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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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5 その検問、ひと悶着につき――

 

 御者台に座るヴィクトールに目配せし、荷台から降りたレイラはゴンドルフの後ろに控えるようにして検問をしている衛兵の前に立つ。


「ホレ、コレが許可証だ。そこを通して貰うぞ」

「……待て。貴様らには我が国民を害した疑いが掛かっている。ここを通す訳にはいかないな」

「…………なんのことだ?」


 精一杯訳が分からないと言う表情を作るゴンドルフだが、その緊張は顔の見えない位置に居るレイラにも伝わってくる。


 ゴンドルフに対する嫌悪感を隠しもしない若い衛兵の嫌味たらしい言葉を要約すると、レイラ達が通ってきた道の近くにある村から出稼ぎに出た者たちの行方が分からないと言う陳情があったらしい。

 そしてその道を直近で通ったのはレイラ達のみであり、レイラ達が出稼ぎに出た者達を害したのだと言いたいらしい。


 どうやら先日レイラ達を襲ってきた者達は近隣の村々から集められた()()()()()()だったらしいと、浮かび上がりそうになる失笑を必死に隠すレイラ。


「言い訳をしたければするが良い。だが、既に被害にあった者達の聞き込みを行い、その証明をして下さる方も今コチラに向かってきているのだ!!大人しく捕まるが良い!!」

「ま、待て――――」


 その衛兵は声高に宣言し、周囲の者達と共にゴンドルフへ槍を向けようとし――――





「…………一体、なんのつもりだ」





 ――――レイラが剣帯に挿していた剣を鞘ごと引き抜き、首に添えられて動きを止まる。


 一拍遅れて武器を抜いたことに気付いた他の衛兵たちが槍をレイラに向けるが、穂先が眼前に置かれてもレイラの表情は崩れない。


「私達、この人の護衛なの。だから乱暴されるのを見逃すことはできないわ」

「ハッ。折角見逃してやろうと思っていれば頭に乗るなよ、似非人族(デミ)に組する人非人が」


 鞘から抜かれていないとはいえ、剣を添えられても威勢の良い言葉を吐く衛兵の胆力には感心するが、この茶番劇に何時までも付き合ってやる理由はレイラ達にはないのだ。

 レイラは冷めた表情を一切変えず、懐からあるものを取り出した。


「貴様ッ!!その聖印はッ?!」


 レイラが取り出したのは襲撃を遠巻きに観察していた聖職者達が持っていた聖印の一つ。しかもご丁寧に持ち主の名と役職が刻まれた物。


「路端に晒されてた死体が持っていた物だけど、コレが一体どうかしたの?」

「それはワンデ司教の聖印ッ!!貴様等の悪行を証明される予定だった御方の物だぞ!!」


 司教と言えば、各神殿で一聖堂を預かる司祭と同等の地位であったはず。

 かなりの大御所を引っ張り出していたのだなと思うと同時に、随分と杜撰な計画だったのが伺える。


「あら、でもそうなるとおかしな事になりますわね」

「何がおかしいと言うのだ!!」

「だって、私達の所業を伝える為にコチラに向かってきている筈の御方が、何故私達に聖印を回収される様な場所で亡くなっているのでしょうね?」

「それはッ……」


 レイラの言に言葉を詰まらせる衛兵。

 しかし何やら言い訳を思い付いたらしく、更に言い募ろうとした所で首に鞘を押し付けられて強制的に黙らせられる。


「彼が差し出した証書はしっかりと確認した方が良いわよ?下手な言い分で捕らえようものなら、後悔することになるから」


 レイラと睨み合い、しかし引く気がないと悟ったらしい衛兵は舌打ちを零してゴンドルフが握る証書を奪うように引っ手繰る。

 そして丸められた羊皮紙を広げると、直ぐにその表情が悔しげに歪む。


 一つにまとめられた二つの証書は王国と鉱山都市が正式に発行したものであり、どちらもこの証書を持つ者の交通を保証する条文にレラスティア神聖皇国が同意したことを証明する物である。


