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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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6 その地、レラステア神聖皇国につき――

 

 偶然見つけた宿の一室。

 四人部屋を三人で占拠した三人は空いている寝台の上に地図を広げて顔を突き合わせていた。


「なるべく早くこの国を出た方が良いわね」


 レイラが指で示すのは現在の街がある場所。

 そこから南に走る街道を指でなぞって行くが、簡易的な地図では精確な距離までは分からない。

 だがこれまで辿ってきた道のりを加味すれば、最低でもこの国を出るまでに数ヶ月は掛かるだろう。


「その意見には同意だネ。正直、ゴンドルフ氏の安全の事もあるけど、この国は長居したくないからネ」


 そう言うヴィクトールが視線を向けるのは部屋の隅に追いやられた分厚い書物。


 丁寧に装丁された本の表紙に描かれているのはレラスティア教のシンボル。


 印刷に関わる魔導具が普及し始めているとはいえ、装丁までされた書物は高いだろうに部屋一つ一つに置かれているのはレラスティア教の教典である。

 その教典の中には清貧こそが美徳であり、強欲は人を獣へと落とす堕落への道であると長々と書き連ねてあった。


 聖典に書いてある通り、この国には娯楽らしい娯楽――――それこそ、娯楽へと繋がるその一切がないのだ。


 娼館などは勿論なく、酒場どころか商店に酒類がほとんど置かれていない。


 宿屋こそあるが、それは周辺を回るのを赦された特定の行商人向けであって、寝台なんぞは貧村の藁敷きを想起させるほど硬い。

 食事も質素極まる物で、パンに干し肉が数枚と駆け出し冒険者より幾分マシと言った程度の物だった。

 酒類の品質と料理の旨さで客を掴んで離さない〝羊の踊る丘亭〟に慣れきったヴィクトールにはさぞや侘しい食事であったに違いない。


「……なぁ、お前さんら。周りに聞き耳立ててる奴ァいねーか?」

「どうかしたの?」

「良いから」


 この先、どう進んでいこうかと二人が話し合っていると、今まで腕を組みながら黙っていたゴンドルフが突然そんな事を言う。

 顔を見合わせる二人だったが、それでも何かしらあるのだろうとそれぞれが周囲に意識を向ける。


 レイラは魔力探知で周囲の反応を探り、ヴィクトールはゴンドルフに見えぬように影の中に水晶の掛けらを落とし、部屋に妙な魔具が仕掛けられて居ないかを娘たちに探らせる。


「居ないわね」

「盗聴するような魔具も無いネ」


 数秒その場で待っていれば、二人は揃えて居ないとゴンドルフに答える。

 傍目から何もしていないようにしか見えないが、自信の籠もる声にゴンドルフは頷くと地図を覗き込む。


「今から言う事は他言無用で頼むぞ」


 レイラ達が間髪入れずに分かったと返事をすれば、ゴンドルフは神聖皇国の西に広がるウル湿地を指差した。


「実はウル湿地を横断できる抜け道がある」


 スッと地図に描かれたウル湿地を横切るように動くゴンドルフの指を目で追い、まさかという表情を浮かべて顔を見合わせるレイラとヴィクトール。

 確かにウル湿地を横断できるのなら旅程は半分に短縮され、神聖皇国にいる期間は劇的に少なくなるだろう。


 しかしそんな道があるなど聞いたことがなく、事前の情報収集では抜け道のぬの字も無かったはずだ。


 レイラが知っていたかとヴィクトールに問い掛けるが、一度神聖皇国を通った事のあるヴィクトールは頭を振るのだった。


 となれば鉱鍛種のみが知る抜け道と言うことになるが、それを教えてしまって良いのかと聞けば憮然とした表情を返される。


「良くはないが、この国が鉱鍛種を狙ってるってんなら、長居もしてられんだろ。それに今回の事をしっかりとゴルドールに伝えとかねーとならん以上、早く着いた方が良いだろうよ」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるゴンドルフに、それもそうかと納得するレイラ。


