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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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25 その者達、取引につき――


 用心棒によって行われた事情聴取を済ませた後、レイラは娼館主を交えた交渉に入った。

 事態の原因や要因、起きた状況から被害総額、責任の所在についても。

 その結果、今回の一件を招く原因であるレイラが賠償を支払う事となった。




 一〇リュオーネという子供の小遣いのような金額を。




 結局、先の襲撃は衛兵に届けられる事なく闇に葬られる事となった。

 しかし人の口に戸がたてられぬように、金や脅しを掛けたところで娼館内で騒動を目撃した者が複数いるためいずれ知れ渡る。


 その時問題となるのが誰が責任を取ったか、だ。


 もし仮に娼館が責任を取り賠償を行なっていたと知られれば、娼館に非があった事件なのだと喧伝するようなもの。

 例え欲に目が眩んだ禿や下男が下手人を招き入れたが故に起きた事態といえど、悪評が広まってしまっては娼館は早晩立ち行かなくなってしまう。

 人の無防備な時間を利用するのだから、高級娼館とはそれほどまでに信用が物を言うのだ。


 下の人間をろくに管理できていなかった娼館側の自業自得と言ってしまえばそれまでだが、それでは困る人間がレイラを含めて大勢いる。


 そこで講じられたのが今回の手技だ。

 神殿による和解審判の元、レイラが小遣いのような少額の賠償を娼館へと支払って騒動の決着がついたと示す。

 娼館はレイラが早期に賠償を支払った誠意ある態度に感激し、穏便に物事を進める事にしたとして和解の事実だけを噂という形で密かに広める。


 これによって賠償額を知らぬ人々の間では騒動を引き起こしたのはレイラなのではと人々は勝手に勘違いし、娼館は客を狙う刺客を招き入れた店であるという事実は隠される。

 更にレイラはちょっとした騒動を起こしたものの、潔く非を認め償いのできる良識ある冒険者ではあると認識され、娼館はそんな冒険者を抑揚に赦せる懐の大きさ有していると言う評価を得られるのだ。

 

 裏の事情に精通した者であればそんな細工は簡単に見破るだろうが、最上級の娼館なら兎も角として件の娼館の客層は九割九部がそんな裏事情に疎い者達なのだ。

 例え裏事情を知られたところで懐は大して痛まず、糾弾されても表の噂は事実である以上はシラを切り通すのも難しくない。


 レイラにしても冒険者という破落戸の仲間であるため多少の悪評を受けたところで困るような事はなく、事情を察せる者には娼館相手に交渉ができる人物だと認知され逆に評価を上げるだろう。

 それに娼館の顔を潰し、逆恨みやいっその事全て無かったことにしよう等と言った短慮に巻き込まれるよりはずっと良い。


 因縁をつければ金を巻き上げられると軽く思われるという厄介事は起きる可能性はあるが、賠償代わりに素材集めに難儀しているミュンヘルへの力添えを娼館に飲ませた時点でレイラにとっては十分過ぎる成果だ。


「それに〝彩〟を見せてくれるお馬鹿が向こうから来てくれるのだから、必ずしも厄介事と言う訳ではないけれど」

 

 自らが切り倒した這寄木の切り株に腰掛け、煙管から紫煙を立ち昇らせたレイラは独りごちる。


 紅茶に酸塊の実の爽やかさを混ぜたような煙石の香りに混じり、鼻腔を擽るのは生臭い鉄錆の臭い。

 周囲に散らばるのは四肢や臓腑、首など五体を切り離され、傷口から流れ出る血も乾き始めた肉袋。


 不正確な噂に乗せられ、悪質な情報屋や仲介業者に騙されて喧嘩を売ってきた傭兵達が辿った末路。


 御し易い冒険者というただの噂を信じ、何者かの息が掛かった仲介業者に依頼を受けた傭兵の数は凡そ三〇。

 普段の行動通りヴィクトールと別れ、一人で近隣の森へと足を運んで早々にレイラは彼等の歓迎を受けた。


 初撃は頬を掠める様に放たれた一本の矢。

 そして足を止めたレイラに傭兵達は嘲りながら宣った。


『身包み全部置いてきな。そうすれば優しくしてやるし、気が向けば見逃してやらない事もないぜ』


 逃す気は無いと言わんばかりにレイラを囲い込んだ傭兵たちを相手に、レイラのため息と共に送った返答は至極単純。


 刃と暴力。


 貨幣などより普遍的な価値を持つ生命共通の対価を徴収して回り、結果として臓腑と肉塊でできた血溜まりを作り上げるに至った。


「で、いつまでそこで見ているつもりかしら?」

 

