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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
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51 その冒険者、死闘につきーー


『悪いネ!!今、面倒な手合に絡まれててそっちに向かうのは時間が掛かりそうだヨ!!』


 妙に溌剌としたヴィクトールの声を聞かされ、神経を逆撫でされるとはこう言うことかとレイラは妙な感慨を得る。

 しかしそんな声音にはやや疲労の色が混じっている事に気付く。


『で、そっちはどういう状況なの?』

『うーン、妙に動きが早い奴がいて中々こちらの攻撃が当たらないんだよネ。それにどうにも私の使う魔術と相性が悪いみたいで、運良く当てても殆んど効かなくてお手上げだヨ』


 ヴィクトールは学院を覆う妙な壁――――〝悲喜の境界〟と呼ばれる外法による結界に穴を開け、内部に侵入できたは良いものの、妙な狼鬼に足止めされていると言う。

 

 その妙な狼鬼を相手取りながらなんとか念話を妨害していた術式に介入し、連絡を取れるようにしたものの、ヴィクトール自身も浅からぬ傷を負わされたらしい。


 更に普段使う術式をその場で改良し、すばしっこい狼鬼に魔術を当てられるようにはしたが、鋭さを犠牲に術式の構築速度を上げたせいか、魔術は当たっても狼鬼は何の痛快も見せないという。


 話を聞き終え、今回はお互いに運が悪いようだと苦笑いを浮かべそうになるのを必死に堪える。

 まだメローナはヴィクトール達が学院に侵入できた事に気付いて居らず、レイラを甚振ろうと余裕を見せている。

 そんな相手にわざわざ情報を渡してやる義理もない。


『そういう君はどうなのかネ?まさか辺境伯の御子息が死んでしまっているなんて事はないのよネ?』

『勿論ピンピンしてるわよ。ただ、貴方と一緒で厄介な奴が目の前にいるけれど』


 メローナの懐に潜り込み、拳を突きこむと見せかけて後退しようとする足を賦活任せに蹴り払い、蹈鞴を踏んで下がった頭部に〝鎧通し〟を叩き込む。

 大きく顔を仰け反らすメローナを背景に、とうとう衝撃に耐えられなくなった手甲の一部が弾け飛んでいくのを眺めながらヴィクトールに現状を伝える。


 魔蟲を従えた魔人が眼前に居ること。

 魔力を吸収する性質を持っていること。

 武器が役に立たず、拳もいまいち効果がないこと。

 

 包み隠さず、自分が不利である事も臆面もなく告げたレイラはヴァレラル達を背に庇うように立ち、忌々しげな気配を向けてくるメローナの無機質な瞳を見つめ返す。


『どうやら運の悪い人間がいるみたいだネ』

『あら、自己申告するなんて殊勝な心構えね』

『そういう事を言うから悪い運を引き込むんじゃないのかネ?』


 軽口を叩きながら、忌々しげな気配を漂わせているメローナを牽制し続ける。

 目線で、立ち位置で、構えでメローナが強硬策へ出ないように警戒させつつ、レイラはヴィクトールに念話を飛ばす。


『ヴィク。貴方、どうにかしてこっちに来れないかしら?』

『……手は、なくもないヨ。君、魔術作用概論は学院で触れたかネ?』

『一応は。あくまで基礎的な部分までなら暗記しているつもりよ』

『それだけで十分だヨ。これから伝える事を君の血で書いてもらえるかネ? ではまず術式の上点をーー』


 それだけ言って一方的に魔術用語を羅列するヴィクトールの念話を暗記しつつ、動き出そうとするメローナの機先を制し、俊足で懐へ潜り込んだレイラが拳を脇腹に叩き込む。

 受け止めようと身を固めたメローナに反し、レイラの拳は軽く触れる程度の威力。

 拍子抜けする衝撃にメローナの巨体が僅かに泳ぎ、作られた防御の隙間を縫って頭部を蹴り上げる。

 

 跳ね上がる首。


 着地と同時に更に踏み込み、腰を捻り、最小限の挙動で拳へ勢いを載せてがら空きの脇腹へ再度叩き込もうと動くレイラ。


「っ! 手癖の悪い尻尾ね!!」


 しかし視界端に紫玉の陰が映り込む。

 咄嗟に拳打を取りやめ、〝斬り裂き丸〟を間に差し込めばメローナの尻尾が強烈に打ち据えてくる。

 今の体勢で受け止めるのは不可能と断じたレイラは打擲の勢いに身を任せ、弾き飛ばされてる方向に合わせて自ら跳んで床を盛大に転がっていく。

 

