4 その旅、帰郷につき――
鉱山都市ゴルドール。
鉱鍛種が山脈一つをくり抜き、その比類なき技術力で文字通り山脈の内に築き上げられた巨大都市。
二度目の大崩壊をなんとか耐え忍んだ数少ない国家の一つであり、今なお頭一つ抜きん出た技術を保持し続け、小さな領土しか持たないにも関わらず大国と平然と渡り合う古代国家。
一時は鎖国していたものの、今は限定的ながら国交を持つに至った歴史を持ち、腕に覚えのある者はゴルドールで誂えられた武具を持つことが憧れだと語ることも少なくないという。
そんなゴルドールを目指している〝銀狼〟とゴンドルフは青空の下、入市の為に出来た列に獣車を並べていた。
「本当に大丈夫なのか?」
自身の工房にいる時には見られないような不安げなゴンドルフだったが、彼の前で荷台に背を預けて寛いでいるレイラは肩を竦める。
「大丈夫よ。それにもしダメでも私たちでなんとかするから安心して」
「それを聞くと余計不安になるんだがなぁ……」
「でもこのルートで行くのを決めたのは貴方でしょう?なら少しぐらいは腹を括って頂戴」
「うっ、確かにそりゃそうだがよぉ……」
ゴンドルフの提案に乗り、レイラの左腕が治ってから出発することになったものの、問題になったのはゴルドールまでの旅程であった。
実のところ、王国と鉱山都市は直線距離で結べばそれほど離れてはいない。
ただしその過半を巨大な湿地帯が埋めており、王国から鉱山都市へ向かうにはかなりの迂回を強いられるのだ。
そして迂回した時、選べる旅程は二つ。
北回りで王竜皇帝国を抜けるか、南回りで神聖皇国を抜けるかだ。
どちらの旅程にも利点不利点があり、北回りは南回りと比べて一ヶ月ほど短く鉱山都市に辿り着けるものの、現在王竜皇帝国は帝位争いで各地は荒れ、挙句雪が降る時期が近く道中で足止めされる可能性が高いこと。
逆に南回りは旅程にかかる時間は長いものの降雪は少なく治安も安定しているが、人種至上主義を掲げたレラスティア教のせいでゴンドルフに厄介事が舞い込む可能性があること。
それを加味して話し合った結果、雪による足止めで最悪春先まで動けなくなる事を嫌ったゴンドルフが南回りのルートに決めたのだ。
とは言え、実際に荒事に身を置いたことのないゴンドルフにレイラ達と同じように落ち着き払えと言う方が酷と言うものだろう。
故にレイラも肩に力が入りすぎているゴンドルフの気を抜く事にした。
「そう言えば、結局なんでゴンドールに行って魔具を作ることになったのか聞いてなかったわよね?」
「……おメェ、その話は今じゃなきゃいけねー話か?」
「別に必要はないわよ。でも、このままずっと肩肘張りっぱなしでも疲れないなら黙っていてあげるけど?」
レイラの言に反論の言葉を詰まらせ、御者台に座るヴィクトールを超えて見える長い入市待ちの列を見る。
遅々として進まない列が進み、検問が自分たちの番にまで回ってくるまで相当時間が掛かるだろう。
今の緊張した状態のままで問題ないかを考え、直ぐに答えが出たらしいゴンドルフは傍に置いてあった酒樽を手に取り、中身を豪快に煽る。
「で、何が聞きテェ?」
「……この魔石を見て何か思い出していたみたいだけど、何が違うのかしら?」
酒樽に詰められているのはかなりキツイ分類の蒸留酒だったはずだと思いながら、顔色ひとつ変えずに水のように酒を煽り続けるゴンドルフに魔石を見せる。
あの日、魔石を見たゴンドルフは何かを思い出していたようだが、魔石をヴィクトールに見せても特異な性質を持っている以外はただの魔石だと断言されていた。
事実、紫紺と橙色の魔石を魔石の買取を行なっている商会に持ち込んでも、大きさ以上に買取価格に影響していたようなこともなかったのだ。
「そりゃ、おメェ。お前さんの持ってるのが魔玉だったからよ」
「魔玉?」
一口寄越せと手で示して受け取った酒を一口つけ、喉を焼くような酒精に片眉を上げて酒樽を返しながら聞き慣れない単語を聞き返すレイラ。
「魔玉ってのは魔石の中でもごく稀に見つかる、魔具の核として使うのに適した魔石の事だ」
吐息に酒精を混ぜ、しかし頬を赤らめもしないゴンドルフは酒樽をもう一口煽る。
よくもまぁ、これだけ酒を飲んでもケロリとしていられるなと種族による差を実感しながら手の中の魔石を弄ぶ。
「魔玉ねぇ……それって見て分かる物なの?」
「普通は分からねーだろうよ。魔玉は性質とか持ってた奴に関係なく極稀に出るもんだから、わざわざ全部検める奴もいねーさ」
「そういうもの?」
「そういうもんさ。ま、俺も魔具師じゃねーから詳しくは知らねーがな」
そう締めくくられるとレイラも質問しにくくなる。
さてあとどれぐらいかと前を見るが、まだまだ順番が回ってくるまで時間は掛かりそうだった。
