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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
122/221

15 その横槍、無粋につき――

投稿する時間をほんのちょっと変更しましたので今後はこの時間での更新となります

 

 地を這うほど姿勢を低く保ち続け、渾身の一撃を空振りして隙を曝す鉱鍛人目指して一息で距離を詰めようとするレイラ。

 当然相方である矮人が許すはずもなく、レイラとの間に割って入って刃を振るう。


 鎧の護りを抜き、確実に急所となる首を狙った一振り。


 しかしレイラはそんな一撃に構わず足を進め、間近に迫った刃を僅かに態勢を変えて装甲の施された肩当てで受ける。

 そして身体賦活で強化された脚力と倍増した自重でもって強引に押し込み、振るわれた剣ごと矮人の身体を弾き飛ばす。


 肩越しに何本か骨の折れる感触を感じながら、邪魔物を廃したレイラは鉱鍛人へと迫る。

 一秒にも満たない僅かな時間で互いを間合いに収める二人。


 先に動いたのは鉱鍛人。

 地面に刺さっていた斧を切れ替え、踏み込みながら振り上げる。

 対してレイラも地面を踏み締め、走る勢いを全て乗せて〝斬り裂き丸〟で大斧を迎え撃つ。


 お互いの刃が激突するまで瞬きよりも短い間の中、レイラは鉱鍛人の大斧に紋章付与が浮き上がるの見逃さなかった。


 レイラは即座に刃の軌道をずらし、大斧の側面を〝斬り裂き丸〟が擦れるようにしながら空振りさせる。

 〝斬り裂き丸〟の真横を通過し、面頬を削る勢いで寸先を通過する大斧には気にも止めず、レイラは空振りしたはずの〝斬り裂き丸〟を見つめ続けた。


 そして次の瞬間――――










「やっぱり、そう言う仕掛けだったのね」










 ――――何もない空間を裂いた筈の〝斬り裂き丸〟から金属が打ち合わされる硬質な音が響き、レイラの腕を衝撃が襲う。


「ッ?!」


 身体賦活をしてなお痺れる腕に顔を顰めつつレイラが鉱鍛人を見やれば、相方の矮人が吹き飛ばされても顔色一つ変えなかった鉱鍛人の瞳が驚愕と戸惑いに染まる。


 重厚な大斧相手では生半な剣や盾で受けようものならは初撃で破砕し、がら空きとなった生身に不可視の一撃を叩き込む。

 それが鉱鍛人の刺客が常に標的を屠ってきた手段なのだろう。


 仮に初撃を躱しても、大斧とは違う軌道を描く不可視の一撃は紙一重の回避を許さない。

 魔具のように警戒されることはなく、魔術や魔法のように察知されることもない。

 武器に秘された仕掛けを解かれることはなく、幾度も標的を屠ってきたに違いない。


 それ故の自負。

 それ故の自信。


 しかし確固たる自信が揺らいだ時、人は酷く脆くなる。

 そして驚愕は僅かに思考を硬直させ、戸惑いは動きを鈍らせる。


 多くの場数を踏んできた刺客の動きは目に見えて止まることはない。

 しかしほんの僅かに、誤差の範疇でしかない小さな小さな遅れを生み、それは今この場ではあまりにも致命的だった。


「先ずは右手」

「ッぐ?!」


 今の間合いでは不利だと即断して振り抜くのに合わせて大斧を手放し、腰に据えられた大鉈を引き抜いた鉱鍛人の手首を切り裂くレイラ。

 切り落とすには浅かったものの、腱を切られて取り落とされる大鉈を蹴り飛ばしながらレイラは満面の笑みを浮かべる。


「お次は左手」

「ぐがぁぁあああ!!!」


 レイラの宣告に理性を投げ捨て、獣のように殴り掛かろうとする鉱鍛人の拳を躱し、レイラは宣言通りに左手首を切り落とす。

 激痛に悲鳴すら挙げられないにも関わらず、一切敵意を失わない鉱鍛人の瞳にレイラの下腹が煮え滾る溶鉄を飲んだが如く熱くなる。


「好いッ!!好いわねッ、その瞳ッ!!」


 腹の奥底から湧き上がる熱い滾りの趣くまま嬌声を上げ、レイラは〝斬り裂き丸〟を振るった。


 軽やかに銀線を描く〝斬り裂き丸〟は人種の一回りは太いだろう喉笛を掻き切り、溢れ出る血潮を浴びるのも気にせずレイラは自身へと向けられた憎悪の瞳を味わい続ける。


 そして鉱鍛人が事切れる至極の瞬間が迫り――――













 ――――心臓を狙い撃つように鉄矢が飛来し、レイラは回避を余儀なくされた。

 余裕を持って躱し、追加で飛来する矢を打ち払ったレイラは舌打ちを零す。


「本当に、鬱陶しいわねぇ……」


