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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
四章 その騒乱、兆しにつきーー
108/221

1 その者、新たな逸話につき――

お待たせ致しました。

四章が書き終わりましたので推敲が終わり次第順次投稿していこうかと思います。

過去最長の約26万文字となりますが、お付き合い頂けたら幸いです。


※2024.2.6 全編を通し表記ゆれを修正しました

 

 まだ雪が残り、冬の寒気が居座る早春。

 見渡す限り雪景色の平原に刻まれた一本の黒い筋。

 気の早い行商人達が踏みしめ、獣車が進んでできた泥濘んだ轍を大規模な一団が進んでいた。

 幌付きの獣車は二〇を超え、同道を求めた背負子を担いだ商人や旅人、詩人、そして彼らを守る護衛を含めれば二〇〇人にも届くその一団は喧騒に包まれていた。

 否、喧騒と呼ぶにはあまりに悲痛な声が多かった


 彼らは襲撃を受けていた。

 アルブドル大陸ではそう珍しいことでもなく、人が暮らすために作られた安全な領域を離れた者なら誰もがそう言った最悪の事態は想定しているもの。

 しかし襲撃を受けた護衛以外の彼らの心構えは些か足りておらず、そのせいで被害は拡大していた。


 ただ彼等を謗るのは酷というもの。


 なにせこの一団の発起人はアルムグラード辺境伯であり、一団の主である荷車に載せられた物資は釘や蝶番などの工業物資。

 更にそんな一団の護衛を務めるは辺境伯配下である五騎の獣騎兵とその侍従らしき驃騎兵が二〇、巡察吏にも抜擢されるほど腕の立つ衛兵が三〇人ついていたのだ。

 襲った所で得られる物は少なく、辺境伯の紋旗が掲げられて護衛も潤沢な一団を襲おうと考える者はいないだろう。



 襲撃者が人族(・・)であれば。



 彼等を襲ったのは人族ではなかった。

 三〇を越えるゴブリン、狼人と似た形質を持っていながら四眼と異常に発達した四肢を持つ狼鬼が一〇体。

 更に魔獣を複数引き連れた襲撃者に襲われた彼等はほとんど恐慌状態に陥っていた。

 混乱する護衛の守備を抜いて喰らいついてくる魔獣に誰もが死を覚悟したとき、一人の人種が声を張り上げた。


「静まれぇぇぇぇえええええ!!!」


 地を揺らす程の怒声に阿鼻叫喚となっていた死地に一瞬の静寂が訪れ、その男はその一間を見逃さなかった。


「戦えぬ者は隊列の中央へ!! 冒険者や護衛は彼等を囲え!!我らは背後を気にせず敵を屠るのだッ!!!」


 金属鎧に身を包み、一際体格のいい騎士の言葉に誰もが冷静さを取り戻す。商人が雇った傭兵や冒険者が作った輪の中に逃げ込みながら詩人であるルステオは安堵した。


 普段から蛮族と刃を交えることの多い傭兵や冒険者、選りすぐりの者達で構成される巡察吏に抜擢されるような強い衛兵。

 そして潤沢な資金で持って教育を施され、高品質な装備を与えられた驃騎兵と騎兵。


 一時は前兆が見られなかった襲撃によって混乱に陥り劣勢になったが、騎士の一声で落ち着けば何ということはない。


 またたく間に一団を襲った蛮族達は駆逐されていく。


 ルステオは襲撃者の半数が斃されたとき、この事件はこれで終わる物だと思っていた。

 遠くに立っていた巨影の咆哮を聞くまでは。




『ルゥォォオオオオオオオオオオオオオ!!』




 先に声をあげた騎士の怒声を遥かに上回り、降り積もった雪すらも崩す咆哮を上げたのは人に倍する巨躯を有した異形の怪物。

 不揃いな牙を蠢かせ、真紅の六眼は常に周囲を探り、長さの違う四腕を組む不遜な立ち姿。それは紛う事なき蛮族、それも上位に近しい喰鬼オークだった。

 最前線と呼ばれる開拓地にあっても滅多に見掛けることのない蛮族の登場に誰もが唖然とする中、英雄詩だけでなく蛮族に纏わる逸話も知るルステオはその喰鬼の正体に気が付いた。

