2 その者、旅の冒険者につき――
章設定を忘れるという特大PON☆をやらかしたのでお詫び更新です。
読み飛ばしにご注意ください。
長閑な光景とはどのような物を想像するだろうか。
遠間に家が並び、田畑の間を抜けるような道を想像するだろうか。
それとも吹き抜けるような青空の下、木漏れ日を浴びながら望める開けた草原を想像するのだろうか。
はたまた狭い家屋の中、愛しい家族とくだらない話で団欒している光景であろうか。
長閑な光景と言われれば千差万別の光景が浮かび上がるものの、では逆に長閑な光景に反するものは何かと問われれば然程違いはないのではなかろうか。
少なくとも矢玉が降り注ぎ、怒号と絶叫が響く景色を長閑と表する者は皆無であろう。
降り注ぐ矢玉を剣で切り払い、帆を剥がした荷車を牽く四足獣を狙う悪意を排除したレイラは呆れたように剣で肩を叩く。
「ねぇ。これで三度目の襲撃なのだけど、もしかして他所の国ってアルブドル大陸とあまり大差ない治安なのかしら?」
御者台から荷台へ戻り、術式を練り上げているヴィクトールに並んで投石器の用意をするレイラ。
風切り音を伴うほど高速で投石器を回しながら胡乱な目をヴィクトールへ向けるが、返されたのは鼻を鳴らす音と肩を竦める姿であった。
「知らないヨ。少なくとも私が王国へ向かうのに通った時はこんな目には遭っていないんだけどネ……」
「……そう。じゃあ、やっぱり彼がいるからかしらね」
「絶対とは言えないけど、十中八九はそうだろうネ」
レイラが握り込んでいた麻紐の片端を離せば、勢いよく放たれた礫は騎獣の急所を狙っていた弓手の額を叩き割る。
既にレイラとヴィクトールの手によって三人の弓手ーーーー総勢の四分の一の射手を仕留めているにも関わらず、彼らには退く様子がまったく見られない。
セララリルを狙ったような刺客であったり、野盗に見せかけた傭兵による通商破壊であれば離散しないのも納得できるが、今レイラ達を襲っている者達はそんな連中ではない。
放たれる矢玉は散発的で狙いが甘く、行手を阻む簡易な関もなければ後詰めの騎獣兵もいない。
足を止めた獣車に向かって小さな丘を駆け降りてきている者達が持つ武器は鈍らもいい所であり、盾もろくに整備されていないのが遠目から見ても明らかだった。
刺客や傭兵にしては準備が杜撰で、蛮族たちにしては拙すぎる。
冒険者を連れた者を襲うにしてはあまりに脆弱で、襲撃を予測していたレイラ達からすれば拍子抜けも良い所だ。
ただし、襲われることに慣れていない一人の男を除いて。
「お、おい! ホントに行かなくて良いのか?今なら十分逃げれるだろ?!」
荷台に積まれた荷物の影。
食料を詰めた木箱からひょっこりと顔を出し、抗議の声を上げたのは豊かな髭と髪を蓄え、人種と比べてやや長く太い腕を持つ鉱鍛種のゴンドルフ。
彼はが塞がれていない道を指差して叫ぶが、レイラとヴィクトールは互いに顔を見合わせて肩を竦め合う。
「別に逃げても良いけれど、その後どうなっても知らないわよ?」
「そうだネ。逃げても良いけど、その後の面倒事を全て請け負ってくれるなら構わんヨ」
「め、面倒ごとったァ一体――」
弦が放たれる独特な音に反応してゴンドルフが首を引っ込めるが、既に精確な狙いをできる弓手を仕留めており、放たれた矢は見当はずれな場所に突き刺さる。
ゴンドルフに御者の経験はなく、またやや臆病にも思える反応に彼が言い付けを破ってまで逃げようとしないと確信したレイラはヴィクトールと同じよう方向を見る。
「どっちが行く?」
「万が一の事を考えれば君が適任だと思うけどネ?」
「まさか。きっと貴方の方が上手く事をなせるわ」
「いやいや、君の方が上手にやれるとも。このヴィクトールが保証するヨ」
互いに面倒だと言う感情を隠さず譲り合い、睨み合う。
しかしどちらも決して折れず、レイラとヴィクトールが無言で睨み合っている内に駆け寄ろうとしてきていた襲撃者が獣車を魔法の射程内に捉え始める。
「お、おい!!向こうは魔法を撃ってきとるぞ!!」
その証拠に先頭を走っていた背丈の大きい男が手を掲げて掌の先に火球が作り出しているが、それでもレイラとヴィクトールは互いから目を逸らさない。
先頭以外の襲撃者も火球や石弾を作り始めて漸く石と鋏と布でどちらが割を食うかを決め始める二人。
そして三度の引き分けの後、石に対して鋏を出したレイラが敗れ、レイラは面倒くさそうに獣車から降りていく。
「……仕方ないわね、ゴンドルフの護衛は任せたわよ」
