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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
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閑話 冒険者たちの憂鬱②

 

 ニレニスは自分が才能に溢れた人間だとか、バルセットで最強だと思った事はない。


 自分の憧れであり同郷の冒険者〝鷹の目〟のウォルトや〝巨影〟のニナは自分がどうにか出来る相手とは思えないし、〝雷声〟のガランドやつい先日見掛けた〝銀狼〟の片割れ〝葬儀屋〟のヴィクトールなどは天地がひっくり返っても適う相手とは思えなかった。



 それでも自分は冒険者に向いているし、天職であると思っていた。

 貴重な魔法使いも仲間になってくれたし、童貞を捨てた時もなんとか上手くいった。


 ただそんな冒険者稼業にあって、ニレニスには一つだけ納得行かないことがあった。


 それは力こそが最も尊ばれる筈の冒険者の中で、実力もない奴が幅を効かせている事だった。


 危険の中に飛び込みもせずに金がないと嘆き、他人が仕事に成功すれば肖ろうとする蛆の様な性根の奴がなんと多いことか。


 ニレニスが初めての護衛依頼で報奨金を手に入れたと知り、集りに来た冒険者を追い払ったのも一人や二人ではない。


 それも自分だけであれば多少は我慢しようとは思ったが、自分なんぞの相方になってくれた相方が治癒の魔法に長けていると知られると粉を掛けてくる連中が増えた。


 だから腑抜けた冒険者や性根の腐った冒険者を追い払うべく力を使ったし、冒険者の本分は何かを知らしめる為に足元を見てくる依頼主を脅すような事もした。

 そんな自分の在り方に賛同して慕ってくれる者も増えたし、兄のように慕っているウォルトも褒めてくれると思った。


 しかし現実は違った。


 長期の依頼を終えて帰ってきたウォルトに依頼達成を言祝ぐ前に叩きのめされ、見たこともないような剣幕で怒鳴られ道理を説かれる事となった。

 鉄火場に慣れた者でも竦み上がるような怒気に当てられたニレニスだったが、彼は恐怖しなかった。





 あったのは失望だった。





 湿気た故郷に錦を飾り、詩に謳われるような冒険者になっても金や権力に阿る弱い人間になるのか、と。


 あるいは、憧れた相手から故郷で餓えぬ程度にしか食事を与えてくれず、大人数人がかりで行う重労働を課す村長一家と同じように怒鳴るウォルトに裏切られたと思っただけかもしれない。


 今となってはニレニスにはどちらであったかなど思い出せない。

 ただ事実として、そのときニレニスはウォルトを(あにぃ)と慕うのを辞めた。


 しかし慕うのを辞めたものの、自分より腕の立つ冒険者に睨まれては自分が思う冒険者像を目指す事はできなかった。

 だから今は雌伏の時と我慢し、ウォルトを追い落とせるようになるまで腕を磨こうと決意した。



 そんな時だ。

 ウォルトが一人の人種の女を連れきたのは。


 冒険者が屯する酒房へ連れるには不釣り合いで、あまりに浮世離れしたその容姿の女は一瞬にして酒房の注目を集めた。

 しかし女は自分に向けられる不躾な視線を気にも止めず、ニレニスの前に立つと一つ鼻を鳴らして嘲るような事を宣った。


 何を言われたのかは覚えていない。

 ただたった一言で堪忍袋の尾が切れ、視界が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えた事だけは確かだった。


