間話 冒険者たちの憂鬱④
ふとした感覚にニレニスが目覚めれば、そこには見覚えのある天井が広がっていた。
「俺は、助かったのか……?」
借り受けた空き家の天井を見上げながら呟けば、一瞬にして意識を失う直前までの記憶が蘇る。
そして自分の物とは違う人の息遣いにも気付く。
身体を起こせば、自分が横になっている寝台に突っ伏すようにして眠っているアリアナがいた。
「おっ、もう目が覚めたのか。やっぱり熊躯人は頑丈だな」
どうして自分は寝台に寝ているのだろうかとぼーっとアリアナの寝顔を見ていると、部屋に入ってきていたらしい人物の声に顔を上げる。
そしてその人物の顔を見たニレニスは大きな疑問と、筆舌に尽くし難い感情が渦巻いた。
「ウォルトの兄ぃ……」
「アリアナの目が覚めたらしっかり礼を言っとけよ?一晩付きっ切りでお前の看病してくれてたんだからよ」
どっこいしょと年寄り臭い声と共に空いている椅子を引き寄せて座るウォルトになんて声を掛ければと悩むニレニスとは対象的に、ウォルトは事も無げにニレニスが眠っていた半日の間に起きた事を話し始める。
ニレニスが意識を失ったあと、寄せて来ていた遊鬼の群れはウォルトとニナによって全て討伐されたらしい。
ただ遊鬼の群れはニレニス達が相対した一団だけでなく、村を挟んだ反対側にも潜んでいて――しかも本隊と言うべき大規模な集団だったようだ――かなりの大事になったらしい。
そして事件は夜半が過ぎた頃になって狼煙に気付いて駆け付けた巡察吏も加わり、夜が明ける前にはなんとか終わったのだとか。
今は群れの規模から言って大きな巣があるのではないかと巡察吏の増援が、周辺の探索に出ていた。
「ま、お前さんが寝てる間の事はんな感じだな。探索に出てる奴らにはアイツが付いて行ってるし、じきに帰ってくんだろ」
「ところで兄ぃ……」
「ん?どうした?てか久しぶりに〝兄ぃ〟って呼んでくれたな」
気不味さ感じさせないウォルトの態度に却ってニレニスの居た堪れない感覚が増していく。
そんなニレニスの態度に気付いたのか、ウォルトは苦笑いを浮かべながら椅子の背凭れに深々と身を預ける。
「……色々と言ってやりてー事はなくはねーが、今のお前の態度を見てりゃー身に沁みてる事は分かっからな。今日んところは飲み込んどいてやるよ」
「兄ぃ……」
「ただし!次からはもっと厳しく行くから覚悟しとけよ!!」
「兄ぃ!!」
感極まってウォルトに抱き着こうとするが、ベッドに突っ伏したアリアナが愚図ったためにそれは中断せざるを得なかった。
そんなニレニスの姿にウォルトが笑い、ニレニスも釣られて笑えば最初に感じていた居心地の悪さはなくなっていた。
「ところで兄ぃ、なんで二人はこんな所に?うち等がバルセットを出る時ぁ仕事をしてたんじゃ?」
「ん、あぁ。その事だが――――」
訳知り顔で語ろうとした所で、家の外が俄に騒がしくなる。
狼人や兎人ほど耳は良くないが、それでも人種よりは優れた聴覚を持つニレニスは家の外から響く村人達がの声の一部を聞き取れた。
――――赫の狼が帰ってきたぞ。
その単語にニレニスは己の耳を疑った。
〝赫の狼〟と言えば、今やバルセットで知らぬ者の居ない生ける伝説。
徒党の一夜潰しや野盗の百人斬り、果てにはアルブドル大陸の怨敵〝村喰らい〟やバルセットを襲った吸血鬼の討伐者。
その他ここ数年で打ち立てた偉業は数多く、最近は領主の直接の推薦によって中央のお貴族様の通う学び舎に向かっていたと聞く。
そんな伝説を間近に見れる機会とあって、ニレニスは寝こけているアリアナを揺り起こし、下履きだけの姿なのも気にせず家を飛び出した。
ウォルトの制止も耳に入らず、寝ぼけ眼のアリアナの手を引いて人集りのできている所でを覗き込めば、村人や鎧を着込んだ巡察吏に囲まれた中心にブルネットの髪を見付け出す。
「い、いた!!おい、生きる伝説の顔を見に行くぞ!!」
「ま、待ってよ。ニレニス君」
人集りを掻き分けようと村人の肩に手を掛けると、鬱陶しげに振り返った村民たちは何故かニレニスの顔を見ると簡単に道を開けてくれた。
そればかりか一人が気付けばその前にいた者に何がしかが伝わり、あっという間に前へ出るための道が開ける。
まるでお偉いさんの為に道が開けられたかのような対応に首を傾げるが、そんな事よりもと好奇心が先に立つ。
一言礼を言って間を抜けていけば、ニレニスは〝赫の狼〟と呼ばれた人物のすぐ近くに辿り着く。
陽光で光の輪を頂く艷やかなブルネットの髪。
何処か陰がありながら怜悧な光を宿す赤い琥珀の瞳。
