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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
134/221

27 その試合、終わりにつき――

 

 急速に萎えていくやる気に鞭打ち、レイラは再び鍔迫り合いへと持ち込んだ。


「グッ?!」


 しかし今度はエイサムに話しかけるようなことはせず、即座に剣を弾くと同時にがら空きとなっている相手の腹に前蹴りを叩き込む。

 いくら鎧に守られていようと体重と勢いを乗せた蹴りの衝撃は伝わる。それが鉃靴に包まれた足であれば尚更だ。

 蹴りの勢いを利用し再び距離をとって相対しなおせば、周囲のざわつきが耳に入る。

 

「卑怯者めっ!」

「汚いぞっ!!」


 鎧に守られた人間への有効な攻撃手段など打擲が主であるにも関わらず、レイラが蹴りを入れたのが気に食わなかったのかノルウェア大陸側の生徒達から非難の声が上がる。

 一応としてレイラが審判役のティギルへ視線を送れば、咎められることはなくただ肩を竦められるだけだった。


「どれだけ見目を取り繕うと、やはり野卑な冒険者上がりらしい野蛮な戦い方しか出来んようだな……」


 相当良いところに入ったらしく、くぐもった声を漏らすエイサムの物言いにレイラは思わず笑ってしまう。

 周囲の間抜けさもそうであるが、鉄芯入りの木剣を使うエイサムがそれを言うのかと思うとより笑いが込み上げる。


「なにが可笑しい!!」

 

 心底可笑しいとばかりに笑う声が気に食わないのか、エイサムに睨み付けられるがレイラはそれでも構わず笑い続ける。

 

「だって、あまりに世間知らずで夢見がちな方が多いんですもの。これを笑わずに居るなと言う方が無理というものでしょう?」


 敢えて周囲に聞こえるように、嘲けりを隠しもせずにレイラは宣う。

 何でもありの実戦に近い決闘を申し込んでおいて、作法だの何だのとおかしな事を宣うなど滑稽以外の何者でも無いだろう。

 しかしレイラは言葉に含まれた真意まで語りはしない。

 

 勝手に想像し、勝手に憤っていればいい。


 こうしてレイラの悪評が彼等の間で広がれば、騎士階級の彼等を通して貴種達の目もレイラへ向けられる事となろう。

 そうすればよりヴァレラルが動き易い環境となり、接触を持つ機会が生まれやすくなる。


「作法も知らぬ平民風情が宣うな!!」

 

 最早エイサムの事など眼中にないレイラ。

 怒気を孕んだ振り下ろしを踏み込みながら最小限の動きで躱し、木剣を振り上げる――――と見せ掛けながら、瞬時に順手で持っていた木剣を逆手に持ち替え面覆いへと突き込んだ。

 首元を狙った一撃と同じような軌跡を描いた切先は、しかし今度は躱されることなく面覆いを強かに叩く。

 

「くッ!」

 

 先の首元を狙った一撃。

 あれは死角に置きながらも躱された。

 しかしそれは死角に入られる事を前提にレイラの動きを把握し、切っ先以外の挙動から打ち込んでくる瞬間を読んだのだ。

 鍛錬なしには会得し得ない見切りだが、実戦経験によって一段上へと昇華しなければ結局は道場武術の域を出ない。

 

 現に鍛錬の中ではやらないような挙動をすれば、案の定対応できなくなった。

 

 そしてお返しとばかりに雑に振るわれる木剣に自身の木剣を添わせ、柔らかく受け流して大振りさせたレイラはガラ空きとなった脇の下へ木剣を叩き込む。


 肩の可動域を広くするため脇の下には装甲が無い。そこへ諸に木剣の打擲を受けたエイサムの動きが止まる。


「ぐぁ?! 」

 

 蹈鞴を踏むエイサムの背後に回り込み、同じように膝裏へ木剣を叩き込んだレイラは嘆息する。

 

 腕を斬り落とされた訳でも、短刀を付きこまれた訳でもないのに動きを止めるとはなんとも情けない。

 

