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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
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55 その事件、終幕につき――

 身体賦活において多くの人間が勘違いしている事がある。


 それは身体賦活によって向上できる身体能力には限度が存在すると思っている事だ。


 肉体に魔力を込めれば込めるほど、その量に応じて身体能力は向上し続ける。

 だが大抵の人間は魔力を体内に巡らす際、無意識下で魔力の量を制限してしまっている。

 それは胃の許容量を超える前に満腹感を覚えるように、限界を超えて走る前に足が止まるように、人は無意識下で魔力を制限してしまう。 

 限界を超えた賦活は、その強度で自らの身体を壊してしまうからだ。


 しかし身体が壊れる事を呑み、無意識に制限しようとする身体を強力な意思で持って捻じ伏せる事が叶えば、人は一時的に超人を超える力を発揮できる。

 

 そしてレイラはたった一度の機会に全てを掛けることにした。

 

 未だ傷口からは鮮血が流れ続けており、レイラの身体は鉛のように重くなっている。

 時間を掛ければ掛けるだけ、レイラは不利になっていく。

 であれば、既に命以外の損耗を許容している以上、躊躇う理由は何処にもない。


 それでも少しでも損耗を減らし、万が一仕留めきれなかった時の次善策の為に、機会を伺いながら多量の魔力に身体を慣れさせていく。


 胃袋が食事に合わせて大きくなるように、走り続ければいずれ長く早く走れるようになるのと同じように、身体が魔力量に慣れれば限界値も上がっていく。

 とはいえ急拵えの効果など高が知れているが、やらないよりはマシなはずだ。


 そしてレイラは焦らず、脚に貯めた力を解放する時を待ち続ける。

 例え狼鬼がすれ違いざまにレイラの肌を薄く切り裂いて行こうと、レイラは待ち続けた。


 メローナからの傷に加え、狼鬼による傷が一〇も刻まれたとき、その瞬間はやってきた。



 


「奴らの統率が乱れたぞ!!この時を逃すな!!!」

 




 離れた場所で人面蟲と戦っていた衛兵らしき男の声が中庭にまで響き渡る。

 その刹那、狼鬼の意識が一瞬だけレイラから離れ、その足がほんの僅かに鈍くなる。 

 レイラは貯めた魔力を僅かに解き放ち、両の脚が軋みをあげるのも構わず飛び出した。


 中庭の芝生を捲り上げ、たった一歩で狼鬼の進行方向へ先回りする。

 

 しかし狼鬼とレイラの間にはまだ距離があった。

 

 それを見逃す狼鬼ではなく、レイラの急加速に驚きながらも距離を取るべく跳ぶようにして進路を変える。


 それがレイラの狙った通りだとも知らず。


 僅かな位置取り、そして武器の構えで狙った通りの進路へ狼鬼を誘導したレイラは今度こそ脚に貯めた全ての力を解放させる。


「遅いなぁ」

「ッ!!!」


 爆発と錯覚する衝撃を中庭にもたらし、その対価としてレイラは狼鬼ですら反応できぬ速度で距離を詰める。

 しかし既にレイラの意識は狼鬼ではなく、思考や認識、思い描く軌跡をゆっくりとなぞる自身の能力へと向けられていた。


「ありえ――――ッ?!」

  

 そして蹴り脚の骨が砕け、筋肉が引き千切れる音を無視し、両足が離れたせいでろくに回避も出来ない狼鬼の胴体へ魔力で形作られた刃を叩き込む。

 黒く淀んだ体液が溢れるさまを見つめ、レイラはただひたすらに思考に追いつかない身体の鈍さに歯噛みする。


 もっと早く身体が動けば、メローナを相手に手傷を負うことは無かっただろう。

 もっと力が強ければ、メローナの外殻を打ち砕く事も出来ただろう。 


 異常な速度が生み出す力は狼鬼の胴体を容易く両断し、更に吸収しきれなかった威力によって狼鬼の上体は紙吹雪のようにそれへと舞い上げる。

 しかしレイラの行動はそれだけでは終わらない。

   

