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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
一章 その村、開拓村につき――
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14 その故郷、脱出につき――

 

 一先ず南門の近くにあった一軒家に滑り込んだレイラは即座に耳を澄ます。

 家の中から気配や物音一つしないことを確かめ、その後忍び込んだ家に近づいてくる足音もしないことも確認したレイラは警戒を解いて周囲に目を向ける。

 滑り込んだ家は既に遊鬼ゴブリン達に荒らされた後なのか、家財は引き倒され、叩き壊され、まるで嵐が過ぎ去った後のように酷いありさまだった。

 更に床に散らばった家財のしたには引きずられるようにして玄関に向かって伸びる三本の赤い線が引かれていた。


「確かここはガラリエ一家のうちだったかしら?家族構成は夫婦二人と成人間近の息子が一人、この血痕の量じゃ誰も生きてなさそうね……」


 外へと続く多量の血痕を冷めた目で見下ろしたレイラの家主たちへの興味は直ぐに薄れ、スタスタと物置部屋へと躊躇いなく進んでいく。

 物置部屋も他の部屋と同様に荒らされており、既に目ぼしいものは運び出された後なのか、価値のなさそうなものばかりが散乱していた。

 物置部屋をざっと見渡したレイラは散乱したものの中から小さな樽のようなものを見つけ、拾い上げたレイラは蓋を開けて中身を確かめる。

 蓋を開けた途端、中から漂ってきた生臭い臭いにレイラはニヤリと笑う。


「あとは火種だけだけど、キッチンに残り火があると助かるわね。まったく、こういう時に魔法が使えれば楽なのに困ったものね……」


 獣油で満たされた樽から床に転がっていた掌サイズの壺に獣脂を移し替え、少量の蜂蜜と砂埃を加え、布がはみ出るようにしながら蓋を締める。

 目的の物を入手したレイラは壺を弄びながら台所へと向かい、窯に残った燃えかけの炭で獣脂が沁み込んだ布に火をつける。

 しっかりと布に火が付いたのを確認したレイラは門や城壁から死角となる窓から外へ出る。

 静かに、そして誰にも見つからないようにしながら素早く移動し、レイラは比較的質の良い装備を身に着けた遊鬼達に向かって壺を投げつける。


『X、Xiaqu't hozyioh ozo!?』

『Enonz aquuaqdl!!』



 壺の割れる音。


 炎が燃え上がる音。


 遊鬼や騎獣用の獣たちの悲鳴。


 慌ただしく集まりだす足音。




 レイラは俄かに遊鬼達が騒がしくなるのに合わせて家の陰から飛び出し、防壁へと飛びつくようにしながら一気に駆け上がる(・・・・・)

