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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
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54 その女、相対につき――

 ヴァレラルに描かせた魔法陣を起動させ、陣より立ち上った影が弾けるように晴れた瞬間、レイラの鼻は薄汚れた獣のような悪臭を嗅ぎ取った。

 即座に半身を引きながら剣の魔具を振り上げれば、手に伝わるのは肉を切り裂く確かな手応え。


「うガァぁあああああ?」


 耳を劈く舌足らずな舌足らずな悲鳴。

 瞼の上を流れる鮮血を拭い捨て、声の出所に目を向ければ、切り飛ばされた片腕を抑えて転げ回る狼鬼が一匹。

 酷い浮腫のようにぶよぶよとしていながら、決して破れない奇妙な外皮を持つ狼鬼を見たレイラは、あれがヴィクトールが梃子摺った相手かと向き直る。


「いキナり、代ワリやがッテ。いテェじゃネーカ」


 恨み節を溢しながらも平然と切り落とされた腕を傷口に当てがい、当然のように指を動かせるようになっている狼鬼に冷めた目を向ける。

 口では痛がっているが、大して痛痒を覚えていないのはその声音と態度で伝わってくる。


 珍しく湧き上がってくる苛立ちをため息と共に吐き出し、レイラは自身へ落ち着くように言い聞かせながら改めて狼鬼へ目を向ける。

 

 意味が通り、聞き取れるほど人語を操る狼鬼という存在はレイラも初めて見るが、斬った感触も、感じ取れる相手の魔力量も普通の狼鬼と大差はなかった。

 

 てっきりメローナのような狼鬼に扮した魔人かと思っていただけに、ヴィクトールが手抜きをしていたのではないかという疑念がもたげてしまう。


「……駄目ね。やっぱり血を流し過ぎたせいか、余裕がなくなってるわ」


 様々な疑念が浮かび上がるが、レイラは即座に切って捨てる。

 闇夜のせいで見えにくいが、レイラの足元には少量だか飛び散るように血が幾つか残されており、見覚えのある布端なんかも転がっている。

 

 近くに人影もなければ、死体もないのだから、これらがヴィクトールから出たものだと考えるのが妥当だった。

 今までヴィクトールが掠り傷以上の傷を負った姿を一度として見た事がないのだから、それなりに梃子摺っていたと分かるだろうに。

 

 そんな事にも気付けない事実に対し、想像以上に余裕がないのだなとレイラは苦笑いを浮かべる。


「そう言えば、髪が解けてるわね……」

 

 人面蟲に集られた際に解けてしまった髪を気にするようにわざと狼鬼から視線を外せば、狼鬼が動きを見せる。

 芝を捲り上げる脚力で飛び出し、瞬きが終わる間もなくレイラとの距離を詰めその爪を振り上げる。

 しかし爪は振り下ろされる事はなく、逆に狼鬼の顔が跳ね上がる。


「っがぁッ?!」 

 

 レイラは狼鬼の顎を蹴り上げた足を回し、逆脚でガラ空きの胴に向かって勢いを乗せた蹴りを叩き込む。

 

 確かに狼鬼の速度は目を瞠る物があり、速度に対応できなければ一方的に嬲られて終わるだろう。

 ただ緩急も、フェイントも、駆け引きもなく、狼鬼の動きは直線的なものでしかない。

 

 つまり狼鬼はただ真っ直ぐ向かってくるだけの相手であり、何処を狙ってくるか分かっていれば対処するだけなら苦労はない。

 

 実際レイラは狼鬼の動きを目では追わず、来るであろう場所に向かって蹴りを()()()()()に過ぎないのだ。

 

 それでも狼鬼自身の運動エネルギーが合わされば、下顎を通して頭蓋を砕いた感触を感じる程の威力に跳ね上がる。

 更に胴に叩き込んだ蹴りは肋骨を砕き、骨によって守られていた臓腑を潰す感触もあった。普通に考えれば、即死はせずとも致命傷となって起き上がることもな物になるだろう。





 



 相手がただ早いだけの狼鬼であれば。








 