 武の匂いを一切纏わず、バルセットの高級娼館でも見掛けないような何処か淫靡な気配を纏うだけの美女に、護られるしか能がない人種の女に何が分かる、と。


 しかしそこで気付くべきだったのだ。

 幼く、経験も浅いとはいえ、体躯で遥かに上回る熊躯人に詰め寄られて眉一つ動かさない女が真っ当な人間である筈がない事に。


 ただニレニスは気付くことができなかった。

 その結果として、ニレニスは地に這いつくばった。







 鼻を潰され、喉を突かれ、血みどろになるまで一方的に殴りつけられて。








 熊躯人の頑強さを上回る圧倒的な暴力。

 ウォルトからの折檻が児戯にしか思えなくなるような暴力は四半刻にも渡り、ニレニスに芽生えていた反骨心や自尊心が折れるには十分過ぎた。


 しかしそれだけでは終わらなかった。


 その日を境に女は毎日ニレニスの前に現れ、意識を失うまで暴力に晒される日々が始まった。


 どんなに逃げようとしても先回りされて連れ戻され、隠れようとしても引き摺り出され、相対する以外の抵抗が無駄だと悟るまでそう時間は掛からなかった。


 しかもその暴力はニレニスだけに留まらず、女への挑発を押し留めようとしてくれていた魔法使いの仲間――――竜鱗人のアリアナにまで及んでしまった。


 足腰立たず、しかし意識が途絶えない程度に痛めつけられた後にアリアナが蹂躙される所を見せられるのは本当に辛かった。


 それでも真の意味で心が折れなかったのは、自身もボロボロなのに、自分の治療を後回しにしてニレニスを治療するアリアナの存在があったから。

 彼女が根を上げ、冒険者を辞めるような事があれば、ニレニスも直ぐに心が折れていた事だろう。


 僅かに残った反骨心をかき集め、義侠心で繋ぎ合わせた精神で一矢報いようと必死になった。



 二〇日近くそんな日々が続いていた中、不意に女が姿を表さなくなった。



 女による〝可愛がり〟が始まって以降、痛む身体で出来る仕事が限られるせいで収入は激減し、懐を温めてくれていた報奨金も底を尽きかけていた。


 身体を休める為に一日休み、翌日は仲間のアリアナを連れて近くの農村の畑を荒らす害獣駆除の依頼を受けた。

 依頼は狩人も居ないような貧村からの物で、報酬には期待できなかったが、女に可愛がりを受けた翌日に受けられるような街中の荷役と比べれば冒険者らしい仕事は輝いて見えた。