「任せ給えヨ。君の方こそ取り逃がさないようにネ」
「それ、誰に言ってるのかしら?」
身体を伸ばした後の脱力とともに両手に剣を持ち、全身に魔力を巡らせ、賦活を施したレイラは目にも止まらぬ速さで緩やかな坂を駆け上がる。
擦れ違い様、土産とばかりに襲撃者の首を二、三刎ね飛ばしていったが、襲撃者達は戸惑い足を止めれど何が起きたのか理解が追いついていない様子。
全くもって気骨が足りないと溜息を吐き、弓手として矢を番えようとしていた者達を切り刻む。
なぜ自分達がこんな目に。
そんなつまらない〝彩〟を浮かべる弓手達に辟易し、足元に転がる生首を腹癒せ代わりに蹴飛ばせば背後で動きがあった。
振り返れば、獣車を囲い込むように水晶壁が作り上げられる。
ただしそれは獣車を守るための物ではなく、襲撃者を誰一人として逃さぬ為の檻。
ここに来て漸く戸惑いの声を上げる襲撃者達だったが、それでも認識が甘いと言わざるを得ないだろう。
間も無く戸惑いが悲鳴に変わっていくのを聞き流し、レイラは丘陵の頂点から周囲を見渡し、遠くにある林の中に動く物を見つけ出す。
瞳に魔力を集中させ、動いた物の姿を確認したレイラは再び駆け出した。
今度こそ、ほぼ全力の身体賦活で。
数百メートルは離れていただろう距離をたった数秒で喰い潰し、豆粒ほどにしか見えなかった物が人と同様の大きさーーーー否、四人の衛兵らしき者達に囲まれた人そのものだったソレに向かって両の剣を振り上げる。
「なっ?! ま、まt――――」
「ごめんなさい。その手の命乞いは聞き飽きてるの」
左右の剣による雷刀は寸分違わず肉を切り裂き、白衣の装束を纏った男を綺麗に三等分にしてみせる。
地面スレスレで止めた剣を切り払えば、重力に釣られて聖印を首から下げた〝肉塊〟が崩れ落ちる。
「貴様っ!!誰を殺したか分かっているのか?!」
「この恥知らずの異教徒がっ!!」
「似非人族共に組みする慮外者風情がっ!!」
一斉に罵詈雑言を言い放ち、腰に下げていた剣を引き抜こうとする男達へレイラは銀線を放つ。
僅かに透き通った音を放ちながらも動かないレイラに反し、剣に手を掛けた男達の首から鮮血が迸る。
「ひ、ひぃぃぃいいっ?!」
他三人と比べて練度が低かったのか、剣へ手を掛けるのが遅かったと言う理由だけで生き残った青年は転がり落ちる三人の仲間の首に腰を抜かしてへたり込む。
「まったく、口上を上げる前にすることがあるでしょうに……」
ほぼ同時に崩れ落ちる衛兵達へため息を吐き出し、敢えて殺さなかった一人に向き直る。
そして青い顔で過呼吸を起こしそうになっている男の首に剣先を添える。
「さて、貧乏籤を引いたおマヌケさん。私と楽しい愉しいお話しをしましょうか」
にんまりと歪な笑みを浮かべるレイラの有無を言わさぬ提案に、恐怖に顔を引き攣らせた青年が否と言える訳がなかった。
そして四半刻ほど時が経ち、ヴィクトールとゴンドルフが金品をあらかた回収してから魔術と魔法で死体を地中深くに埋めていると、ひょっこりとレイラが姿を現した。
「随分と遅かったネ」
「ちょっとお話を、ね」
恨めしげに見てくる二人の視線も意に介さず、レイラは手にした物を掲げて見せる。
「それはまさか、聖印か?」
「えぇ。御大層に首から下げてたから貰ってきたの」
レイラが荷台で休んでいた二人の足元へ乱雑に放り投げられたのはランタンと天秤、そして剣の意匠がある聖印――――神聖皇国が国教と定め、人種至上主義を掲げるレラスティア教に身を捧げた者達にのみ所持が赦されたもの。
それが五つも。
つまりレイラは今いるレラスティア神聖皇国に尽くす聖職者を殺してきたのだ。
ゴンドルフは思わず天を仰ぎ見る。
慣れぬ戦闘に取り乱したものの、脅威さえ取り除かれれば普段の落ち着き払った姿に戻っていた。
「なんで殺しちまったんだ……」
ただでさえ人種とはやや見た目から違うゴンドルフへの風当たりは強いのに、聖職者を殺したとあれば確実に命を狙われても可笑しくはない。
しかしそんな状況にあってもレイラやヴィクトールの様子は変わらない。
「大丈夫でしょう」
「何が問題なのかネ?」
さも問題ないと言わんばかりの二人にゴンドルフは頭を抱える。
声を掛ける相手を間違えたかもしれない。
ゴンドルフは今になって自分の過ちに気付き、どうしてこうなったのかと遠い目をする。
何故、バルセットに鍛冶師として派遣されているはずのゴンドルフが遠く離れた神聖皇国の田舎道にて溜め息を吐くに至ったのか。
それは今から約二月前に遡る。