耳元には涙滴の色鮮やな耳飾りが揺れ、口元は牙を剥く狼を模した朱殷の面頬。
女にしては長身なその人物を見て、ニレニスもアリアナも一気に血の気が引いた。
それは〝赫の狼〟が両の手に鈴生りになった遊鬼共の首を持っているからでも、得物も提げずに両の腕を遊鬼の鮮血で染め上げているからでもない。
その人物に見覚えがあったからだ。
この農村へやってくる前、逃げるようにバルセットを出る決意をした根源。
今でこそ気づいたが、賦活も使わずに人種の女の細腕――――しかもあろう事か片腕で――――でニレニスを蹂躙し、高速で飛来する魔法を悠々と躱わす超人。
手も足も出ずに自分達を平然と下してきた女と目が合い、平静でいられる者が何人いるというのか。
しかもその女がバルセットどころか、アルブドル大陸でその名を知らぬ者は居ないとまで言われている英雄の一人だと知った衝撃は人語で語れるものでもない。
ニレニスは恐る恐るアリアナに気付いていたかと視線で問えば、ブンブンと首を横に振られてしまう。
あぁ、馬鹿なのは自分だけではなかった事に僅かばかりの安堵を覚えるが、その背に強烈な寒気が走る。
慌てて視線を戻せば、面頬で口元を隠していながらもニヤりと笑っているのが分かるように目を細めた女――――レイラは自分がもぎ取ってきた首を巡察吏の一人に押し付ける。
「今、〝巨影〟のニナが巣に囚われてた子達の看病をしてくれているから、荷車か何かを出してくれると助かるのだけど」
巣の位置を大まかに伝え、救援の為に動き出した巡察吏が集まっていた村民を散らしていく。
その声を聞いても動けずに居たニレニス達に再び目を向け、しかし何も言わずにニレニス達の脇を通り抜けていく。
ほっと一息つき、ニレニスもアリアナも自分たちの背後へと歩き去っていった恐怖に安堵の息を吐いたのも束の間、背後から凛々しくも色香の混じる声が届き――――
「あぁ、そうだ。後で話があるから覚悟しておきなさい」
――――死刑宣告に等しい言葉に全身が凍りついた。
村長と巡察吏のまとめ役への報告へ行った〝赫の狼〟の背を見送り、ニレニスとアリアナは互いに顔を見合わせる。
「……なぁ。今なら逃げられるかな」
「む、無理じゃないかな?」
「………………だよなぁ」
絞り出すように諦めるような溜め息を吐き出し、二人は死んだ顔を浮かべて借り屋へと戻ると、苦笑いを浮かべたウォルトに出迎えられる。
英雄の事を伝えなかった事に恨み言の一つを送りはしたが、気付かないお前達が悪いとにべもない返事に返す言葉もなかった。
そして自分も通った道だと言われ、ニレニスは故郷では平凡だったウォルトが詩に詠われる程の実力者になったのか理解した。
きっとウォルトも今のニレニス達のように扱かれ抜かれてきたのだろう。
「まぁ、その、なんだ。お前達の気持ちも分かるし、アイツの扱きはキツイが、多分殺しまではしない筈だ………………タブン」
ウォルトが最後に付け加えた言葉によって、一気に不安が押し寄せる。
ニレニス達もレイラの扱きを耐え抜くことができれば、ウォルト達のように英雄詩になるような実力を身につけられるのは分かる。
それがどれだけ幸運な事で、その運に恵まれず名も残せず歴史に埋もれていった人間がどれだけいるのかも理解している。
ニレニスたちの行方を調べあげ、依頼内容に不穏な物を感じてウォルト達と共に動き出していたお陰でニレニスもアリアナも、そして村人達も助かった事実もある。
ただそれはそれとして辛いものは辛いし、幸運だと揶揄されれば思わず閉口してしまうのもまた、人間の性であった。
そう遠くない未来。
二人の冒険者が名を上げる。
その恵まれた巨躯と種族として頑強さを遺憾なく発揮し、〝巨壁の守り〟と詠われる熊躯人の男。
類い稀な治癒の魔法を使い熟し、多くの人間を死の淵から救い上げてきた竜鱗人の〝春風の慈愛〟。
実力、礼儀共に優れ、夫婦となってからも貴族からの依頼を熟す二人。
そんな二人が駆け出しの頃は非常に評判の悪い冒険者だったと言っても、今や誰も信じる者はいまい。
ただ二人の過去を知り、転機は何かと問う者も少なからずいた。
そんな時、二人からの答えはいつも一緒だった。
「「思い出したくない」」
二人は口を揃え、そして同じように遠くを見つめながら答えるのだった。
たまにはこう言うのも良いかなと書き上げました。
これにて間話は終わりとなります。
次章も鋭意執筆中で、八割方は書き上がっていますので更新までお待ちいただけると幸いです。
ネトコンの二次選考発表までには再開………したいなぁ(願望)