 乱れた息を整え、消費した魔力が少しでも回復するように吸い込んだ紫煙を吐き出したレイラは背後を睨みつけながら問いかける。

 すると一人の大男が姿を見せたのを皮切りに、再び二十人近い傭兵達が姿を見せる。

 しかも厄介な事に、今度の傭兵達は随分と装備が良いように見えた。


「それで、一体何のご用かしら?」


 傭兵の質は装備の質に直結する。

 良い装備を身に付けられるという事は、それだけ稼げる戦場で死線を潜り抜けてきた証。


 少なくともレイラに襲いかかってきた、隊商の護衛や野盗紛いの急ぎ働きで糊口を凌いでいるような二流、三流の傭兵とは訳が違う。

 それに先頭を歩いてくる大男には見覚えがあった。

 

「よう、一月ぶりぐらいか?」

「確かそれぐらいね。貴方が私に絡んできたのは」


 レイラが言えば、先頭の大男――――シグルドは気まずそうに前へ出てくる。

 仕方がないと腰掛けていた岩から立ち上がり、腰に提げた剣に手を掛けれるとシグルドは慌てたように両手を振ってみせる。


「ま、待て!!今日はお前さんとやり合うつもりは一切ない。それどころかお前さんに儲け話を持ってきたんだ」

「儲け話?」

「おうよ。少なくともお前さんを罠に嵌めたり、損をさせるつもりはないんだ」


 どういう事か。

 そう言わんばかりの表情で先を促せば、シグルドは自分たちの狙いはレイラではなくレイラを狙っていた連中だという。

 今、レイラが返り討ちにした傭兵達とはそれなりの付き合いがあるのだとか。それ故にこのまま屍を野晒しにしておくには忍びなく、また彼等が身につけていた武具をそのままにしておくのは惜しい。


 そこでレイラと敵対しない事を選んだシグルド達は斬り殺された傭兵達の装備を回収し、彼等が属していた傭兵団に恩と共に売りつけに行くつもりなのだという。

 だから諸々の諸経費やらを載せた金を用意する故、死んだ傭兵たちの武具やらの所有権を放棄した上で今回の事件を起こした傭兵団への報復はしないで欲しいと言う。


「ふむ、悪くないわね……」

「だろ?」

 

 想像より悪くない提案にレイラは一瞬考える。

 本来ならば〝紅鏡の刃〟が求める武具は討伐したレイラの持ち物になるのだが、レイラ一人では持ち運べる量に限りがあり、また鉱山都市で売り払うツテもない。

 更にレイラが下手に武具を持ち帰れば魔導具組合長の息が掛かったものに因縁を付けられ、要らぬ罪を被せられかねない。

 大した罪には問えないだろうが、非常に手間の掛かる面倒なことになるのだけは間違いないだろう。

 しかしそこに傭兵団〝紅鏡の刃〟が間に挟まれば問題の大半はなくなる。


 それにレイラが儲けるだけでなく、〝紅鏡の刃〟にも利があるぶん信用もできた。

 

 〝紅鏡の刃〟は武具と人員を失った傭兵団に恩を売って金も稼げる上、レイラと事を構えるのを嫌う傭兵団がいれば仲介すると言う名目で示談金を得ることができる。

 レイラに支払った金額より防具の売値や示談金を支払う傭兵団が少なければ彼等は損を被るが、逆に多ければ危険を犯さずにある程度の金を得られるわけだ。


 逆にレイラは武具を運ぶ手間も売る手間も一切かからず、今この場で大金を手にすることができる。

 しかも今回のことを手打ちで済ませたいと願う傭兵団があれば、一々顔を合わせて決裂するかもしれない交渉に望まなくても済む。

 もし突っぱねる傭兵団がいれば彼らの名前を教えてもらうように契約を結べば、どこが襲ってきて何処へ報復に行けば良いのかも直ぐに分かろうと言うもの。


 それに仮に〝紅鏡の刃〟が支払う武具や示談金の金額が相場より低かったとしても、元々捨て置いた物が金になったと思えば損でもなんでもないのだ。


「……そうね。貴方の提案に乗ってもいいわ」

「おぉ!!そうか、なら――――」

「ただし、貴金属を私に変わって集めてくれること、三〇万リュオーネを此処でかつ即金で支払ってくれるなら貴方の提案を飲んであげても良いわ」


 煙管を口に咥え、不敵に笑ってみせるレイラ。


 別段金銭や貴金属に興味がある訳ではない。

 〝紅鏡の刃〟が何処までレイラの事を重く見ていて、何処までレイラに譲歩するのかを見るためである。

 

 そんなレイラの態度が気に入らないのか、何人かの傭兵が苛立たし気にレイラへと迫ろうとする。


 が、シグルドに睨まれて動きを止める。

 