「そう言えばその魔具師ってどんな人なの?普通、魔具師に個人で依頼なんてできないでしょ?」
現代において、魔具師と呼ばれるオリジナルの魔具を作れる人物は限られる。
二度に渡る大崩壊のせいで技術が逸失してしまっているのもそうだが、魔具師の殆どが魔導具協会の管理下に置かれているためだ。
王国から遥か西方、巨大な砂漠を抜けた先にある魔導帝国と呼ばれるその国に本部を置く魔導具協会はこれ以上の技術失伝を起こさないこと、更に発見される新たな魔具の解析研究の為に彼等を管理しているのだ。
他にも何やら使命を有しているようで、国に属していながらほぼ独立を維持しており、本来奇跡と魔導という相性がすこぶる悪いにも関わらず神殿勢力と非常に近いのだ。
また二度目の大崩壊後に発足された古い組織の一つであり、魔導帝国だけでなく王竜皇帝国からも不可侵を貫かれている。
そんな背景を持つせいか、魔具師への個人的な製作依頼は王侯貴族ですら難しく、国家事業であろうと権力を傘に魔具師を協力させる事もできない現状がある。
そう考えると、幾らゴンドルフの知人とは言えレイラの魔具を作って貰う事ができるのか疑わしくもある。
「どんなって言われると困るが……そうだな、腕は立つがちょいとばかし込み入った事情があってな。ゴンドールにある魔導具協会と折り合いが悪いんだわ」
「折り合いねぇ……まぁ、私は私の要望が叶う魔具が手に入れば別に構わないけれど、ホントに大丈夫なのよね?」
「まぁ、問題ないだろ。仮に作れなかった時は俺がゴンドールの工房でお前さんの武器を作ってやるさ。護衛の報酬として作る防具と違って、金は貰うがな」
なら良いけどと返し、レイラは煙管に煙石を詰めて紫煙を吹かしながら空を見上げ、今回の依頼について思いを馳せる。
レイラ達は今回のゴンドルフの帰郷にただ同道しているのではなく、往復間の護衛として付いているため無料ではない。
元々、ゴンドルフは今年の夏には帰郷を予定していたらしく、その時に同道する予定だった護衛は辺境伯家の騎士と王国兵数名だったのだ。
しかし吸血鬼襲撃事件に始まり、王都の学院で起きた事件などのせいで発生した粛清で人手が足りず、また蛮族の成り代わり問題のせいで信用できる人員の選定からやり直しになってしまったのだ。
鉱山都市から派遣されているゴンドルフの身になにかあれば国際問題に発展し、唯でさえ多くの問題を抱えている王国にさらなる問題が降り掛かる事になる故、致し方ないだろう。
しかしそれで納得できない人物がいた。
何を隠そう、今目の前で酒樽を空にする勢いで酒を煽っているゴンドルフである。
王国が抱える懸念から帰郷を先送りにして欲しい旨の連絡が辺境伯から直接来ていたと言う。
しかしゴンドルフからすれば王国は祖国でもなく、王国からの要請を受けた為に派遣されたに過ぎず、しかもその要請した国の事情で自身の予定を後回しにされるなど納得できる物ではなかったのだ。
それこそ、そんもの知った事かと使いの従僕を蹴り飛ばすほどに。
とはいえ、無理を押したせいで自身の命が危険に晒されるのも馬鹿らしく、どうした物かと悩んでいる時にレイラが帰ってきたのだ。
護衛とするのに実力も申し分なく、身元も保証されていて、なにより一年を超える長旅となる道行きに同道する理由がある人物が現れたと言う訳だ。
当初は難色を示していた辺境伯もゴンドルフ自身が護衛を用意し、それが自分が恩賜を贈っているレイラであること。
数年前から計画していた帰省が既に三月も遅れていることなどもあり、漸く許可が降りたのだ。
否、許可を降ろさぬ訳にもいかなかったのだろう。
なにせ王国と鉱山都市では国力が桁外れに違う。
鉱山都市は王竜皇帝国を含めた周辺諸国に一国で戦争を吹っ掛け、三つの国を滅ぼし、帝国に未だ癒えぬ傷跡を残して和平を結ばせた実績のある国だ。
王竜皇帝国と神聖皇国との板挟みで苦しみ、蛮族の相手に四苦八苦している王国は不興を買わぬようにする他あるまいて。
ただでさえ政争で寝る暇も無いだろうエドガルドやカリストリスが、頭を抱えながら許諾する姿が目に浮かぶようだ。
ただ辺境伯の要請を蹴ってレイラ達を護衛として雇う為、ゴンドルフ自身が報酬を支払う必要があり、その報酬が魔具師の仲介と鉱山都市でレイラ達の新しい防具を作ることだった。
「そう言えばずっと気になっていたのだけど、もっと豪華な獣車じゃなくてこんな行商用の獣車を用意して貰った理由はあるの?」
「応とも。実は皇国を抜ける道を選んだのにも別の――――」
「歓談している所申し訳ないけどネ、もうすぐ順番が回ってくるヨ」
自信満々に告げようとしていたゴンドルフの言葉を遮り、ヴィクトールの胡散臭い声が荷台を通る。
その声にゴンドルフの顔が再び緊張で強張り、レイラは億劫そうに腰を上げた。




