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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
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閑話 冒険者たちの憂鬱①

 

 ウォルトはレイラと言う冒険者が苦手だった。


 初めて出会った地下水路の事件以降、何かと顔を合わせる機会があったが、そのたびに苦手だと言う感覚は強くなっていくばかり。


 最初は嫉妬だと思っていた。

 ろくな武具もなく、あるのは故郷を飛び出す時に自警団からくすねた刃こぼれだらけで千歯扱きと変わらぬ鈍らの剣一本。

 対してレイラは一揃えの鎧に、鋭い刃を持った手斧を引っ提げている。


 ただ装備が良いだけなら陰で小馬鹿にする事も出来ただろうが、レイラは装備に見合った実力も持っていた。

 しかも教養もあり顔も良いとくれば、嫉妬するなと言う方が可笑しかろう。


 ただ腕を磨いて実績を積み、二つ名が付いて詩の一つでも謳われるようになってレイラへの嫉妬が薄れても、彼女に対する苦手意識は消える事がなかった。


 水で薄めに薄めた麦粥で飢えを凌ぎ、まともに働きもせず酒を呑んでは管を巻く父や他人の飯を奪うことしか考えない兄弟に嫌気が差し、大成と冒険に焦がれて故郷を飛び出したウォルトには理解できなかったのだ。