 次射が来ないのを確認してから鉱鍛人の居る場所に目を向けるレイラ。

 そこには首元を抑えながら前のめりに倒れ臥す鉱鍛人の姿があり、その瞳がどのように〝彩〟を失って行ったのかは今のレイラから伺いようがなかった。


「…………」


 ついさっきまでは腹の奥底で煮え滾っていた熱は一瞬にして冷え切り、代わりにグツグツと煮え立つ苛立ちに変わる。


「……ねぇ、ヴィク。アイツ邪魔なんだけど」


 レイラに自覚はなかったが、離れたヴィクトールへ届くようにと張り上げた声は感情が排され酷く重く響く物だった。

 棒立ちになったままヴィクトールを見るレイラにこれ幸いと刺客たちが押し寄せる。


「そう言うなら、君がなんとかし給えヨ!!」


 レイラよりも積極的に弓手達に狙われ、地上の刺客にも絡まれていたヴィクトールに苦情を言えば、返されるのは至極当然の答え。

 仕方ないと呟き、振るわれる刺客達の刃を潜り抜けたレイラは城館の壁を見上げる。


「意外と高いわねぇ……」


 当然、中庭から屋根に上がる為の通路などはなく、駆け上がるにしても取っ掛かりとなる箇所も少ない。

 無理をすれば登れないことはないが、手間取れば弓手達にとっては絶好の的となろう。


 また飛刃を使うには遠く、放った魔力は弓手達の元に届く頃には大気に霧散して傷をつけられるかも怪しい物だ。


 故郷に居たときから使っている投石紐も手元にはあるが、ヴィクトールの魔術に反応して回避できる弓手達には通用しないだろう。

 となると、レイラだけでは屋根上を陣取る弓手達を始末するのは難しい。


 ならば、先ずは中庭の中にいる鬱陶しい連中――――特に魔銃を持った鬱陶しい刺客を始末するか。


 そう考えながら散発的に飛んでくる矢を意に介さず、〝斬り裂き丸〟を仕舞い、代わりに落ちている大斧を拾い上げる。

 そして身体の前で傾斜をつけて掲げれば、斧頭に軽い衝撃が走る。


 自身に突き刺さる忌々しげな視線を辿れば、魔弾の射手がレイラを睨み付けていた。


「そんなに見つめなくても相手してあげるわよ」


 次弾が放たれるまでの僅かな間。

 その間に周囲を見渡し、鉱鍛人と矮人ほどの使い手が中庭には居ないらしいことを確認してからレイラは走り出す。


 重化の魔術と身体賦活があって初めて振るえるほど重い大斧を雑に振るい、行く手を阻もうと寄せてくる刺客たちを薙ぎ払ったレイラはもう一度大斧を盾のように掲げる。


 再びの軽い衝撃。

 だが今度はそれだけでは終わらず、タイミングを合わせて鉄矢が放たれていた。


 レイラは即座に〝疾風の首飾り〟を起動し、最小限の動きで鉄矢が描く軌道の外に身体を置いた。。

 そしてその動きすらも出足の挙動に絡め、レイラは失速することなく魔銃持ちへと迫り続ける。


 都度二回。

 レイラが迫るまでに受けた攻撃の回数であり、魔弾の射手が出来た抵抗の回数でもある。


 あと一歩で大斧の間合いに届くと言ったところで放たれた鉄矢を躱し、レイラは目だけでも分かるほど怯えを携える魔銃持ちに大斧を振り下ろす。


「ひっ――」


 幸か不幸か。

 身に馴染まぬ武器故、レイラにしては珍しく技巧もクソもない力任せな振り下ろし。

 そこへ足を縺れさせて転び、掲げる形になった魔銃によって大斧が描くはずだった軌道が変わった。


 魔銃を豪快にへし折り、盛大に地面を叩くだけに終わった大斧を見て安堵しかける刺客。

 だが安堵の息を吐く間もなく、遅れてやってきた不可視の一撃が投げ出された脚を叩き切った。


「ぎゃぁぁああああああ!!!」


 他の刺客などと比べ、情けなくも悲鳴を挙げる刺客へ醒めた目を向けたレイラは大斧を手放し、迫る鉄矢を〝斬り裂き丸〟で弾き飛ばす。


 何故か片脚を失った刺客を狙っていた鉄矢がひしゃげながらも地面を穿つのも見届けず、レイラは激痛に蹲る刺客を指差しながらヴィクトールへ振り返る。


「ヴィク、これ!!」

「あ? ったく、仕方ないネ!!」


 主語を抜いた言葉ではあったが、レイラの意図を察したヴィクトールは指差された刺客を分厚い結晶で包み込む。

 その直後、やはりレイラではなく魔銃持ちを狙った鉄矢が結晶に突き刺さるが、セララリルの時と同じく護りを破るには至らなかった。


 他の者たちと比べて覚悟のなっていない刺客。

 滅多に手に入らない希少な魔銃。

 無力化されるや否や仲間に狙われた理由。


 大方今回の襲撃の見届け役か、襲撃の発起人が送り込んだ人員なのだろう。

