、首を刎ねれば終わりとは行かない相手である。


 だから少しでも情報が欲しい所であるが、残念ながら見た限りレイラに付き合ってくれそうな人物は見当たらない。


 普段であればこの手の依頼は序盤は様子見に徹し、必要なことを探っていってり、周囲のやり方に合わせていくのがレイラのやり方だった。

 しかし、今は双月神が余計な介入をしてきたせいで、手抜きが――――手抜きと見られそうな事をする訳にもいかない。


 神々は様子見を手抜きだと見るほど狭量ではないと神職にいる者は怒るだろうが、レイラからしてみれば天に座す崇高なる方々など理不尽極まる常習的な苦情屋(クレーマー)とさして変わるものではないのだ。


 でなければ金蹄羊の乙女――見染めた乙女と手を繋いだからという理由で陽光神に羊に変えられた男とそれを助けようと奮闘した乙女の逸話――や、大笛吹きの愚者――美姫の詩を聞きつけた騎士神を迎えたのは噂とは真逆の醜女で、それに逆上した騎士神が詩を詠う詩人を斬って回った――の逸話が残ろうはずもない。


 そんな理不尽の権化と見てもおかしくない相手が介入しているならば、最大限の警戒をしても損はなかろう。




 ただ警戒したとて、実行できていなければ意味がないのだが。




 こんな事になるのなら千寄呪樹や這寄木についてもっと調べておくば良かったと、大きな溜め息を吐き出したところで二つの気配が近づいてくる事に気付く。


『また会ったな、冒険者』


 そう言ったのは、見覚えのない駆動甲冑を纏った騎士だった。


【tips】

 ――金蹄羊の乙女――

 陽光神が見初めるほど美しい羊飼いの乙女と、陽光神が認めるほど高潔で誠実な男が仲睦まじく手を繋いでいる姿を見て激昂した陽光神が男を黄金の毛を持つ羊に変えてしまう所から始まる。

 その後乙女には困難が、男には黄金を狙う不届き者が差し向けられたが、二人は最後まで諦める事はなくその姿に感服した陽光神は自分の非を認め、二人に祝福を授ける萬和である。


 横恋慕の愚かさと想い人を信じ続ける事を説く際に稀に使われるが、陽光神の信徒の前で詠うと渋い表情をされる。



 ――大笛吹きの愚者――

 人化し放浪していた騎士神が詩人の詩を信じ苦難を乗り越えて美女を探しに向かったが、その美女は人の形をした魔獣であった。

 騙された事に気付いて激怒した騎士神は嘘の詩を詠う詩人を見付けては斬って廻り、最初に騎士神を騙した詩人には不死を与え曇り続ける鎧を未来永劫磨き続ける苦役を貸した。


 旅の噂を信じてはならず、軽々に噂を広めればいつか自分に帰ってくると言う警句の一種として謳われる喜劇詩である。

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