 今でこそ大手を奮って表を歩けるが、鉱鍛種はかつて奴隷狩りの標的にされていた過去を持つ。


 二度目の大崩壊を耐え忍んだにも関わらず、その後の復興期には冶金技術目当てに鉱山都市の外に居る鉱鍛種は皆奴隷であるとされる程狩られ続けた。


 流石にその惨状は看過できぬと鉱山都市を治めていた当時の鉱鍛種の王は挙兵する事を決意し、最も激しく奴隷狩りをしていた周辺諸国へ戦争を仕掛けて幾つもの国を滅ぼすに至ったのだ。


 そうして掴んだ平穏は戦後から今に至る数百年も破られることはなかったが、レラスティア教がそれを破ろうとしているとなれば心穏やかでは居られまい。


 直ぐに戦争に発展する事はなかろうが、武具などの輸出を絞れられるだろう神聖皇国に内心手を合わせておく。


「まったく、人種は短命のせいか過去を忘れ易くてかなわん」


 長ければ二〇〇年は生きる鉱鍛種に言われては、八〇生きれば長寿と呼ばれる人種のレイラに返す言葉は無い。


 そうして話し合いを済ませ、準備に必要な物を決めたレイラ達は直ぐに眠りに着いた。

 疲れが有ったなどの理由ではなく、娯楽のない街でそれ以上することもないからだ。


「それじゃあ私達は旅に必要な物を買いに行くから、大人しくしているのよ」

「俺は留守番もできない餓鬼かよ」


 翌日、まだ日が昇りきらず、されど勤勉な者達が働き始める時間に街中にある商会の中で一番大きな店構えの商店を訪れ、物資の手配を済ませた二人は一度宿に戻ると居残りとなるゴンドルフにそう返された。


 なんてことはない。

 旅程は短縮されるもののウル湿地は国一つ分に匹敵するほど広大で、真っ直ぐ横断するだけでも一月は掛かる。

 しかもウル湿地は未開の地であり、物資の補給どころか人の暮らせない空白の土地。


 幾らレイラやヴィクトールが強くとも、食料など補給もなしには旅を続ける所か生きていることすら難しい。


 それに万が一異常があったときに獣車の修理もし、湿地という不衛生になりやすい環境に備えて薬なども用意しなくてはいけない。


 しかし食料や修繕物資は訪ねた商会でなんとか揃えられたものの、医薬品などは一切手に入らなかった。


 故にレイラ達はゴンドルフを宿に残し――念の為、ヴィクトールの許可なく扉が開かぬように魔術を掛けて――薬品などの買い出しに出た訳だ。


「しかしほとんど医薬品が手に入らなかったのは予想外だわ。まさか町中に薬師の店が一つも無いだなんて思ってもみなかったわ」

「仕方がないヨ。この国は病気や怪我をしても薬師じゃなくて教会を頼るみたいだからネ」

「教会ねぇ……」


 医療品など無いと臆面もなく宣う商会に薬師の営む店を聞けば、キョトンとした顔で事情を説明された時のレイラ達の感情は筆し難い物があった。


 まったく理解できないと言わんばかりの顔をしている商会員に普段どうしているのかと聞けば、教会で受けられる奇跡で治していると平然と返されたのだ。

 しかも異国人の多い首都なら魔法薬なども仕入れているらしいが、首都から離れた此処にはそんな不浄な物はないから安心して欲しいとまで言われた日には、目眩を通り越して気絶するかと思うほどの衝撃をレイラは受けていた。


