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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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10 その魔物、水棲魔馬につき――


 魔術を組み上げたヴィクトールは狙いを澄まし、一番近い所にいる水棲魔馬へ向けて結晶の礫を放つ。

 そして同時に結晶の柱を幾つも作り、レイラが駆ける為の足場も作り出す。


「結構不細工なのね、貴方達」


 ヴィクトールが放った礫が水棲魔馬へ着弾するのとほぼ同時、湖沼の中から覗いていた別の魔馬の元へと辿り着いていたレイラは濁った水面に浮かぶ魔馬の顔を見て素朴な感想をこぼす。


 馬、と言うよりもタツノオトシゴに近い細長い顔。

 蛙を思わせる大きな虹彩に覆われた瞳。

 耳殻はなく、代わりに皮膜に覆われた独特な耳穴。


 なにより粘膜に覆われ、毛が一切生えていない姿は苦手な者にはとことん嫌われる姿をしていた。

 

 慌てたように顔を上げる水棲魔馬の細長い頭部を飛び越えながら両手に握る剣を振い、その両生類と馬を掛け合わせたような不細工な顔を両断したレイラは膝を撓めた状態で浮島へと着地する。


 葦や藻が絡み合っただけの浮島はレイラを支えるのには頼りなく、数秒形を保てれば御の字だろう。

 ただレイラにはそれだけの時間があれば十分であり、着地の衝撃で浮島が離散しながら水中へと身体が沈む前に宙へと跳ぶ。

 

 そして別の水棲魔馬の頭部を足場に着地し、飛び移りざまに魔馬の顔を切り裂き更に別の魔馬に着地して今度は大きく跳び下がる。


 向かうはヴィクトールが作り出したオベリスクの様な巨大な柱。

 垂直に立つ柱に腕力だけで張り付いたレイラは次々と水中から姿を表しては湖面の上に立つ水棲魔馬の群れを見下ろした。


「まさか、こんなに居るだなんて。流石にこれは予想外だわ……」


 見えていた数十匹だけでなく、次々と現れる水棲魔馬の数はとうに五〇を超えている。

 どこまで増えるのかとレイラがある種呆れながらヴィクトール達の方を見やれば、あちらはあちらで上陸を試みようとしている魔馬と戦闘中だった。

 とはいえ数はさほど多くはなく、レイラが戻らずとも対処はできるだろう。


 そんな風に観察していると、レイラは自らが掴む柱が浸かる水面に魔力の揺らぎを感じ取る。

 咄嗟に柱を蹴って跳べば、勢い良く噴出した水がレイラが張り付いていた柱を貫き倒壊させる。


「まるで水流カッターね」


 着地点にいた二匹の魔馬の首を刎ね飛ばし、残った胴体が水面へ沈む前にレイラは最初にヴィクトールが作った足場へと再び跳んだ。

 そして着地と同時に距離を離そうと再び足に力を込めた瞬間に違和感を覚える。

 視線を落とせば、まるでスライムのような粘度を持った水が足場に立つ片足へと絡みついていた。


「こう言う搦め手も使うのね、小賢しいこと」


 しかしレイラはそんな事に構わず、後ろへ傾けていた重心を前へと変え、あらん限りの賦活を脚に施し、跳躍と同時に足場ごと絡み付く水を切り捨てる。

 そして砲弾もかくやの勢いで飛び出したレイラはすれ違いざまに三体の魔馬の首を切り裂き、正面にいた魔馬に腕を絡ませその背に乗る。


 ただ魔馬が素直に背に乗せておく訳もなく、暴れ牛のように身体を跳ねてレイラを振り落とそうとする魔馬。

 

 最初は魔馬の首を鷲掴んで耐えようとしたが、魔馬の立つ水面に強烈な魔力の揺らぎを感じ取ったレイラが身を翻せば、水流が作り出す巨大な槍が魔馬の身体を貫き通す。 


「ま、仲間意識なんて物もないわよね」


 中空に身を投げ出したレイラを狙って再び大量の魔力が湖面に満ちるが、魔力が形を結ぶよりも早く湖面が結晶の棘に覆われる。

 蹄の代わりに水面に触れていた四つ指を穿かれて悶えた悲鳴を上げる魔馬たちを尻目に、着地点の棘を切り払って結晶に降り立つレイラ。

 そして履いている鉄靴を強化し、棘を踏み砕きながら痛みで混乱に陥っている魔馬たちの首を刎ねていく。


「……こんなものかしらね」


 結晶の浮島にいた魔馬の首を全て刎ねて周囲を見渡せば、結晶に覆われていない水面にはまだ無傷の魔馬はいる。

 しかし明らかに生き残った魔馬たちの腰は引けており、レイラが襲い掛かった当初に見せていた戦意は跡形もない。


 さて残りはどうしようかと、剣を汚す紫色の血糊を振り払っていながらヴィクトール達の姿を見れば、向こうも魔馬の骸を積み上げていた。

 ただ既に趨勢を決した筈のヴィクトールとゴンドルフが何やらレイラに向かって大仰に手を振っており、レイラの首筋を嫌な予感が撫でていく。

 

