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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
五章 その国、鉱山都市につき――
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3 その訳、旅の理由につき――

 

「新しい武具が欲しいのだけど」


 その日、久方ぶりにゴンドルフの店にやって来たレイラは開口一番にそう言った。


 レイラが初めて店の門戸を叩き、最初の武器となる手斧を作ってから早六年。

 地下水路事件を含めて擦り傷や軽い切り傷程度の怪我しか負ったことのないレイラが、左腕に呪符の包帯を巻いてバルセットに帰還した時は誰もが驚いた。


 一体何があったのかと詰め寄る周囲に全て曖昧な笑みではぐらかしていたが、ゴンドルフやガランドのように貴種との付き合いが多少ある者たちは皆深くは追求しなかった。

 故に事情をよく知らなかったゴンドルフはレイラが持ち込んだ〝斬り裂き丸(ドゥインダー)〟を見て唖然とした。


「オメェ、一体何をどうすりゃこうなんだ?」

「ちょっと相性の悪い奴と当たったのよ」


 刃は潰れている上に大きく歪み、柄に至っては頑強で知られる朱殷檀が補強ごとへし折られている。

 長年、バルセットで数多くの冒険者や騎士を相手に武器を鍛えて来たが、精銀鉱(ミスリル)の武器をここまで壊してきた者は一人としていなかった。


 長い年月手入れを怠っていたならばあり得なくはないが、少なくとも〝斬り裂き丸〟はレイラが王都へ発つ前に入念な手入れをしていて、こんな様になるなどあり得ない。

 それこそ魔力を通さず、ひたすら大岩を打ち据え続けるという馬鹿をしなければこうはなるまい。


「なるほどのぅ。触れた魔力を奪う魔人、か。ソレを相手にしていればこうもなるか……」


 どんな奴を相手にしていたのかを聞けば、魔人などと言う逸話にしか出てこないような物を相手にしていたらしいと知り、レイラが曖昧な返事をしていた理由を理解する。


 蛮族と日々生存競争を繰り広げているアルブドル大陸にあっても、魔人などと遭遇したことのある人間など殆ど居ない。

 それこそ先に起きた吸血鬼襲撃事件も表向きは蛮族の襲撃とされ、件の吸血鬼が魔人との混ざり物であることを知る者は市井では皆無である。


 そんな中、蛮族の姿を見なくなって久しいノルウェア大陸にある王都で、魔人と遭遇して負った傷だと言って一体何人が信じるだろうか。


 ゴンドルフも辺境伯家から依頼を受ける事があり、先の吸血鬼襲撃事件の内情を知れる立場でなければ、レイラの話を信じていたかどうか怪しいものだ。

 況んや、他の冒険者であればヘマをしたレイラがそれを誤魔化すために与太話をしていると思われてもおかしくはなかろう。

 それに加えて政が関わってくるとなれば、レイラが軽々に事の詳細を口にしなかったのも頷けると言うもの。


「んで、武器つってたが次は一体どんなのが欲しいんだ?」

「そのことで相談があるのだけれど」