 つまりゴンドルフを不当に捕まえれば王国だけでなく、鉱山都市からも顰蹙を買うことになる。

 そこで貿易に支障が出るだけならばまだ良い方だ。下手を打てば数国を滅ぼした鉱山都市が挙兵してくる可能性すらもある。

 そんなもの、一門兵が関わっていい範疇を遥かに超える。後ろ盾になる司教が既に死んでいるとなればなおのこと。


 衛兵は必死に証書の粗を探そうと何度も読み返すが、何重にも魔術が掛けられ、偽造も改竄もできなくされた証書に不備がある筈もない。


「通っていいかしら?」

「……ッ、道を開けろ!!」


 敗北宣言の如く叫ぶ衛兵の声に、他の衛兵たちは戸惑いながらも従い道を譲る。

 漸くホッと一息吐いているゴンドルフに証書を回収するように伝え、レイラは剣帯に剣を戻しながら悔しげな表情を浮かべる衛兵に他の聖印をまとめて投げ渡す。


「ここから道沿いに二日の所に持ち主達の死体が転がってるわ。早くしないと獣に食い荒らされるわよ」

「貴様ッ、彼等を葬らなかったのか?!」


 レラスティア教において、獣葬や鳥葬などように死体を動物に食べさせる葬り方は重罪人や異端者にしか行われない。

 故に路端で遺体を見つけた際には土葬するか、荼毘に臥すのが神聖皇国では慣例になっている。

 しかしそんなもの、異国人でありレラスティア教徒でもないレイラ達が知ったことではない。


「だって私達、レラスティア教の信徒ではないもの。もしやってはいけない葬り方をしては問題になるじゃない」

「ッ!!お前達、何をしている!!直ぐに早馬を準備しろッ!!」


 慌ただしく動き出す衛兵たちを他所にレイラ達は悠々と門を潜る。

 そして門からやや離れた所まで進むとレイラはゴンドルフに脇を突かれる。


「なぁ。許可証が通じるならあんな事しなくて良かったんじゃないのか?」

「それがそうも行かなかったのよ」


 怪訝な顔をするゴンドルフにレイラは先日じっくりと()()をした聖騎士――――聖印を授かり、武器の携行を赦された者はそう呼ぶらしい――――は軽い()()()でベラベラと囀ってくれた。


 彼は彼が護衛していた司教が所属する派閥を取りまとめる枢機卿の指示で、ゴンドルフを嵌めようとしていたのだ。


 目的は鉱鍛種の持つ冶金技術を手に入れるため。


 当初の計画では彼等の監視下で野盗などの無法者達に襲わせ、レイラ達がその対応にかまけている隙きを見てゴンドルフを攫う腹積もりであった。

 そうすれば野盗に襲われたのは不慮の事故であるとし、鉱山都市の追求を躱そうと目論んでいたらしい。


 だが、それとなく流した情報を信じてゴンドルフを狙った野盗達は呆気なくレイラ達に始末され、標的を攫う暇もなかったと言う。


 そこで司教はレイラ達が通るであろう道へ先回りし、近くの農村から熱心な信徒を集め、卑しい似非人族が自分達の血税で管理されている街道を大手を振るって闊歩していると訴えたそうだ。


 そうして起きたのが先日の真っ昼間に起きた襲撃だった。


 しかし司教達も彼等がゴンドルフを攫う隙を作れるとは思っておらず、本来の目的は別にある。

 彼らはレイラやヴィクトールが無辜の民を殺戮している姿を記録し、それを司教が証言することでゴンドルフに罪を被せようとしていたのだ。


 ゴンドルフの持つ許可証は通行の安堵を保証し不当な扱いをしない事を約束する物ではあるが、ゴンドルフが罪を犯していれば無効にされる。


 とはいえ、適当な罪で証書を無効にできる訳ではなく、衛兵が拘束して足止めしている内にあの手この手を使って――――検査と称して獣車に禁制品を仕込むなど――――ゴンドルフにも罪を被せ、言い逃れできないようにしていたらしい。


 現にレイラが三つに切り分けた司教の死体は記録用の魔具を所持しており、そこにはヴィクトールが農民達を蹂躪する姿が映されていた。


 ちなみに絡んできていた衛兵はこの街の者ではなく、枢機卿一派に属する聖騎士の一人でわざわざこの計画の為に派遣された者らしい。

 杜撰な計画のためにご苦労なことである。


「じゃあ、もしかしてこの国に入った時点で尾行がついてたのか?」

「えぇ。国境の関所を超えた所から半日過ぎた頃にはもう付いてたわね」

「……なんで言わねーんだよ?」

「尾行の目的が分からなかったのもあるけど、貴方、尾行が付いてるって言われて平常心で居られたの?」


 そう言われて言葉に詰まるゴンドルフに肩を竦め、レイラと共に歩くゴンドルフに向けられる無意識の悪意に気付いたレイラは獣車に戻るように促す。

 そして周囲を改めて見渡し、レイラは王国とは違う街並みに口の端を曲げる。


 街並みが汚いとか、治安が悪いとかではない。


 逆に建物だけでなく行き交う人々の多くが衣服も白で統一されて清潔感があり、人も慎ましやかな雰囲気がある。


「この国は何処の街もつまらないわね」


 だが道行く人々に欲の〝彩〟が見えない。

 人を殺したいだとか、酒池肉林に耽りたいだとかの強い〝彩〟ではなく、今日よりも明日をもっと良い日にしたいだとかの小さな、けれど人として生きる者が持ち得る願望に根ざした〝彩〟が薄いのだ。


 それに反して人種以外に向ける悪感情だけは異様に強い。


 何故こうも感情の〝彩〟が薄いのかと、レイラが思いながら歩を進めていると、街中にあって一際大きな建造物が目に入る。


「やっぱり、アレが原因なのかしらね」


 統一感のある街に溶け込み、されど一際目を引く程に大きい建物の上には見覚えのシンボルが飾られている。


 ランタンの中に天秤と剣をもした彫像。


 レラスティア教の証。


 何処の街にも共通して中心に鎮座するそれはレラスティア教の教会だ。


「こうも〝彩〟が薄いと薄気味悪くて仕方ないわね」


 午後の礼拝でもやっていたのか、教会の尖塔に据えられた鐘が鳴り響くと同時に多くの人間が教会から出てくるが、やはりというべきか誰も彼もが〝彩〟の薄い瞳をぶら下げて歩いている。


 もしこの国に転生していれば退屈のあまり発狂していたかも知れないなと、本物のレイラ(レイラちゃん)の出自に感謝しつつ、手綱を握るヴィクトールに近寄っていく。


「一先ず宿を確保しましょう。多分中心通りの何処かに宿屋の一つはあるはずよ」


 門兵に場所を確認しておけば良かったなと思いつつ、レイラは一先ずそこら辺に居る住人に声を掛けるのだった。

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