 距離のせいで届かない大声を上げ、結晶に覆われていない湖面をヴィクトール達が指差している事に気付いたレイラは魔力を結晶越しに湖沼の中へと流し込む。

 そして返ってきた反応を読み取ったレイラは、その反応が何かと思考することなく脇目も振らずに駆け出した。


「ッ?!」


 ――――直後、巨大なナニカが下から結晶の浮島を突き破る。

 

 点々と作られた足場を最速で渡って陸地へと戻ったレイラが振り返れば、鯨と見紛う巨体の()()が空に打ち上げられた水棲魔馬の死体を丸呑みにしている姿を目撃した。


「…………」

「…………」

 

 巨大な水柱と大波を作りながら水の中へと戻った大鯰の行動はそれだけで収まらず、蜘蛛の子を散らすように逃げていく水棲魔馬を追い、その巨体に見合った大口で魔馬を生きたまま次々と丸呑みにしていく。


 下手な鮫映画なぞより恐ろしい光景ではあったが、幸いにも水面を駆けて逃げる魔馬達を追って大鯰はどんどんと離れていく。

 そしてある程度の数を飲み込んで腹が満ちたのか、それとも水の中に逃げていった水棲魔馬を追っているのかは分からないが、その巨体からは想像できないほど静かに湖沼の水底へと大鯰は姿を消していった。


「……アレ、ウル湿地の主だったりするのかしら」

「……かもしれんな」


 十秒、二十秒と沈黙の果てにレイラが呟けば、返されるのは間の抜けたゴンドルフの返事のみ。

 そこから更に数十秒経ってから脅威は去ったと判断し、レイラは大きく息を吐き出しながら無意識の内に籠もっていた肩の力を抜いた。

 

「ねぇ、ヴィク。貴方、さっきのなんとかできる?」

「……流石になんの準備も無しには無理だネ」

「……そうよね」


 一先ずあの大鯰の事は見なかった事にして、レイラ達は手を付けていなかった野営の準備に取り掛かる。

 引き返して陸路で行くにしろ、このまま先に進むにしろ、もう間もなく日が沈み始める時間故に下手に動く事もできない。


 そう思ってレイラが荷車へと近付けば、手綱を外されていた戦鱗馬が湖面の近くでもそもそと何かをしているのを見付ける。

 ただ水を飲んでいるのかと思っていたが、戦鱗馬が何かを水面から引き摺り出していた。

 思わず凝視してしまったレイラが見たのは、戦鱗馬に咥えられて引き摺られる息絶えた水棲魔馬の姿だった。


「コレ、貴方がやったの?」

 

 念の為に生きていないかを確認するが、ヴィクトールが相手をしたにしては鋭い切り傷に塗れており、ゴンドルフは戦えない事を考えると残るは戦鱗馬のみ。

 言葉が通じる訳もないと分かっていながら問い掛けるが、戦鱗馬はどこか自慢気に嘶いて見せる。


「そう。まぁ、自分で仕留めた獲物ならとやかく言わないけど、せめてもう少し水辺から離れた所で食べなさい。さっきの大鯰に襲われても助けてあげられないわよ」


 馬に果てしなく似ていながらも雑食で、自分で狩った肉も容易に食糧とする戦鱗馬に言えば、それは困ると言わんばかりに一鳴きして水棲魔馬の死体を引き摺っていく。


「……そう言えば、戦鱗馬は元々知能の高い魔馬を家畜化したんだったかしら」 


 そんな益体もないことを考えながらレイラはヴィクトールを呼び付ける。

 そして野営の準備に入る前に陸地近くに浮かび、その血を垂れ流している水棲魔馬の死体を二人で回収する。


 流れ出た水棲魔馬の血に誘われてあの大鯰が再びやってこられては敵わないとして。


 折角今回の戦闘で鬱陶しく付いてまわっていた水棲魔馬が散らしたと言うのに、山と積み上げられた水棲魔馬から漂う饐えた魚のような鬱陶しい臭いに野営場所全体が包まれる。


 これは随分と寝苦しい野営になりそうだとレイラは疲れたような笑みを浮かべるのだった。

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