「一先ず嬢ちゃんの欲しい物を言ってみな。それでできるかどうか考えてやるよ」

「そう?なら怒らないで聞いて欲しいのだけど……」


 何をそんなに前置きをする必要があるのかと思いつつ、下働きのアルトにメモの為の筆記具を持ってこさせながらレイラから聞き取りを始めるゴンドルフ。

 ただその額には次第に青筋が浮かび上がり、アルトが筆記具と二人分の黒茶を持ってくる頃には限界を迎える寸前であった。


「軽く、頑丈で、斬れ味が最高、挙句魔力に頼らずどんなに硬い奴に叩きつけても絶対に刃毀れしない武器が欲しいだァ?巫山戯るのも大概にしろッてんだ!!!」

「だから怒らないでって言ったじゃない。私も無理を言ってる自覚はあるのよ?」

「んなもん分かってらっ!!それでもンな夢物語見てぇな武器が作れんなら、俺はこんな所で武器を鍛えてる訳がねーだろうが!!」


 片腕を吊っているせいで両耳を塞げなかったレイラが顔を顰め、その様に多少は溜飲を下げたゴンドルフはどかりと椅子に座り直す。

 一先ず嵐が去ったと判断したのか、姿を隠していたアルトが止まり木に置いた黒茶を一気に飲み干す。


「良いか?お前さんは物を燃やせるが熱くない火を作れって言ってるようなもんだぞ」

「分かっているわよ。でもそれが一番に欲しい理想の武器なんだから仕方ないじゃない」


 悪びれもせずに言い切るレイラにゴンドルフは大きなため息を吐き出す。


 レイラが何故それを求めるかは分かる。


 ゴンドルフの知る限り、レイラが冒険者となってから手も足も出なかった相手は恐らく件の魔人が初めてだろう。


 それ故に同じ敗北を味合わぬ為に対策を取ろうとするのは十分に理解できるが、それでも夢物語のような物を求められてもゴンドルフには叶える事ができないのだから仕方あるまい。


「別に全部一つの武器で叶える必要はないのよ。切れ味の良い物の他に、もう一つぐらい頑丈な物を持ち運べば良いでしょうし」

「だがよ、お前さんの賦活に耐えられる代物ってなりゃ相当に重くなるぜ?」


 武器は鋭ければ鋭いほど脆くなり、頑丈であればあるほど重くなる。


 その問題を解決するために生み出された業が武器強化であり、武器強化を効率良く行う為に精銀鉱が武器に用いられるのだ。

 それに逆行した事をしようとすれば当然結果も逆行し、レイラの求める武器は重く肥大した得物になるだろう。

 斧のように普段遣いする得物の他に、重棍や大斧のような物を持ち歩くなど現実的ではないろう。


「やっぱり、非効率かしら?」

「まぁな。冒険者でも剣の他に手槍やらを持ち運ぶ奴はいるが、流石に重棍みたいなのを持ち歩く奴はそうはいねぇな」

「そう……」


 どうしたものかと物憂げに黒茶を啜るレイラを見つめ、兼ねてから疑問だった事を聞く事にするゴンドルフ。


「なぁ、お前さんは一党を大きくしたり、徒党を組む気は無いのか?」

「徒党を?」

「あぁ。マリエッタの一件で良い印象はないんだろうがよ、元々冒険者が組む徒党ってのはお前さんみたいな悩みを抱えた奴が頭数で対処しようって集まったのが起こりなんだ。なら、お前さんもやらねぇ理由はないんじゃないかと思ってな」