 代わりに顔立ちの良い優男が他の傭兵の間を抜けてシグルドの隣に立つと、その高い位置にある肩に無理やり腕を回して顔を突き合わた密談を始めるのだった。


「団長、ここは――――」

「分かってる。それに三〇万ぐらい直ぐに用意できるが――――」


 わざわざ聞き耳を立てた訳ではないが、漏れ聞こえる声にあの優男が〝紅鏡の刃〟の団長らしいと言うことがわかる。

 シグルドほど腕が立つ様には見えなかったが、それでも実力のある傭兵達をまとめ上げる指揮能力と荒くれ共を従わせるカリスマがあることだけは確かだろう。


 少し吹っかけ過ぎたかなと思わなくもなかったが、それでも一度口に出した以上は仕方がないと煙管を吹かしながら座っていた岩に腰かけ直す。


「えぇい!!分かったが、貴金属集めに使う若い衆の小遣いと、損が出た時はお前の稼ぎから差っ引くからな!!」


 どうやら二人の間で決着がついたらしく、優男はシグルドの脇腹を一発殴りつけてから持っていた布袋をシグルドに押し付ける。

 優男はそのまま何やら聞き覚えのない異国の言葉を叫ぶと、気だる気な声や不服そうな声が傭兵達から木霊する。

 そして中堅らしき傭兵達はレイラから視線を外す事なく離れていき、年若い者たちがレイラが作り上げた血袋の群れへと歩み寄って鎧や武器を剥ぎ取り始める。


「ほれ、約束の三〇万リュオーネだ。あとは貴金属なんかを引き渡すだけだが、流石に身元が分かるようなモンは渡せねー。それでも構わねーか?」

「えぇ。流石にそこまでは求めてないわ」


 手渡される布袋の中身を改めれば、しっかりと一〇万リュアオーネ分の紙幣束が突っ込まれている。わざわざ全ての紙幣が本物かどうかを確かめはしないが、念の為視線でシグルドを脅しつけておく。

 態とらしく身を竦ませるシグルドと会話もなく待っていれば、程なくしてところどこえろ血液が滲み出した布袋が持ち込まれる。

 大人の頭がすっぽり入りそうなその袋も覗き込めば、指輪や首飾りの他、小銭袋の様なものまで一緒くたに放り込まれた物だった。


「んじゃ、俺たちも引き上げるが、できればこれ以上お前さんと顔を合わせないことを願うよ」

「あら酷い、私は別に構わないのだけれど?」

「はっ、敵味方問わず御免被りたいね」


 山ほど武具を抱えて歩きづらそうにしている若い傭兵たちを引き連れ、シグルドは先に離れていった傭兵たちの後を追う様に去っていく。


「ふぅー……流石に傭兵連中の相手をするのは骨が折れるわね」

  

 十分に傭兵たちが離れたのを見計らい、レイラは腰掛けていた岩に向かって倒れ込む。

 愚痴を吐き出し、寝転んだまま吸い切った煙石を新しい物に変えて再び火を付ける。

 そして大きく吸い込み、肺に満たされた紫煙がすり減った魔力を僅かばかりに満たしてくれる感覚を噛み締める。


 流石と言うべきか、小遣い稼ぎのつもりで三下の破落戸が如く襲ってきた傭兵たちだったが、鉱山都市を出入りするだけにその実力も高かった。

 〝紅鏡の刃〟が参加してこないことを察したからこそ返り討ちにできたが、彼等が最初から参加していれば半分始末できたかどうか。

 相打ちを覚悟すれば全員に引導を渡せただろうが、そうでないのならば早々に逃げの一手を取っていただろう。


 とはいえそれだけの労を割いただけの価値はあった。


 鉱山都市に詰める傭兵団の多くが今回の一件で損失を被り、少なくない痛手を負ったことだろう。

 さらに〝紅鏡の刃〟と言う唯一被害を受けなかった傭兵団の存在があることで、理性のある傭兵団ならばレイラに挑むのは割に合わないと判断する材料としては十分だろう。


 それでも負けを取り返そうとする者はいるだろうが、そんな馬鹿な考えしかできない傭兵の実力など高が知れている。

 故にそれ以外の傭兵が手を出してこなくなる、ないし手を出す頻度が減れば彼等より劣る者たちも尻込みしよう。

 そうなればその分だけレイラは這寄木の捜索に専念できる。


 他の素材は娼館のツテで、妨害は今回の一件で粗方蹴りがついた。

 あとは本当に這寄木を見つけるだけである。

 

 そうすれば良い武器が手に入り、その分だけ強くなれば今の実力では見ることのできない〝彩〟を見ることができるようにもなる。

 〝紅鏡の刃〟のシグルドや百足人の刺客のように、今のレイラでは見ることが能わない〝彩〟を。


「でも、やっぱり世界は広いわね。まだまだ多くの〝彩〟を見るには私の実力が足りてないんだもの」


 とは言え武具で底上げした実力だけでは再び頭打ちになる事は明白であり、他にも実力を伸ばす方策を考えねばならない。

 今の鍛錬の継続や、魔力総量を上げる訓練以外にもなにか考えねばならないだろう。

 

 再度紫煙を肺へと流し込みながら、レイラは這寄木を探しながらどうするべきか考え始めるのだった。

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