 王国などでは神の家畜に成り果てると滅多に請願が叶うことのない奇跡が、この国では日常の一部となり当たり前とされる程に行われているらしい。


「ま、貴方が居るから買い出しも薬作りも困らないから良いけれど」

「本職の錬金術師には劣るけどネ」


 やる気のない露天商や商店を冷やかし、魔法薬や医療品の材料、代替となる物を掻き集めていく。

 幾つも巡っていく内に陽は完全に登りきり、丁度良い頃合いだと朝食代わりに買った味気ない乾燥パンを見下ろしたレイラは首を傾げる。


「これだけ節制していて娯楽も乏しいのに、どうしてこうも平和で居られるのかしら……」


 人は食事があれば生きていける

 だが余裕もなく、たまの贅沢すら節制していては心がどんどん荒んでいくものだ。

 まだこれが飢饉や貧困による物であれば耐え忍んでいるとも考えられたが、この街の外には見渡す限りの耕作地が広がっている。


 今頃は冷え込み始め、いつ雪が降り始めても可笑しくないアルブドル大陸と違い、神聖皇国が領土としている地域はまだ秋の真っ只中。

 更に国土の九割が耕作に適した肥沃な平地で、大陸随一の穀倉地帯でもある。


 その農地を維持するだけでも重労働であり、御馳走となる食材が眼前にあると言うのにどのようにして耐えているのか。

 普通であれば降り積もった不満は周囲に向けられ、発散する事ができなくなった不満は怒りに変わって自身を治める者に向かうはずである。


 しかしこの街に――――否、今まで通ってきたどの街にもそんな空気は存在しなかった。

 それに王国で行った事前の情報収集では、神聖皇国の首都はかなり栄えているという話のはずだ。

 もしこの清貧さが首都にもあるのなら、栄えているなどとは言わずに別の例えが出るはずだ。少なくとも王都やバルセット程の活気がなければ、そんな風に皇国を表する訳もなかろう。


「それこそレラスティアの聖女様のお陰ではないのかネ?」

「馬鹿言わないで。そんな事で人の欲が抑えられるなら世界はもっと平和になっているはずよ。それにこの国には何十年と続く戦争を続けた歴史があるのよ?」

「……それもそうだネ」

「貴方、この国を通った事があるのでしょう?何か見なかったの?」

「いや、興味もなかったからあまり街に寄らなかったんだよネ。それに主要都市以外は普通に門前払いだヨ」


 使えないと言わんばかりの目を向け、口の中の水分を容赦なく奪っていく乾燥パンに齧りつくレイラ。


「……今、何か聞こえなかったかしら?」

「これは……何かの祭りかネ?」


 もそもそとパンを咀嚼していると、レイラの耳に人々の喧騒が伝わってくる。

 まるで何か囃し立てるような声は、静寂に包まれた街並みに似合わぬ熱気が籠もっていた。


「行ってみる?」

「愚問だネ」


 退屈を持て余していた二人は答えるまでもなく、喧騒の方へと足を向ける。

 いくつかの通りを抜け、中央通りからやや離れた位置にある場所に近付くに連れ、遠くからでも伝わっていた喧騒は大きくなり、目の前には集まった群衆が壁を成している。

 その背からだけでも熱狂と呼べる程になにかに執心している事が伝わってくる。


 昨日見た人々の雰囲気からは想像も付かない住人達の姿に、何が起きているのかと二人は揃って訝しむ。

 が、かなりの列ができているのか、人垣のせいで何が起きているのかまでは分からない。


 仕方無しに最後尾から中を覗き込もうとしている女性を見つけたレイラはその肩を叩く。


「ねぇ、そこの貴女。此処で何をしているの?」

「あぁん?そんなの――って、なんだ旅人さんかい。あんた等、〝贖罪の日〟は初めてかい?」

「えぇ。生憎と此処まで縁がなかったみたいで。で、その〝贖罪の日〟って一体なんなの?」

「そんなの決まってるだろ――――」


 その時、群衆がワッと歓声を上げる。

 一体何が起きているのか中心らしき場所へ目を向けたレイラだったが、歓声で動いた人垣にたまたま出来た隙間から中を見る事が出来た。

 そこでは粗末な服を着た獣耳人の少女が剣を握り、狼人の少女の胸に剣を突き立てていた。


「――――薄汚い似非人族(デミ)共に自分達の罪深さを叩き込む日さ!!」


 それはそれは素晴らしい、晴れやかな笑顔で女は言ってのけた。

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