「ッッ!!!」


 無事な足を地面に突き刺すようにして強引に速度を殺し、魔具を投げ捨て代わりに腰元のポーチから一つの小瓶と小さな丸薬を取り出した。

 そして膝の靭帯が切れる音を聞きながら振り返り、宙を舞う狼鬼の上半身に狙いを付けて小瓶と丸薬をまとめて投げつける。

 直後、真っ赤な火花が浮び上がる。


「ギゃぁぁあああああ?!」


 レイラが投げつけたのは、メローナを燃やす為に使ったのと同じ燃焼剤と火種となる火薬。

 粘性が高い燃焼剤は瞬く間に狼鬼を纏わりつき、火達磨となった狼鬼は初めて痛みによる悲鳴を上げながら地面に落下する。


「流石に焼かれれば本体の再生はできないようね」


 分かたれた下半身の元へ這って向かおうとする上半身だったが、次第に動きが鈍なっていく。

 レイラが作り上げた断面は焼けて塞がれ、口腔と喉を熱気に巻かれて悲鳴は途絶え、熱によって収縮した筋肉によって伸ばされて両の腕は蹲るように縮こまる。


 そして狼鬼が動かなくなり、その見た目が黒く焼け焦げた姿に変わると空に浮かんでいた不気味な紋章が消え、遮られていた双月が姿を見せる。


「ッ!!結界が消えたぞ、急ぎ中の安全を確保するのだ!!」


 空から視線を下げれば、正門から衛兵の他、甲冑に身を包む騎士達が雪崩込んでくる姿が目に入る。

 明らかに衛兵より練度が高く、洗練された動きで統率を欠いた人面蟲を屠っていく騎士の一団の中に見覚えのある家紋旗を掲げた者がいる。


 花咲く蔓に巻かれた一角竜の家紋旗――――アルムグラード辺境伯の手勢だろう。


 貴族が勝手に私兵を動かすのが難しい王都にあって、よくも五〇近い手勢を動かせたものだとレイラは感心してしまう。

 悪ければ謀反を企てたと誹りを受けかねないと言うのに。


 一〇〇近い兵士達から視線を外し、最後に狼鬼の下半身に目を向ける。

 上半身と違い、狼鬼の下半身は両断されてからは一切動いていない。

 

 それこそ、不自然な程にピクリとも。


 安全を取るならば上半身と同じく下半身も焼いておきたいところではあったが、生憎と燃焼剤は既に品切れだった。


 町中や森で使って延焼する可能性が高く使い所が限られため、燃焼剤は元々数を揃えていないのだ。

 

 それにレイラが腕などを切り落としても、切った先の腕は動いていなかった。

 ならば上半身、特に身体を制御する脳にでも屍戯虫の本体があったと考えても可笑しくはない。

 ならば下半身を焼くのはヴィクトールと合流してからか、あるいは衛兵たちが手が空いた時にでもいいだろう。


 バッタばったと人面蟲を切り捨てていく衛兵と騎士の姿に、もう自分が出る幕ではないだろうと悟ったレイラは放り投げた魔具を拾う為に狼鬼の下半身に背を向ける。


 その瞬間、背後で蠢く気配がした。


 そしてレイラが振り返えれば、下半身を突き破ってレイラの首を目掛けて飛んでくるミミズのような屍戯虫。

 しかしレイラはさして慌てる事なく魔具を再展開して斬り上げる。

 飛び込んできた屍戯虫は飛んできた勢いのまま左右に分かたれ、レイラの横を飛んで地面に転がっていく。


 下半身に屍戯虫が潜んでいる事はなんとなく予想していた。


 確たる証拠があった訳ではない。

 だが両断してからも下半身には魔力感知で反応があった。

 更に前世の世界でも脳に当たる部分が身体の中に複数ある種もいた事を朧気に覚えており、狼鬼を操っていた屍戯虫もその可能性があると思っていたに過ぎない。


 それでもレイラが一応の警戒をしていたのは、常識が裏返った状態であれば何が起きても可笑しくはないと言う考えがあったからこそだった。


「……流石に疲れたわね」


 今度こそ完全に沈黙し、下半身に魔力感知の反応も無い事を確かめたレイラは大きな溜め息を吐き出し、中庭に身を投げ出して倒れ込む。


 酷く重い体が瞼を降ろすように訴えかけてくるが、まだ怪我の処置が終わっていない。

 このまま眠ってしまえば失血死するのは間違いなく、レイラは寝転んだまま折れた骨が皮膚を突き破った左腕に触れる。

 

 そして一瞬顔を顰めるものの、一息で無理矢理骨を元の位置に戻す。


「まったく、ままならないわね」

 

 傷口にポーチから出した布を押し当て、片手故に四苦八苦しながらも止血帯できつく縛り上げる。

 ポーチの中にある魔法薬を使えば止血など直ぐにできるが、酷く目立つ傷跡が残ってしまう。

 折角貴種の依頼中に受けた傷なのだから、貴種お抱えの癒者――治療を専門とした魔導師の事だ――や司祭による奇跡で治して貰えるように交渉すれば、残る傷跡も小さくて済むだろう。