 地位や名誉に興味はなく、金は稼げど執着せず、磨き上げた業を誇る事も無ければ、冒険と冒険に付き纏う死闘に心を踊らせるような素振りもない。


 一体何の為に冒険者に成ったのかと。

 何故求める物がないのに、死が手ぐすね引いて待ち構えている鉄火場に身を投げ出せるのかと。


 まだ自分を殺そうと寄せてくる蛮族の方が理解できる存在だとウォルトは常々思っている。


 それにもう一つ、レイラが苦手な理由があった。


 それはレイラが纏う雰囲気だ。

 戦場に立った時、あるいは敵対した人間が目の前にいる時はさして気になる物はない。

 絡み付く泥濘のように重く、何処までも昏い殺気も慣れてしまえばレイラが味方である限り頼もしく思える。


 だが、仕事が無いときが特に酷い。

 本人に自覚は無いようだが、レイラは仕事でないときは普通の町娘のような気配を纏うのだ。

 それこそ、一度として戦場に立ったことのない生娘のようにも見える程に。


 立ち振る舞いや足運び、視線の動きから間合いの詰め方まで全てが素人のそれ。


 刃を振るい、錬磨し、一度でも鉄火場を経験すれば否が応でも身に付く所作が一切無くなるのは何故なのか。

 剣に生きた者であれば無意識の内に嫌う間合いに不用意に踏み込み、自然と丹田に置かれる筈の重心が平然とズレているのは何故なのか。


 新人の冒険者ならば兎も角、いくつもの首級を上げて詩を謳われるような者にはありえない事だ。


 それなのにしっかりと周囲を把握し、咄嗟の反応はウォルトや優秀な斥候であるニナを凌ぐのだから理解できない。


 腕を磨けば磨くほど、経験を積めば積むほど、レイラの異質さを感じてしまって苦手意識は益々強くなるばかり。


 では何故それほどに苦手なレイラと付き合いが続いているのかと言えば、それはレイラがあまりに頼もしすぎるのだ。


 腕が伸び悩めば稽古を付けてくれるし、仕事の相談をすれば的確な助言が貰え、金に困れば何処からか儲けられる仕事を引っ張ってきて共に挑むことが出来る。

 何より戦場を共にしたとき、あれ程までに背中を預けて安堵出来る存在は幼馴染から深い仲へと発展したニナ以外に感じた事はない。


 だからだろうか。

 自分一人ではどうにもできない問題に直面した時、ウォルトは苦手意識を無理矢理の飲み込んででもついついレイラを頼ってしまうのだった。


「それで?今の私に何をご所望なのかしら?」


 お貴族様の依頼で数ヶ月もバルセットを離れ、初めてと言っても良いほどの大怪我を負ってつい先日帰ってきたばかりのレイラの対面に座り、ウォルトは深々と頭を下げる。


 ウォルトがレイラに協力を仰ぎに来たのはレイラがバルセットを出発してから起きた一つの問題を解決するためだった。

 と言っても、ウォルトの抱えた問題は命に関わるだとか、妙な依頼を摑まされたとかの厄介なものでもなければ、緊急を要するものでもなかった。


 逆に言えば腕力だとか解決できる問題であれば、ウォルトも此処まで頭を悩ませることはなかっただろう。

 なにせ若手の中でも頭角を表し、レイラほどではないにしろ腕の立つ冒険者に数えられるようになったのだ。腕っぷしで解決できない問題の方が少ないのだ。


「駆け出し冒険者の性根を叩き直して欲しい!!」


 そう告げ、キョトンとした表情を浮かべたレイラの顔を見て、ウォルトは自分の立場も忘れてレイラもこんな表情をするのだなと場違いな感想を抱くのだった。









 折りを見てくれれば良いと伝えたウォルトに反し、暇を持て余しているからと告げてレイラが塒としている〝羊の踊る丘亭〟を出ることになった。


 そして目的地へと向かう道すがら、ウォルトは事のあらましを伝えていく。


「アイツとは同じ村の出身でよく知ってるが、悪い奴ではないんだ、ただ最近目に見えて――――」

「調子に乗ってる、と」

「……あぁ。正直、このままじゃどっか悪い徒党に目を付けられるか仲間を失いかねない」


 ウォルトは大きなため息を溢し、思い浮かべるのは故郷からやってきた一人の熊躯人の少年ニレニス。


 ニレニスは人類種の中でも恵まれた体躯を誇る熊躯人の中でも特に体躯に恵まれ、若干一二才にして長身のヴィクトールを凌ぐ上背を持つ。

 幼くして両親を流行病で失って顔役の元で重労働を課さられた日々を送っていたが、ウォルトと同じようにそんな生活に嫌気がさして――――ニレニスは故郷に届いたウォルトとニナの詩に憧れたようだが――――自警団の古ボケた剣を拝借してやってきた。


 その境遇と、過去の自分を見ているような無謀な行いを放っておけず、ウォルトはまだ雪解け前だった事もあって手隙の時間で冒険者の生き方や仕事のこなし方を教え込んだ。


 最初は良かった。

 駆け出し冒険者にありがちな溝浚いや荷役も、その恵まれた体躯と村にいた時と変わらない仕事だった為に苦にはしなかった。

 黙々と仕事をこなす姿とウォルトの薫陶を受けて身綺麗にしていた――――元を辿るとレイラの教育に辿り着くが――――こともあって、周囲からの覚えも良かった。


 そして初の実戦となる地下水道の定期討伐を難なくこなすだけでなく、希少な魔法使いの少女と一党を組むほどの信頼関係を構築してみせた。


 得難い仲間を早々に見付けた幸運。

 そして勤勉で順調に実績を詰んでいくニレニスの姿を見てウォルトは安心し、丁度完全に雪が溶けて荷獣車の往来が活発になった事もあってウォルト達は二月ほどバルセットを離ることにした。