 遊鬼(ゴブリン)ですら腕を斬り落とされても即座に反撃してくる個体もいると言うのに、コレが名門とされる騎士家の実力なのだと考えると、呆れを通り越してクゥイスラ王国の将来すら不安になってくる。

 

 そんな益体もない事を考えながらも流れるように身体を回し、勢いを味方に付けたレイラは膝を付くエイサムの後頭部目掛けて木剣を振り抜いた。

 

 直前の勢い。

 絶妙な体重移動。

 

 さらには全身の筋肉を余すことなく使って放たれた一撃は正確にエイサムの後頭部を捉え、エイサムを豪快に地面に叩き付け、僅かに歪んだ木剣は粉々に砕け散った。


「……」

「……」

 

 喧しい音を立て勢い良く倒れ込むエイサムとは対象的に、野次を飛ばしていた周囲は静まり返っていた。


「しょ、勝者!レイラ・フォレット」


 倒れてからピクリとも動かないエイサムを見て我に返ったティギルが慌てて勝者を告げれば、他の教官たちが大急ぎでエイサムの元に駆け付けた。


「え、エイサム殿!!ご無事ですか?!」

 

 甲冑を正しく着込んでいようと、歪んだとはいえ木剣が砕けるほどの衝撃を受ければ中身も無事では済まされない。

 最悪死んでいる可能性に教官たちが顔色を青くして歪んだ兜を外せば、僅かばかりにエイサムは反応を見せた。

 

 そして言葉もなく安堵している教官たちの片隅でレイラはエイサムの木剣を拾い上げる。

 やはりというべきか、その木剣は普通の物より遥かに重く、真剣と変わらない重みのそれが鉄芯入りであるという事の証左だった。


「おい、編入生!!貴様、自分が何をしたのか理解しているのかッ!!」


 エイサムに阿っているらしい教官が木剣の握りを確かめているレイラに怒声を挙げるが、レイラは視線を向ける事すらしない。

 そんな態度が気に食わないのか、尚もレイラに言い募ろうとする教官の前で木剣を両手でゆっくりと持ち上げる。


「……ッ?!」

「差し上げるわ」

 

 そして身体賦活を施し、一息で鉄芯ごと木剣をへし折ったレイラは鉄芯が露出した柄を教官へと投げ渡す。

 エイサムが不正をしたと言う明確な証拠を前に言葉を失くす教官たち。


 正々堂々戦ったレイラに対し、不正をしたエイサムが実力で捻じ伏せられた。

 多くの観衆がいる中で明るみになった事実は覆しようもなく、この場でレイラを糾弾する術はなにもない。

 

 仮に術があった所で、実際に糾弾できたかどうかは怪しいところだった。


 なにせエイサムを捻じ伏せた連撃は、多くの生徒を見てきた教官たちをして見事と唸らざるを得ない物だった。

 そこへ鉄芯入の木剣すらもへし折る身体賦活が合わされば、教官たちですら相手になるか疑わしい。


 もしレイラの刃が自分達に向けられた時の事を考えてしまい、彼等は動けなかった。


 そしてそんな事は絶対にあり得ない。

 そう断言出来ぬ凶暴さをレイラの振るう剣から感じ取ってしまっていた。


「預かってくれててありがとう」


 引き留める声もないため、エイサムを医務室へ運ぶよう指示を出すティギルの声を背に呆然としているラライネから武具一式を受け取るレイラ。

 さも何事もなかったかのように武具を手に離れていこうとするレイラを見て、ラライネは漸く正気に戻ることができた。

 

「レイラ殿!何処へ行かれるので?!」

「この騒ぎだともう講義どころではないでしょう? 汗もかいたし、次の講義の前に湯浴みをしに行くだけよ」


 その騒ぎを起こした張本人が何を暢気な、と喉まで出掛かった言葉を飲み込み、ラライネは必死に状況を整理する。

 ラライネの予想ではレイラの勝利は確定していたものの、もっと穏当な物になると思っていたのだ。


 しかし蓋を開けてみればどうだ。


 ただ勝つだけでなく、一切の忖度なく圧倒的に不利な状況から一方的に捻じ伏せた。

 それは穏当とは程遠い、至る方面に敵を作る暴挙に等しい結果である。


 レイラは確実にノルウェア大陸側の貴族達を敵に回した。特に武家や騎士階級にある者たちの顰蹙を買ったのは間違いない。

 例えエイサムが叙勲前で彼から仕掛けた事とはいえ、レイラの行動は見方によれば統治される側の平民による弑逆とも取れるのだ。

 