 このとき、一緒に冒険に出てくれたのはアリアナだけだったが、ニレニスは気にしなかった。


 また女に扱かれている間に、自分を慕っていた筈の者達は皆いつの間にか去っていた。

 彼等が良い顔をしていても本心は報奨金で潤ったニレニスの財布や、ニレニスの実力を笠に好き勝手やろうと考えていたのだと学がなくとも気付く事が出来た。


 他の冒険者を誘おうにも、女による可愛がりを受ける前のニレニスの態度を嫌って声を掛ける前に距離を取られてしまった。

 最初はそれでも意気地が無い連中だと鼻で笑ったが、依頼のためにバルセットを出て翌日には後悔した。


 ニレニスも、そしてアリアナも旅についてあまりに無知だった。


 二人は考え得る準備を万全に行なったつもりでいたが、いざ旅に出てみるとアレもコレもと足りない物が多かった。

 それに加えて一夜を過ごすのに必要な夜警をたった二人で回す大変さをまざまざと体験することとなった。


 片道二日しか掛からないような農村に行くだけなのに、二日目の朝には疲労困憊だった。

 もうこの時には群れる冒険者を笑う心は消え失せていた。


 冒険者が徒党を組むのは何も実力が無いからではない。

 野営を含んだ長旅ともなれば、持ち運ばなければならない物資の量は多くなる。

 それを頭割りにして、かつ夜警のような疲労の溜まる役割を多人数で回せば、一人一人の負担は圧倒的に少なくなって目的地に辿り着いても直ぐに動き出せる。


 勿論、弱さを補う目的もあるにはあるが、冒険者が一党や徒党を組むのはそんな合理的な部分が始まりだった。


 その事実に気付けたニレニスは、なぜウォルトがあれ程の剣幕で叱責してきたのか漸く理解できた。


 周囲から嫌われた冒険者は誰からも力を借りられず、近場の依頼ぐらいしかできなくなる。

 当然、近場で済む依頼の報酬など高が知れているため、糊口を凌ぐには些か以上に足りない。


 隊商にくっ付いて遠方へ出ると言う方法もあるにはあるが、隊商に入れてもらうのにも安くない金が必要だ。

 それに隊商に組み込んで貰えたとしても荷台に乗せる分の金は取られるし、護衛依頼ならその分の費用は天引きされる。


 その上隊商も命懸けで動いて回る以上、人品を確かめるのは必須で評判の悪い冒険者はいくら金を積んでも弾かれる。


 道理を弁えていなかったのは自分の方だったと気付きつつ、しかし素直に認められないニレニスは寝不足で重い体に鞭を入れる。

 そしてこんな無理な旅に巻き込んでしまったアリアナには申し訳なく思いながらも、重い体を引き摺って依頼を出した村に足を踏み入れた。


 するとだ。

 想像以上に村は疲弊していた。


 さほど大きくはない村の雰囲気は重く、ニレニス達を出迎えた村長は目元に大きな隈を作るほどだった。

 訳を聞けば、どうやら畑を荒らしていたのは害獣ではなく、魔獣の群れだったらしい。

 そして昨日、村の外れに住んでいた住人一家が食い殺されたらしい。


 まさかの事態にニレニスは人目も憚らずに天を仰いだ。


 ただの害獣駆除がまさか人家を襲う魔獣狩りに変わるなど夢にも見ていなかったのだ。

 しかも自分達は慣れぬ旅路で疲弊していて、魔獣と戦える状態からは程遠い。

 それでも依頼と違う、自分達には荷が重いとニレニス達が立ち去らなかったのは意地と、義侠心が勝ったからだ。


 何より武具を持った――巡察吏や熟練の冒険者と比べれば余りにもお粗末だが――ニレニス達を出迎えた村長が差し出してきた縋る手を払う事が出来なかった。


 しかしニレニスにとっての苦難はそれだけではなかった。

 事情を村長から聞いてる途中、やってきた自警団の団長と名乗る人物は言った。







 ――――この村にまともな自警団はいない。








 事情を聞けば、さもありなん。

 数年前、不作が何年にか渡って起きた時に自警団は畳んでしまったのだという。


 バルセット近郊の税収は金物両方で支払われる。

 そして自警団は村人からの寄進だけでなく、代官やその更に代理を務める名主や騎士の俸禄から一人一年は暮らせる金額が支払われる。


 つまりこの村は、本来自警団の維持に使われるべき金を村の納税に回したのだろう。


 気持ちは分からなくはない。


 自警団員は働き盛りの若者ばかりだが、農村にあっても農作業はしない。

 なにせいつ何時襲ってくる魔獣や蛮族、野盗などの不逞の輩と切った張ったをするのに日々の訓練は欠かせず、夜半だろうが関係なく襲ってくる連中に備えなければならないからだ。


 しかし領都にほど近く、治安が良くて周囲は見渡す限りなだらかな土地で視界を遮る森も遠いとなれば自警団が働く機会など殆ど無い。


 そんな中、不作に喘いでいる村民から見れば働きもせずに木剣を振り回しているようにしか見えない自警団の存在は腹立たしいことこの上なかろう。

 そんな村民の意見に流されたのか、それとも村長自ら率先したのかはニレニスの預かり知る所ではないが、元自警団長の厳しい態度を見るに後者だろう。


 しかし、それが分かったところで救いはない――――どころか、状況は更に悪くなった。


 自警団を解散し、しかし解散した事を届け出ずに俸禄を懐に入れていたとなれば、巡察吏やバルセットに救援を求める事は難しかろう。


 ある程度の問題は自分達で対処するために自警団があるのだから、たかが一匹二匹の魔獣ぐらい対処できねば可笑しいのだ。

 にも関わらず、救援を乞えば確実に自警団の所在を疑われ、監査の手が入れば一体何人の首が吊られるか分かったものではない。


 自警団でも対処できない規模の襲撃者がいれば面目も立とうが、その時はこの村は滅んでいる。


 どうしたら良いのかとニレニスは自分よりも頭の回るアリアナを見るが、帰ってくるのは自分と同じような表情だけだった。


 困り果てたニレニスは必死に無い知恵を絞り、一先ず休める場所を借りる事にした。



 疲労を抱えていては戦えないと軽く休むつもりで、使っていなかった民家を借り受けたニレニス達だったが、身体を休めていた二人は叩き起こされる。

 しかもそれは、乱打で打ち鳴らされる警鐘の音による最悪な物だった。


 押っ取り刀で民家を出れば、一休みする筈が日は既に沈み始めていて周囲は昏くなっていた。


 つまり人種の大半が視界を失い、蛮族や魔獣が全盛の力を取り戻す夜が間近に迫ってきている証拠。 

 自分の愚かさを呪いながらもニレニスは着込みも纏わず打ち鳴らされる警鐘の元へと駆ければ、警鐘を鳴らしていた自警団員だった男の声が響く。


遊鬼(ゴブリン)だ!!三〇を超える遊鬼の群れが来やがった!!」


 その声に歯を打ち鳴らした――――骨格上舌打ちできない獣人種が舌打ちの代わりにする仕草だ――――ニレニスは手に持つ剣の鞘を投げ捨て、正面で垣根を作る男たちを掻き分けて前に出る。

 上背で上回るため元々見えていたが、人垣の前に出てニレニスは自分の不運と――――何よりも過去の自分に対して特大の恨み節を送り付ける。


 確かに警鐘を鳴らしていた物見の言葉通り相手は三〇を超える遊鬼の群れ。

 だが、その内の一〇体は人種の成人男性程の大きさを誇る魔狼の群れに跨っている。


 考えれば分かる事だろう。

 

 人を襲う魔獣が食い物にならない畑を荒らす訳がなく、荒らすとすれば野生の獣か人肉以外の食料を食える存在が近くにいる事を。

 そして人を平然と食い殺す魔獣が近くに潜んでいて、陳家な畑泥棒や野生動物が生息できる筈もない事を。

にゃーを沢山ありがとうございます。作者の励みになっています。

ちなみにですが、はよ更新しろやって方は【シャー(ฅ *`꒳´ * )ฅ】と感想をお書きください。

もしかしたら作者の尻を引っ掻けるかもしれません

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