 それがいけなかった。

 護衛依頼を終え、バルセットに戻ってきたウォルトの耳に入って来たのはニレニスのあまり良くない評判だった。


 なんでも塒にしている酒場で横柄な態度を見せるようになり、依頼人との報酬の交渉で刃傷沙汰を起こし掛けた事も少なくないらしい。

 最早酒場を追い出されるのも時間の問題だとも聞き、ウォルト達は大急ぎでニレニスの元に向かった。


 冒険者組合のないバルセットで酒場を出禁になるようなことになれば、冒険者生命を断たれるに等しい。

 そんなことになれば待っているのは転落するしかない人生。しかもそれはニレニスだけで済まず、一党を組んでくれた魔法使いの少女にまで波及してしまう。


 依頼を終えたばかりで疲れた身体を引き摺って酒房に駆け込めば、そこでは嫌がる女給に無理やり迫っているニレニスの姿があった。

 ウォルトは即座にニレニスを叩きのめし、女給や店主に頭を下げ続けた。


 そして無関心のようでいて、よく冒険者を観察している店主に詳しい経緯を事情を聞けばウォルトは天を仰いだ。


「ニレニスの奴、初めての護衛依頼で上手いこと行き過ぎたらしい。そのせいで自分は天才なんぞと天狗になってやがった」


 ウォルトが居ぬ間、下働きのような仕事で広げた人脈からちょっとした護衛依頼を請け負ったニレニス。


 その依頼は近隣にある農村までの護衛兼荷物持ちの依頼だった。

 レイラやウォルトのような中堅の冒険者からしてみればおままごとの様なもので、実際護衛よりも荷物持ちの方が主である様な依頼だった。


 しかし、幸か不幸かニレニス達は一〇人からなる野盗に襲われた。


 そしてその悉くをニレニスは返り討ちにした。


 本来なら褒められ、讃えられるべきなのだろう。

 駆け出しの冒険者が童貞を切り、生き残ったのはそれ程の事だ。

 しかし野盗を返り討ちにした実績と巡察吏に届けたことで膨らんだ財布を見て、ニレニスは増長してしまった。


 駆け出しの自分がこれだけ成果を出せるのだから、冒険者稼業など大した事はない。何年も冒険者をやっているのに、貧するような奴らはどうしようもない連中だと思うようになってしまった。


「叩きのめしてかは多少マシになったが、そんの時の奴の態度は俺が王様だって言わんばかりだったぜ」

「あぁ……それは長生きできそうにないわね」


 ウォルトからしてみれば、ニレニス達は単に運が良かっただけだ。


 領都であるバルセットから程近い場所で急ぎ働きをする連中など、野盗としては惰弱も惰弱。

 近隣で食い詰めた村民か、飢えに耐え切れなかった流れ者が短慮を起こしたと考えてよく、そんな奴等の実力など高が知れている。

 頭が切れ、腕の立つ厄介な連中は引っ切りなしに巡察吏の姿が見えるバルセット近傍で人を襲ったりしないのだから。


「でもまだ手遅れって程じゃねー。兎に角、あの馬鹿の鼻っ柱を折ってやってくれ」


 本当はウォルトの手でニレニスを正しい道に戻してやりたい所ではあった。

 しかしウォルトに模擬戦で叩きのめされても当然だとばかりに自信が折れることはなく、故郷にまで詩が伝わってくる人物に賦活を使わせた――――流石に熊躯人相手に賦活を使わないのは無理だった――――として逆に付け上がるばかり。


 ならばいっそのこと、見た目だけならただの町娘でしかないレイラに完膚なく叩きのめされれば、自身が自惚れている事に気付けるかもしれない。

 例えレイラの正体を後で知ったところで、それを見抜けぬ奴が自惚れるなと叱ることもできよう。


「で? 私は何処までやって良いのかしら?」


 片腕を呪符のような包帯で固定し、明らかに戦える人間の姿でないにも拘らずレイラの表情は何処までも獰猛で、揺らがぬ自信に満ちている。

 一瞬、頼る人間を間違えたかとも思ったが、ここまで来てしまっては引き返す事などできようはずもなし。


「手加減は要らんし、好きにやってくれ」


 もう後はなるようになれ。

 ウォレットそう思いながら、ニレニスが定宿にしている〝青鹿毛の牡鹿亭〟の入り口を潜るのだった。


読んで気に入って、でも感想書くのが難しいなと思ったら「にゃーん(=^・・^=)」等でも書いて頂けると嬉しいです

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