 恐らくプロの暗殺者ではなく、発起人が最も信頼している人物のはず。


 襲撃を企てた人物と繋がる人間ならば、辺境伯へと贈る手土産としては丁度良かろう。


 脚を切り落としているものの、ヴィクトールが結晶で包み込む直前に止血の魔法薬を放り込んでおいたため小一時間は持つはずだ。

 仮に自害や失血で死んでいたところで、物言わぬ死体からでも情報を引き出す手立てはいくらでもあるものだから、文句を言われる筋合いもないだろうろう。


「はぁ、面倒だけど仕方ないわね」


 政に関わるなど真っ平御免なレイラであるが、既に絡め取られているのであれば少しでも実績を積み、逆に辺境伯やセララリルを利用できる立ち位置を得た方が建設的だとの判断だった。


「……しかし、こうも無視されるとつまらないわね」


 妙に静かになった周囲を見渡し、レイラは溜め息を吐く。

 レイラとヴィクトールを襲っていた刺客達の狙いは、この数秒の間でヴィクトールへと移っていた。


 それもそのはず。


 標的であるセララリルは勿論、発起人と繋がる魔銃を持った刺客を護っているのはヴィクトールただ一人。

 しかも魔術による護りは非常に強固で、力尽くで仕留めに行くこともできない。


 故に刺客達に残された手立ては魔術を発動しているヴィクトールを殺し、二人を護る結晶を解くしかないのだから。


 隔離の結界が張られてから随分と時間も経っており、いつ異常に気付いた人間が結界を破るか分からないとくれば尚の事。

 レイラと言う危険分子を無視しなければならないほど、刺客たちは追い詰められているのだ。


「さて、どうしようかしらね……」


 やる事は既に決まっているものの、そう呟いたレイラは足元を見る。


 地面に深々と突き刺さる大斧。


 手に馴染まない獲物だったが、仕掛けには珍しく興味を引いた。

 それに大きな得物というのも悪くなかった。


 ウィリアムとの一件以降、レイラは大きく硬い相手を不得手としていることを自覚した。


 特に戦斧の魔具は今のレイラには役不足となりつつある。


 既に数ヶ月前の時点でウィリアムの身体を両断できなかった。

 戦斧の魔具は刃を実態を持たず、魔力で形成されているが故に〝斬り裂き丸〟と同じように刃に乗せた技が十全に伝わらないのだ。

 その上、戦斧自体が軽すぎるせいで威力が足りない。


 その点、この大斧ならば実体を持ち、重量もあることから生半な護りなら容易く破壊できる。

 更に遅れてやってくる不可視の一撃も加われば、ヴィクトールが本気で守りのために創り上げた結晶をも砕ける自負がある。


 戦いの場に限れば、貰っていっても損はないだろう。


「でも長旅に持っていくには重すぎるのよねぇ……」


 しかし常時装備しておくにはあまりに重すぎた。

 レイラが常人よりも多くの魔力を有しているとしても、常に身体賦活を施せるわけではないのだ。


 斧頭はただでさえ重い黒鉄鉱をふんだんに使用しており、刃の部分だけでも指一本半もの厚みを持たせているのだから当然と言えば当然だ。

 それに加えて柄も全て黒鉄鉱製となれば、その重量は一〇キロを軽く超えているだろう。


 長旅が基本となる冒険者稼業では移動の際には食料に野営道具や武具、鎧櫃に仕舞った鎧も持ち運ばなければならない。

 そこへこの大斧を加えれば、旅程に悪影響が出るのは明らかだ。


「少し惜しいけれど、武器の新調はまた今度考えればいいものね」


 悠長に物思いに耽っていたレイラは弓手と地上の刺客に絡まれ、忙しそうにしているヴィクトールを見る。

 息つく間もなく刺客達の相手をしているヴィクトールだったが、まだまだその表情には余裕が垣間見えた。

 ならば、もう一つぐらい仕事を増やした所で問題はなかろうとヴィクトールにとって無情な判断を下し、レイラは手近にある壁を指差した。


「ヴィ〜ク〜」

「分かっているヨ! まったく、人使いの荒い相方だ、ネッ!!」


 間の抜けた声でレイラが呼び掛ければ、刺客の一人を〝エルダンシアの柩〟で殴り飛ばしたヴィクトールが仕込み杖を振るう。

 直後、城館の壁に拳一つ分の足場とも呼べない突起がいくつも作り出された。


「さて、私の至福の時を邪魔したツケを払ってもらいましょうか」


 大弓の射手へ酷薄な瞳を向け、レイラは面頬の内側で口元を獰猛な色で染め上げる。

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