 レイラも一応は乙女として、最低限ではあるものの美容や見た目には気を使っているのだ。


「やぁやぁ、随分と手酷くやられたみたいだネ」


 他の出血を続ける傷口も同じように処置を済ませていると、軽薄で胡散臭く訛りの強い男の声がレイラの鼓膜を揺らす。

 声の方を見やれば、レイラ程ではないにしろ珍しく傷だらけのヴィクトールがレイラに向かって歩いてくるのが見えた。


「貴方も珍しく傷だらけね」

「まぁネ。今回はとことん相性と状況が悪かったからネ」


 起き上がりもせず、首だけを向けるレイラの傍まで寄ってきたヴィクトールは何を言うでもなく地面に腰掛ける。

 

「ヴァレラル達は無事かしら?」

「無事だヨ。ただ統率者が居なくなって弱体化したとはいえ、人面蟲に殺されたら元も子もないからネ。助けが来て安全が確実になるまでは彼処から出ないように言って待ってもらってるヨ」

「そう。ならいいわ」 

 

 ヴィクトールの視線が他所に向いているのに気付いて反対側に顔を向ければ、追加でやってきた衛兵の中に見覚えのある侍女服姿の女が指揮する一団が入ってくる所であった。

 アルムグラード辺境伯の嫡男付きであるリルファが現場指揮をとるならば、本格的にレイラの仕事は終わりだろう。


 そう思ってリルファ達から視線を切って憎らしいほど綺麗な双月を見上げていると、遮るようにヴィクトールの手が差し出される。


「なにかしら?」

「コレはあの魔人の核となっていた魔石だヨ」

「それで?」

「いやなに、流石に今回の依頼は君の負担が大きかったからネ。コレの売り金も等分したら流石に不公平が過ぎると思ったから、せめてこれぐらいは受け取り給えヨ」


 そう言いつつ、寝そべるレイラの胸に置かれた魔石を手に取れば、普通の魔石と比べて透き通り、然れども禍々しく感じる紫紺の魔石が月明かりに照らされ妖しく光る。

 歪な形の魔石を満足するまで観察したレイラが魔石をしまおうとしたとき、すっかり忘れていたことを思いだす。


「そうだ。ヴィク、あの狼鬼の下半身を燃やしてくれないかしら?」

「燃やす?アレはもう死んでいるんじゃないのかネ?」

「そうだけど、一応念の為にね」


 当然疑問を口にするヴィクトールに狼鬼の正体が屍戯虫であったことを話せば、渋々ながら立ち上がり、魔法によって狼鬼の下半身も燃やし始める。

 ついでにあるかもしれない魔石も探すように伝えれば、嫌そうながらも承諾の返事が返される。

 

「生存者は急いで外に!!遺体は運び出せる分は中庭に集めろ!!くれぐれも丁重にな!!」


 毛の焼ける硫黄に似た独特な臭いを嗅いでいると、人面蟲をあらかた始末した衛兵の声が中庭にまで響いてくる。

 そして幾ばくもしない内に学院内に残る生存者が衛兵の先導の元正面の面へと向かっていき、遅れて布を被せられた担架が中庭へと運ばれてくる。

 することも無い中、忙しなく働く彼等をレイラが見ていると幾つもある担架の中で一つの担架が目についた。

 

 被された布のから力なく垂れ下がる左腕、その手首には見覚えのあるブレスレットが月明かりに照らされて僅かに煌めいた。


「……ツイてないわね」



 後で存分に〝彩〟を愉しもうと思っていたミリアが身に付けていたものに酷似しているブレスレットに、レイラは誰にも聞こえない呟きを零す。


 今の自分に足りないもの、目指すべき方向性は見えたのは収穫ではある。

 それでもこの遣る瀬ない無気力感は果てしない。


 折角の機会が潰えた事に落胆しながらも仕方ないと割り切り、この虚しいと訴える感情を誤魔化すために一服しようする。

 しかし、その為に必要な煙管を含めた道具類は自室に置いてきてしまっていたのを思い出し、レイラは大きな溜め息を吐いてポーチを探っていた手を投げ出した。


「……ホント、ツイてないわ」


 何もかもどうでも良くなったレイラは大きく溜め息を吐き出し、眠気に抗うのを放棄するのだった。

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