 レイラの視線の先で、狼鬼は平然と起き上がる。

 しかしただ起き上がるのとは違う、まるで操り人形のように手も使わずに立ち上がる様は異様であった。


 その姿は亡者を想起させるが、亡者であればヴィクトールがいち早く気付いて労なく対処していたはず。


 なにせヴィクトールは不死者の頂点たる吸血鬼を幾度となく屠ってきた男なのだ。 

 たかが亡者一体、多少特異な存在だろうと手間取るなど考えにくい。


 であれば、狼鬼のあの異様な耐久力と動きには何か絡繰があると考えるのが妥当だろう。


「おカえシだっ!!」


 向かってくる狼鬼へ向けて片手で剣を構えるが、レイラの予測を上回る加速で距離を詰める狼鬼。

 迎撃も防御も間に合わないと即座に判断し、レイラは身を投げ出して狼鬼が突き進む軌道から退避する。


「アレが最高速ではなかった訳ね」


 地面を転がり、起き上がる頃には狼鬼は更に加速し、残像すら置き去りにしながらレイラの周囲を無秩序に駆け回る。

 相手の姿を捉えようとするのも馬鹿馬鹿しく思える速度にレイラは目で追うのは早々に諦め、意識を魔力探知に傾ける。


 メローナのような手合であればレイラとしてはお手上げだったが、幸い狼鬼の反応は魔力感知で正確に捉える事ができていた。

 そしてどれだけ早く駆け抜けようが、狼鬼の動きは何処まで行っても直線的なもの。

 であるならば方向転換の起こりを捉え、レイラの状態を加味し、タイミングを図れば――――


 


「ま、こんな物よね」




 ――――折れた骨が皮膚を突き破り、指一本動かせないレイラの左腕側から飛び込んでくる狼鬼が伸ばした爪を躱す。

 そして馬鹿正直にも程がある狼鬼への勉強代として、悠々と片腕を斬り飛ばして代金を徴収してみせる。


「――――」

 

 難なく宙を待った狼鬼の右腕を見上げるが、それは反転した飛び込んだ狼鬼によって地につく前に回収される。

 それまでの時間は僅かな物でしかなかったが、そレイラが観察するのには十分な時間だった。


 そしてレイラは見逃さなかった。

 切り飛ばした腕から殆ど鮮血が溢れることはなく、代わりに筋肉などとは違う細い管のような物が腕の中に移動していくのを。


 先と同じように斬り落とされた腕を繋ぎ直し、バカの一つ覚えの如く狼鬼はレイラの周囲を再び駆け回っている。

 

 しかし馬鹿は馬鹿でも、狼鬼は学習のできる馬鹿だった。

 レイラが狼鬼の不用意な行動を誘うため出血のせいでふらついたように見せ掛けても、狼鬼は決して誘いには乗って来ない。

 

 とはいえ、来ないなら来ないでレイラは構わない。

 失血のせいで性能が落ちつつある思考を巡らせるには、それなりの時間がレイラには必要だった。


「さっきのアレ、何処か見覚えがあるのよね……」

 

 万全の状態であれば、とうに記憶の中から該当する物を掬い上げ、考察すら終えていただろう時間を掛けてレイラは一つの記憶を探り当てる。


 それはまだレイラが幼く、故郷である開拓村が未だ健在だった頃。

 父であるダルトンや猟師のディットと共に狩猟に向かい、本来数匹の群れを成すはずの牝鹿が単独でいた所を狩った時の事だ。


 やけに生きが良く、何本もの矢を射掛けられ、急所を射抜かれても逃げ回るその牝鹿をやっとの思いで仕留め、三人は血抜きをしょうと首を切り落とした。

 だが頸動脈ごと頚椎を叩き落とした時、狼鬼と同じく牝鹿から血が出ることはなかった。

 代わりに出てきたのは、切られてなお暴れ回る細長い管のような生物。




 それは屍戯虫と呼ばれる寄生虫の一種。




 骸の神経に巣食い、その身体が腐り落ちて動けなくなるまで操り続ける厄介な寄生虫。

 しかし屍戯虫は次の宿主を見つけるまで死体を操って歩き回るだけであり、狼鬼のように好戦的な種ではなかったはず。

 

 それに宿主が骸のせいか言葉や鳴き声すら発する知能も無いはずだが、とまで考えるレイラだったが直ぐに頭を振り、自分の中にある常識という名の尺度を投げ捨てる。


 既に地上に居ないはずの純粋な魔人が現れ、政に関わる者を襲い、陽光結晶に護られた王都での蛮行を成しているのだ。


 既に常識の埒外にある事ばかりが起きているのだから、常識に則った尺度で考えることの方がかえって的外れな答えを導くと言うもの。

 それにレイラの予想が外れていたとて、レイラがすることは変わらないのだ。


 あの足が早いだけの狼鬼をさっさと始末し、この面倒な状況を終わらせる。

 それだけであり、狼鬼の正体が予想通りだろうとそうでなかろうと関係ない。


 レイラは足を弛め、あらん限りの魔力を脚へと集中させる。

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