 衝撃を分散させるように転がっていくのを〝斬り裂き丸〟を床に突き立てて強引に止め、即座に起き上がったレイラは身を投げ出すように前へと飛び出す。

 直後、床材を砕く衝撃を持ってメローナの巨体が降り立った。


『まったく、往生際が悪いこと。いい加減無駄な抵抗などお辞めになっては如何?』

「お生憎様。前世で悔いを残してから、諦めるぐらいなら意地汚くともやり遂げる事にしているの」

『減らず口を』


 再び睨み合うメローナとレイラ。

 怒気はなく、しかし明確な殺意を込めた視線が交差する様は戦い慣れたものですら震え上がらせるほどに怖気をもたらすほど鋭い。

 

 故に誰一人、メローナですらレイラが意識の半分を念話へと傾けていることに気付いていなかった。


『ーーーーで、それを最期に〝大鶫の足跡〟を古語で締めて、上点の〝天与の鎖〟と結べば術式は完成だネ』

『私、起点具は持っていないのだけど』

『あぁ。それはあくまで楔、私が使う魔術の道標だから君に起点具は必要ないヨ』

『楔に道標、ね。もしかして今の書いた術式の上に立てって事かしら?』

『うむ、察しが良くて助かるヨ。コレは物を入れ替える魔術だからネ。平坦な面、かつ地面と水平なところに書いてくれると私としては嬉しいヨ』


 気軽に言ってくれると顔を顰めながら振り下ろされる爪先を潜り抜け、振り上げられる拳を跳んで躱し、追い縋る尻尾を蹴って弾いたレイラは詰められた距離を再び開ける。

 更に追撃で迫るメローナを右に左にとかわしながら、平坦かつメローナに気付かれずに魔法陣を書ける方法を考えるが、そう簡単に見つかれば苦労はない。

 そう吐き捨てそうになったとき、ヴァレラルの姿が目に入る。


「……ふむ、使える物は全部使いましょうか」


 躱したレイラを追う長い尾を掻い潜り、背後に回り込んだレイラは戦闘の余波で脚の折れたテーブルの天板を鷲掴む。 

 そして重化の魔術の範囲を限界まで引き伸ばし、ヴァレラル達から離すようにメローナへと叩き付ける。

 ただの天板だと油断していたメローナを見事に吹き飛ばしたレイラはヴァレラルの前に立つ。


「死にたくなければ、念話で指示される通りに魔法陣を書きなさい」


 有無を言わさず念話の指輪をヴァレラルへ投げ渡し、刃こぼれしている〝斬り裂き丸〟で左手の皮膚を切り裂くレイラ。

 骨が砕け、内出血で膨れ上がったせいで鈍っていた感覚が戻ってくるのを確かめる。ついで流れ出る鮮血をくすねていた銀皿へ注ぎ、レイラは事態の説明を求めようとしたヴァレラルを無視して再び前へ出る。


『いい加減死んで下さらないかしら!!』

「言ったでしょう?往生際が悪いのが取り柄なのよ、私!!」


 一撃掠れば致命傷に成りかねないメローナの攻撃を躱し続け、僅かに大振りの兆しを見せた所でレイラはメローナの顔面目掛け左腕を振り抜き、鮮血を振りかける。


『ッ!!悪足掻きを――っぐあっ?!』

「その悪足掻きに足元を掬われていたら仕方ないんじゃないかしら!!」

  

 視覚を奪われたメローナの頭部に鎧通しを叩き込み、矢鱈目鱈に振り回される腕や尻尾を掻い潜ってさらなる追撃を仕掛ける。

 右に左にと打ち据え、鎧通しの拳打と強化任せの蹴りを織り交ぜて一気に畳み掛けていく。

 

 激しく打ち据え、倍する巨体のメローナを一方的に後退させる様は優位に立っているように見えるが、その実損耗はレイラの方が大きく、攻めれば攻めるほどレイラは不利になっていく。


