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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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35 その声、託宣につき――


 神の権能が発揮したのは今や遠い昔の出来事だ。

 神々による直接の神罰は勿論、使徒や分身による神罰代行も行われたのは遥か昔。


 しかし神と交わした契約、そして神が介在したどのような契りが今尚強力な拘束力を持つのは何故か。


 それはレラステア教のような例外を除き、世界のほぼ全てが同一の神々を信仰しているからに他ならない。

 故に神が介在した契りを反故にすれば、神殿がある都市は勿論、分神殿や在俗僧、農村に置かれた小さな祠を管理している者にすら破約の事実が伝わってしまう。


 神との契約を破るような人間であると言う烙印がなされた人間と付き合おうなどと考える酔狂は非常に少なく、人の領域で生きていく事などほぼ不可能。

 下手すれば野盗や後ろ暗い組織ですら受け入れて貰えるかも怪しいほどだ。


 ただしそれは契約を破ればの話――――なのだが、問題なのは今回レイラとゼタンダが交わしたのはあくまで儀礼的な契約であり、その内容が酷く曖昧な事だ。


 レイラは求められた働きを行い、ゼタンダは働きに応じた報酬を支払う。


 一見すれば酷く単純だが、単純すぎるが故にどれだけ働けば履行したと見なされ、どんな事をすれば契約を破ったと見なされるのかが全く不透明。

 しかも厄介なのが互いが納得したとしても、神が過不足があると判断すれば弁明の余地なく破約と看做されることもあると言う、神の気儘が起こり要るのだ。


 故に人が神殿で神の名を通した契約を結ぶ時は厳格な文書を書くし、神も口約束のような契約には軽々に口を挟むことはない。

 過去、この口上で神が啓示を下したのも、命を掛けた決闘の際だったとゼタンダが言うのだから、今回がどれほど特異な事なのかは語る必要もないだろう。


「……まさか、このような事になるとは思わなんだ。しかし神が間に立ってしまった以上は仕方あるまい」

「えぇ、そうね。まったく、普段は居るかも分からない癖に妙な所で出張って来るなんていい迷惑だわ」


 吐き捨てるレイラにゼタンダはそういう事を言っているからではないかと思うものの、地位とそれに伴う責任を負ってきた騎士は賢明にも言葉にはしなかった。

 それに元より炉鍛神の敬虔な信徒ではあるものの、敬虔だからこそ神の気儘が起こす厄介事を知るゼタンダは少しだけレイラに共感してしまっていた。


「本来であればこのような些事を陛下に報告することもないのだが、夜帳神の声が降りて来てしまった以上、報告しない訳にも行くまい」


 咳払いを挟んで事を大きくしたくはないがと付け足されたゼタンダの言葉に対し、レイラも否もない。

 元より神が関わってきてしまった以上、最高責任者に報告しない訳にもいかないのはレイラも理解している。

 

 要は孫請けの企業とフリーランスが交わした契約を本社社長が認めたようなもの。であれば孫請けが元請けに確認を取るのは必須。

 そこで報告を怠ったせいで妙な食い違いが起き、神罰が下るような事があっては誰一人幸せになる事もできないだろう。


「悪いようにするつもりはないが、後ほど陛下から裁可が下るやもしれん。こればかりは理不尽に感じようが、飲んで貰うほかあるまい」

「えぇ。分かっているわ」

 

 契約を結んだレイラとゼタンダ、そして証人の衛兵長以外に夜帳神の声は聞こえておらず、遠巻きにレイラ達の事を見ていた他の者達の間では大きな騒ぎになっていない。

 

 故に下手に騒いで事を大きくする必要もないが、ことが事だけに国王の耳にも届くことになるのだなとレイラは思わず遠い目をしてしまう。

 何故こうも求めてもいない面倒ごとばかりが舞い込むのだろうかとレイラはため息を吐き、もしや夜帳神の背後に隠れた悪戯好きの双月神に目を付けられたせいかと空を睨む。


 しかし睨み上げた空は千寄呪樹による魔獣災害が起きているとは思えないほど澄み渡っており、レイラの思いとは裏腹に清々しいものだった。


 そうこうしている内に冒険者組合に走って行った衛兵が戻り、その衛兵が手にしていた紙へと目を通したゼタンダは兜を被り直す。


「さて、色々と予定外の事がありはしたが、組合の許可も降りた事だし、さっさとあの忌々しい巨木を切り倒しに行くとしよう」


 そんな言葉と共に差し出される駆動甲冑の巨大な手をレイラが躊躇いながらも取ると、一息で引き上げられて肩へと乗せられる。

 