 2mを超える垂直の壁を駆け抜け、長屋の屋上部分へ登ったレイラの視界には片手で数えられる数にまで減った遊鬼しかいなかった。

 赤い羽根をつけた遊鬼達の多くは、獣舎の近くで質のいい装備の遊鬼達に暴力でもって急かされ、燃え広がった炎を消そうと右往左往している。

 そんな遊鬼達を横目にレイラはちょうど眼前に居た遊鬼の首を掻き切り、持っていた戦斧を奪い取ると、門を上げるために繋がれたロープへと投げつける。

 僅かに弧を描きながら投げられた戦斧は吸い込まれるようにロープを断ち切り、消火をしようとしていた遊鬼の脳天に突き刺さる。


『Uienten aqsen turswyiwozst!!』

「ちょっと気付くのが遅かったわね」


 たまたま見張りとして残っていた弓兵がレイラの姿に気付き矢を放つ。

 だが空を進む矢は既に村の外に向かって駆け出していたレイラの後ろを通り過ぎ、風切り音を背後にレイラは躊躇うことなく防壁を飛び下りる。


『Iurnaqot iaqwen entaqqene!!』


 何事かを叫ぶ遊鬼をしり目に、レイラは一目散に眼前に広がる森へとひた走る。

 顔の傍を矢が突き抜け、続くように風切り音が背後に迫る。


「流石にこの数は鬱陶しいわねッ」


 振り返りながら迫ってきていた自分に当たる矢だけを切り払い、再び身を翻して前を向いたレイラは足に込める魔力量を増やしてさらに加速する。

 それを数度繰り返しながら、地面を抉り、草を引きちぎる勢いまで速さを増したレイラは、数歩で遊鬼の狙いを置き去りにする。


 遊鬼達の腕が悪いのか、それとも使っている弓矢が悪いのか、二〇〇メートルほどの距離を駆け抜けた頃には、降り注ぐ矢の数は散発的になり、狙いも荒くなる。


 更に走り続けるとレイラの近くへ到達する矢は極端に減った。

 門を開けるためのロープも斬り、防壁の上から外へ出ようにも、長屋の屋上へ上がるには各部屋にある梯子を上らねばならず、四足歩行の騎獣では梯子を登るのは難しい。

 森までの距離があと半分となってレイラは村を脱出できた核心を抱き、ほくそ笑む。


 体躯が小さく、膂力も体格相応、多対一でレイラを仕留められない程度の遊鬼では森での動き方を熟知しているレイラを追うことは不可能だと考えて間違いない。

 足の速い騎獣がいるならまだしも、南門から出られないのならば考慮するにも価しない。

 振り返った視界には質のいい装備をした方の遊鬼達が壁から飛び降りてくるのが見えた。

 遠距離武器で仕留められないと判断したのだろうが、遅きに逸した判断である。


「へぇ、判断は遅いけど遊鬼の中にもやり手はいるみたいね」


 十体ほどの遊鬼達が後を追ってきているが、その中でも三体の遊鬼が他の遊鬼達よりも抜きん出た速度でレイラを追ってきている。

 その三体の速さはレイラと同等か、やや速い程度だろう。

 森に入るまでに追いつかれることはないが、かと言って引きはがすことも出来ない。

 森の中に入るまでに引き剥がせなければ遊鬼達を森で撒かなければならなくなり、それには何かしらの偽装工作をするために時間と労力を掛ける必要が出てくる。


 だがレイラに長いこと偽装のような余計な事に時間を費やすことはできなかった。


 時間が掛かれば開かない南門を迂回した騎獣が三体の遊鬼達と合流し、追跡してきている遊鬼の示唆で足の速い騎獣たちに追いつかれるかもしれない。

 今は魔力が全身に漲り疲労も異常も感じないが、今日以上に魔力を使い続けた経験がないため、今後どのような影響があるかもわからない。


 そして何よりバルセットまで徒歩で三日、ダルトンに持たされた食料はもって一日分しかない。

 更に二日掛かる道のりがあり、食料は心もとなく、常に警戒を要するのだから、疲労を抑えられるのなら抑えておきたいという心があった。


「はてさて、どうしたものかしら……」


 僅かに悩む素振りを見せたレイラは持っていた手斧をベルトに着け、持ち出した狩り道具一式の中から投石紐(スリング)を取り出した。


 器用に走りながら落ちていた石を拾い上げるレイラ。

 そのまま手早く石を包んだレイラは投石紐を回して速度をつけると、足を止め、振り向きざまに掴んでいた紐の片側を手放した。

 十分に魔力で満たされた石は放物線を描きながら遊鬼の弓矢よりも速く空を切り裂き、三体の遊鬼の内、先頭を走っていた遊鬼の顔面にめり込んだ。


「まず一つ」


 先頭の遊鬼がやられたと悟った他の二体は即座に散開し、二方に分かれてレイラに向かう。

 それらをきっちり視界に収めながら、レイラは地面に埋まっていた石を器用に足で掘り出し、蹴り上げると即座に掴んで投石紐で包みながら回転させる。

 右手側から向かってきている遊鬼に狙いを定め、動きの先を読んで石を投げつける。

 だが石は命中する直前、魔力が籠り強度と威力が増しているはずの石が遊鬼によって叩き落された。


「あら凄い。なら、これはどうかしら?」


 別の石を準備したレイラは投石紐を回転させるが、今までは縦に回していたのを横向きに変え、サイドスローの要領で投げつける。

 今度はほぼ地面を這うように、それでいてカーブを描いて飛び出した石は遊鬼へと向かい、その身に届く直前で地面に落ちる。

 武器を構えて待ち構えていた遊鬼は拍子抜けしたかのように動きを止めたが、その直後に何かに殴り上げられたように仰け反りながら体を宙に浮かし、倒れてからはピクリともしなくなる。


「これで二つ。残りは一つね」


 更に石を手にしたレイラはさっきと同様に投石紐を回し、同じように遊鬼に届く寸前で石が落ちるように投げつける。

 そして落ちた石は地面に当たると、土煙をあげて跳ね返り、下から突き上げるようにして遊鬼の喉元に突き刺さる。


「これで三つ。私を捕まえるには実力が足りなかったわね」


 いやに足の速かった遊鬼達を倒し、他の遊鬼達との距離も十分に離れているのを確かめたレイラは森へと向き直り、再び走り出した。

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