 しかしそれでもレイラは攻め立てる。


 一時、一秒でも魔法陣を書き上げるまでの時間を稼ぎ、毛ほども意識を向けさせない為には必要な出費だった。


『調子にッ!乗るなッ!!』


 血が絡みついて未だに視界を奪われたままのメローナが放つ大振りな一撃。

 今更そんな攻撃が当たる訳もなく、余裕を持って躱すレイラだったが、そこへ二匹の人面蟲が飛び込んでくる。


「鬱陶しいわ――――ッ!?」


 飛び掛かってくる一匹を蹴り返し、突き込まれる毒針を〝斬り裂き丸〟で弾いたレイラが漸く気付く。

 レイラ達を迂回し、回り込むようにヴァレラル達の元へ向かう人面蟲の姿を。


 魔力感知には反応はなかった。


 にも関わらず何故と疑問が脳裏に浮かびかけるが、それに思考を割くよりも早くレイラは身を翻す。

 一匹二匹ならばヴァレラル達だけでも対処はできるだろうが、流石に四、五匹と相手が増えれば万が一が起こり得る。


「く、来るぞ!!」


 健気に迎え撃とうと武器を構える貴族達を横目に、レイラは駆け出した勢いそのままに先頭の人面蟲を蹴り砕く。

 そして後続の二匹目の頭部を〝斬り裂き丸〟で叩き潰し、三匹目の毒針を躱すと同時に尾を脇に挟んで反対側から回り込んでいた人面蟲へと投げつける。


「レイラ、後ろだ!!」

「ッ?!」


 ヴァレラルの声を聞くまで背後の気配に気付かなかったレイラは漸く自分の失態に気付く。

 メローナは魔力を吸収するのだから、レイラが周囲に放っている魔力すらも吸収していたとて可笑しくはないのだ。

 にも関わらず魔力感知に頼り切り、その使いやすさに過信し過ぎていた。

 

 ただ今は反省も、後悔をする時でもない。

 レイラは振り返り、迫るメローナの拳を見て回避もが間に合わないと判断をして〝霞の羽衣〟へ魔力を流そうとした。


「――――っ!!」

 

 しかしその瞬間、レイラの脳裏に疑念が過ぎる。

 もし発動した〝霞の羽衣〟にメローナの特性が干渉したらどうなるのか、と。


 もし解除されるような事があれば無防備な所に拳が叩き付けられ、致命傷にすらなり得るだろう。

 それに部分的に効果が解除され、身体が引き千切られるような事が起きれば目も当てられない。

 更に今日と言う日は行動全てが裏目に出て、何度も失態を重ねてきているせいか、レイラの中でこの選択が正しいのか疑念が湧き出てしまう。


 

 疑念は迷いを生み、迷いは貴重な時間を食い潰す。


 

 そして一秒にも満たない逡巡はレイラから〝霞の羽衣〟を起動する間を奪い、レイラは防御以外の選択を手放してしまった。

 

 さらなる失態に忌々しげに顔を歪めながらも、損失を最小限に抑えるべくレイラは折り曲げた左腕を迫る拳へと身体ごと向け、その間に〝斬り裂き丸〟を差し込んで全力の身体強化と重化の魔術を施し待ち受ける。


 なんとか受け止め、受け流そうと判断したのも束の間――――





「ッ?!」




 


 ――――酷使され続けた〝斬り裂き丸〟が耐久の限界を超えた。

 レイラの圧縮した体感時間の中で長年愛用してきた〝斬り裂き丸〟が砕け散り、メローナの拳がレイラの左腕に喰らいつく。

 


 ――――ぐしゃり 



 〝斬り裂き丸〟を砕いた勢いそのままに手甲の装甲すらも叩き割り、直接レイラの肌に触れた拳は賦活に回されていた魔力を奪い去る。

 そして賦活による頑強さを失った脆弱な人種の骨は見事にへし折れ、メローナと比すれば矮躯なレイラは成すすべもなく弾き飛ばされる。


 視界は何度も周り、制御を失った身体は床を何度も跳ね回る。

 受け身も取れず、無様に床を跳ねても殺しきれなかった勢いそのままに壁へ叩き付けられる。





「――に―――レイ―――――レイラ、今すぐ逃げろ!!」


 

 

 霞む視界の中でレイラが見たのは自分に群がろうと寄せてくる人面蟲の群れだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 実際、霞の身衣使っていればどうなってたんですかね? [一言] 5章楽しみに待ってます!
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