 それは安穏とした統治に慣れきったノルウェア大陸の貴族達には刺激が強過ぎる。


 ラライネですら貴族位の者達がどのような反応を見せるのか予想が付かず、即座に絞首台へ送られるような事はないだろうと言う曖昧な予想図しか描けない。

 にも関わらず、事を起こしたレイラは事の重大性を理解しているのか疑わしくなるほど軽い調子で去って行こうとしている。

 

「レイラ殿、お待ちください!!」

「なにかしら? 私、魔法を使えないからお湯を沸かして貰うのに時間が掛かるから手短にお願いできる?」


 魔法を扱えないと言う噂は本当だったんだな……などと場違いな感想を抱きたくなるほど軽い声音にラライネは怒鳴りたくなる衝動を必死に抑え込む。

 そして訴えてくる幻痛を誤魔化すように眉間を揉み込みながらレイラを見る。

 思わず睨みつけるような目付きになってしまったが、それだけの事をしでかしたのだという思いを込めてラライネは直す事はしなかった。

 

「レイラ殿、本当にこれからどうなるかお分かりなのですか?」

「えぇ。分かっているわよ。貴族のプライドも、矜持も、自負も傷付けて、彼等の小さい肝っ玉を蹴り上げたのよね」

「肝っ……え、えぇ、しかしそれを分かっていながら何故そうも平然としていられるのですか?」

「何故って言われても、彼らに出来ることなんてそう多くはないからよ」


 突然の下町口調に面食らいつつもなんとか聞いたラライネにレイラはこともな気に言った。






 彼等の中に辺境伯へ物申せる者はどれだけいるのか、と。






 

 レイラに言われ、ラライネは思い出す。

 彼女を学院へ編入させたのは辺境伯その人であることを。

 アルムグラード領の一地方を預かる代官でも、傍流や一門衆でもなく、アルムグラード辺境伯その人の推挙によって自ら分厚い横紙を破ってまで入れた肝入りである。

 

 そんなレイラに真っ向から手を出せば、それ即ち辺境伯への明確な敵対行為だ。

 いくら中央への影響力は少ないと言っても、辺境伯は並いる貴族家など比べるべくもない王家からの信任と権力を有している。

 でなければ王家の目が行き届かない北方鎮護の役目を負える筈もないのだ。

 そして比肩する者の方が少ない権力者の辺境伯を相手取って、政争を仕掛ける命知らずはそうは居ないだろう。

 


 しかし誰もが理知的な判断をできる訳ではない。

 それは貴種ですら例外ではなく、辺境伯の権力を甘く見て短慮を起こすものは必ず現れる。

 

 まだレイラを足掛かりに政戦を辺境伯に仕掛けるのならば良い。

 だがもし大陸を渡った先にいる辺境伯ではなく、身近にいるレイラを狙う者が現れでもしたら――――


「――――」

「…………ッ!!」

 

 その危険性を告げようとして――――しかしラライネは言葉を飲み込んだ。

 

 飲み込まざるを得なかった。


 レイラが浮かべる昂然とした笑み。

 経験と実力に裏打ちされた自負と、自ら野蛮な冒険者と言う道を選んだ者に相応しい獰猛さを感じさせる瞳。


 それらを前にして掛けられる言葉をラライネは持ち合わせてはいなかった。

 そしてラライネの直感が外れることはなく、レイラはその尽くを返り討ちにすることだろう。

 

 エイサムと同じように。

 エイサムよりも苛烈に。


 言葉を失くしているラライネに背を向け、今度こそ去っていくレイラを見送りながら思う。


 これから、かつて無いほど学院は荒れる事になるだろうと。

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