「あら、騎士様が平民を肩に乗せて良いの?」

「部下やらは既に先行してもう準備できるている頃であろうし、時間が惜しいのでな。それに、だ。たかだが小娘を肩に乗せて傷が付くような柔な名誉や誇りは持ち合わせておらんよ」


 クィスラ王国では決してあり得ないことを豪快に笑い飛ばし、歩廊の上に残る衛兵や冒険者に敬礼を送ったゼタンダはその足で歩廊から無造作に飛び降りた。


 臓器が浮き上がり、血液が脳へと押し付けられる奇妙な感覚。

 何度か自由落下は今世で経験してきたが、流石に今回の高さは今までと比べて桁違いだった。


 最早不快感を通り越し、前世で投身自殺を図った人間の見る景色はこう言うものなのだろうなと妙な好奇心が湧くレイラ。

 

 長く感じるような自由落下。

 しかれども数秒の出来事の中でレイラはゼタンダから離れぬようにしっかりと甲冑の装飾に指を掛け、地面との距離を測りながら身体へ賦活を施していく。


 そして三、二、一……と内心でタイミングを図り、レイラはゼタンダが着地する瞬間に合わせてその肩から飛んで距離を取る。


 背後から響く凄まじい着地音と背を追い抜いていく土煙に顔を顰めつつ、多少は抑えたものの人体を破壊するのに十分過ぎる落下の慣性を五点接地で転がる勢いへと変える。


「……はぁ。まったく、着地は自力でなんとかしろって事なら事前に言って欲しいものだわ」


 砂埃と転がった勢いで汚れた鎧をレイラが払っていると、竹を割ったような快活な笑い声が響く。


「ハッハッハッ!!すまんすまん、鉱鍛種の文化に上品なエスコートと言うものはないのでな!!すっかり忘れておったわ!!」


 嘘か真か分かりにくい事を口にしながら土煙を割って歩み出てくるゼタンダの言葉にレイラは胡乱な目を向けるが、精密な鍛冶仕事に反してガサツな者の多い鉱鍛種には何を言っても無駄だと諦める。

 その代わり、無礼だと罵られようとも構わないとばかりにゼタンダの肩に飛び乗るが、ゼタンダは気にした素振りもなくそのまま千寄呪樹の元へと歩き出す。


「もう他の連中は陣を敷き終わっておるだろうからの、少し急ぐぞ」

「御手柔らかに」


 そしてゼタンダは一歩毎に足の回転を上げていき、一〇歩を超える頃には風切り音が喧しい程の速さへと変わっていく。


 レイラの全力には及ばないが下手な騎獣よりも遥かに早く、木々が乱立する森に入ってもその速度が緩むことも無い。


 これがゼタンダの全力ではないだろうが、それでも軍事に明るくないレイラでもその脅威は理解できる。


 数十メートルはあろう黒壁をいとも容易く登る脚力はあらゆる砦の防壁は意味を成さず、出力を抑えた警邏用の駆動甲冑ですらレイラの全力でも魔術障壁を抜くのがやっとで本体には傷一つ着かない防御力。


 世に謳われるように数十騎で国を潰して回る程ではないにしろ、コレが百と並べばどうか。

 更に後詰めに鉱鍛種が総本山で誂えた謹製の武具をまとった軍団が控えていれば、たった一国で周辺諸国を潰して回るのも難しくはあるまい。

 

 実際には戦術なども絡んでくるため想像よりも容易くはなかろうが、相対した国々にとって悪夢であるのは間違いはないだろう。


 しかしとレイラは訝しむ。

 それ程の駆動甲冑があるにも関わらず、騎士たちだけでなく兵士や冒険者を使わねばならない千寄呪樹とはどれ程厄介な相手なのかと。


 何処の国にも事情というのは往々にして付き物だ。

 クィスラ王国とて、王のお膝元で魔人が現れても戦闘魔導師一人派遣しなかったのだ。鉱山都市も何かしらの理由でできない事もあるのだろう。


「まぁ、戦力を全力投射できないだけなんでしょうけど、面倒な事に変わりはないわね……」

「何か言ったかね?」

「何でもないわ」


 小さく呟いたつもりだったが、風切り音に紛れた筈の声も拾うゼタンダに分からぬようにレイラは小さな溜め息を吐くのだった。

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