「徒党、ねぇ……」


 ゴンドルフの提案に対してレイラの反応は芳しくない。

 まぁ、そんな反応にもなるかとゴンドルフは思い直す。


 元々徒党を組み、集団で活動するような者は活動を始めた段階でそう言った動きを見せているものだ。

 六年近い活動をしていて、その過半を単独(ソロ)で動いていた者が今更になって徒党を組むなどそうは無い。


 レイラが何故一人で活動をしているかはゴンドルフの知る所ではないが、少なくとも少数で活動し続ける不利益を飲む程の理由があるのだろう。

 そこへ踏み込むほどゴンドルフは無粋ではなく、またそれを変えさせる程の間柄でもない。


「ま、少し考えてみるわ」

「そうするこった。それで、他に用件はあるのか?」


 ゴンドルフに促され、レイラは持ち込んでいた鎧櫃からボロボロになった自身の鎧を取り出した。

 至るところにある傷を指でなぞれば、レイラがどれ程の死闘に身を置いていたかが手に取るように分かる。


 特に左腕を守るために右腕よりやや分厚く作った手甲は大きく拉げ、指を守っていた部分も弾け飛んでいる。

 戦斧の魔具を壊され、〝斬り裂き丸〟すら通じなかったレイラがどんな手を使ったのか容易に分かる。


「良くもまぁ、生き残れたな。それに左腕が付いたままなのも奇跡だぜ」

「えぇ、運が良かったわ」


 労るように左の手甲を撫でながら左腕が負っただろう傷を想像し、思わずと言った具合に漏れたゴンドルフの呟きにレイラはあっけらかんと言ってみせる。

 これではエレナの心労が耐えぬ訳だと思うと同時に、これ程まで冒険者に向いた性格は無いだろうとも思うのだった。


「それで、防具の方も新調するか?」

「いえ、直してくれればそれで良いわ。〝斬り裂き丸〟が通じる相手だったらここ迄壊れる事もなかったでしょうし」

「そうか。まぁ、お前さんがそれで良いなら俺は構わねぇがよ」


 そう言うゴンドルフにレイラは一枚の証書を渡す。

 それは先の依頼でヴァレラルから渡された物であり、武具の新調に掛かる費用を全て肩代わりするというもの。

 それで防具に掛かる費用の他、ついでに〝斬り裂き丸〟と等価になるように間に合せの剣を一、二本見繕って欲しいと言われ、ゴンドルフは思わず目を丸くする。


「斧じゃなくて良いのか?」

「別に斧に拘りがあった訳でも、使えない訳でもないわよ。最初は値段との兼ね合いで、〝斬り裂き丸〟は柄を使い回した方が良い質の武器になるからって理由だったんだもの」

「そう言えば、そうだっけな……」


 長年手斧ばかり使っていたからゴンドルフも忘れていたが、レイラはどんな武器も十全に使いこなせるだけの才があるのだ。

 そして手斧を使っていたのは、それを使う理由があっただけのこと。

 一部を使い回さず、懐に余裕があれば手斧に拘る理由はないのだ。


 ゴンドルフはすっかり忘れていた事を誤魔化すように、主人を護るために傷だらけになった鎧を丁寧に鎧櫃から取り出し行く。


 胸当てや鉄靴、刀角鹿の皮鎧や鎧蛾の裁着袴に至る全てがズタボロだった。王都へ向かう前の綺麗な状態がまるで嘘のようなほど傷んでいる。


 こりゃ全部最初から作り直した方が早そうだな、そう内心ごちるゴンドルフだったが、丁度広げていた裁着袴の裾口から何かが転がり落ちた。


「……?」


 つい目で追ったゴンドルフが床の上で見つけたのは親指大の歪な石。

 拾い上げて魔導具の照明に翳してみれば、それは水晶に似たなにか。

 全体的に透き通った紫紺色をしているが、その中心に向かうほど淀むように色濃くなっている不可思議な見た目。


「あぁ。それ、鎧櫃に仕舞われてたのね」

「お前さん、コイツぁ……?」

「それ、私達が戦った魔人の魔石だそうよ。荷物にしまった記憶がなかったから、てっきり何処かで失くしたと思ってたのだけど、きっと誰かが仕舞ってくれてたのね」


 後で換金するつもりだと言い、更にもう一つの魔石を取り出すレイラ。


 止り木に置かれたのはゴンドルフが持つ魔石とは対象的に透明感のない橙色のそれ。しかも極彩色の魔石は、まるで研磨をされた後かのようにつるりとした表面の楕円形。


 その二つの魔石を見たゴンドルフは記憶の中に居る一人の人物を思い出す。


「なぁ、嬢ちゃんよ。その左腕、いつ頃から動かせそうだ?」

「……?そうね、あと二月もあれば問題ないと思うけれど。それがどうかしたの?」


 それなら日にち的にもギリギリ行けそうだとゴンドルフはニヤリとした笑みを浮かべる。






「なぁ、嬢ちゃん。俺と一緒に鉱山都市(ゴルドール)に行って特注の魔具を作ってみる気はねーか?」








 ゴンドルフの提案にレイラは目を瞬かせるのだった。

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