 気付いてしまった。


「〝村喰らいのディオグラドス〟……」

「〝村喰らい〟って、まさかあのっ?!」


 ルステオが無意識のうちに漏らしてしまった言葉を聞き取った冒険者が青褪めた表情で振り返り、縋るような目を向けられたとしてもルステオの答えは変わらない。

 重苦しく頷けば、護衛や同道人達の間に絶望が広がった。




 〝村喰らいのディオグラドス〟




 彼の者に潰された村は数知れず、彼の者を討伐せんと立ち上がった者達は帰ることなし。

 四腕に握るは柱の如き巨大な大剣。

 一振り薙げば大樹が断ち切れ、振り下ろせば巨岩が割れる。

 討ち取った将の首を腰に提げ、喰らった貴種の血染め家紋旗を羽織る悪名高き不遜なる喰鬼。



 その名はディオグラドス。



 人族とは掛け離れた言語体系を有する蛮族の名が、アルブドル大陸に居てその名を知らぬ者は居ないとすら云われるほど広まったのはその脅威からだけではない。





 その惨たらしく、残虐極まる非道故に。






 ディオグラドスは村を配下の蛮族と共に襲い、そこの住人達を根こそぎ喰らい尽くすのだ。


 ただ一人の生存者を除いて。


 気紛れで決めた一人の村人を配下に拘束させたディオグラドスはその者の眼の前で顔馴染みを、友人を、恋人を、家族を生きたまま喰っていくのだ。

 どれほど泣き叫び、代わりに自分を喰ってくれてと取り縋ろうと構うことなく、何日掛かろうと村人全員を眼前で喰い殺すまで拘束が解かれることはない。

 対象が飢えて死にかければその口に村人の血肉を注いで生き永らえさせ、絶望に囚われた村人の前でディオグラドスは人語を操り宣った。


『吾が名はディオグラドス。幸運なる脆弱なる人族よ。吾が名を広め、吾が餌となるその日まで眠れぬ夜を過ごすが良い』


 当然、斯様な事を看過する領主は居らず、とある貴種を旗印にして一〇〇を超える人員を有した討伐隊が編成され、ディオグラドスへと差し向けられた。


 だが討伐隊が帰ってくることはなかった。

 ただ一人、生きたまま四肢を食い千切られ、死なぬ程度に臓腑を食い尽くされた無惨な姿となった発起人以外は。


 以降、凶悪な上に神出鬼没なディオグラドスを積極的に討伐しようと動く者は現れず、ディオグラドスの犠牲者が出たときは運が無かったと諦める他ないとされていた。

 そんな天災に等しい存在がさらなる増援の蛮族を引き連れて現れたことに誰もが心を折りかけた。


「驃騎兵、道を作れ!!私が奴に引導を叩き付けてくれる!!!!」


 しかし一団に喝を入れた騎士の心は折れていなかった。

 奮起した驃騎兵達が騎士とディオグラドスとの間に立ち塞がる遊鬼を蹴散らして道を作り上げると、騎獣から下乗していた騎士は得物を槍から両手剣へと変えて驃騎兵の作った道を突き進む。

 そして遊鬼や狼鬼、魔獣を蹴散らした驃騎兵は長槍の穂先を煌めかせ、気炎を上げながら高みの見物を決め込んでいたディオグラドスへと駆けていく。


「死ねぇ!!腐れ外道がッ!!!!」

「貴様に殺された伯父の怨み!ここで晴らしてくれる!!!」


 泥混じりの雪を蹴飛ばし、ディオグラドスを間合いに捉えた驃騎兵が二方向から同時に槍を突き出した。

 しかしその刃が喰鬼の体を貫くことは無い。


 たった一振り。


 羽虫を払うかのような気安さで振るった大剣によって騎獣の首ごと胴を斬り飛ばされた。


「ペドロ!!ティーダ!!この馬鹿どもがッ!!」


 天高く舞った驃騎兵達の上半身が地に落ちるよりも早く詰め寄っていた騎士は怒りに声を震わせながらも、自身へと迫っていた凶刃へ剣を叩きつける。

 快音と火花が散り、ディオグラドスの振るった大剣は見事に弾き返された。


「ウォォおおおお!!」


 騎士の動向を見守っていた一団から歓声が上がり、その一人でもあるルステオも生還と言う希望を見出した。

 そして熱の篭もった声援を送る中、騎士とディオグラドスは刃を重ね続けて四合目。騎士が四腕に握られた大剣を全て弾き返した時だった。





 ――――バクり。





 大剣を弾かれ無防備に胴を晒したディオグラドスへ迫り、大上段から両手剣を振り下ろそうとした騎士の顔面をあろう事か兜ごと食い千切るディオグラドス。


「嘘、だろ……」


 力なく崩れ落ち、顔面を失った騎士の体が雪と泥で斑になったキャンパスに真っ赤な絵の具をぶち撒ける光景を見届けた一団は静まり返る。

 遠くにあって聞こえる筈のない咀嚼音を聞きながら、ルステオは地面が抜けたように崩れ落ちた。


「脆弱なる人族どもよ、矮小な貴様らが吾が血肉となれることを光栄に思うが良い」


 兜の残骸を吐き捨て、嘲笑うディオグラドスの姿に同道人と護衛たちの士気は完全に折れてしまった。

 未だ自身の職務を真っ当しようとする衛兵や護衛はいるものの、精神的支柱を失った彼等は脆く、一人また一人と遊鬼や狼鬼に討ち取られていく。


「で、依頼主が死んでしまったけどどうするのかネ?」

「どうもこうも、アレを始末するしかないでしょう。彼等が見逃してくれるなら話は別でしょうけど……ダメ元で交渉でもしてみる?」

「結果の分かりきった交渉をするぐらいなら、魔術の詠唱でもしていた方が有用と言うものだヨ」


 呆然と最期の時をルステオが待っていると、危機感を感じさせない会話がやけに耳についた。

 この状況に気でも狂ったのかと目を向ければ、同道人達を囲っていた護衛たちの輪から一人の女が抜け出していた。


「お、おい、お前、何をしてる?!」

「勝手に持ち場を離れるな!!」


 咄嗟に引き留めようとする人々の言葉を無視して女は歩み続ける。

 悠々と、まるで散歩に行くような気軽さで歩く女を蛮族たちが見逃すはずもなく、然れども女が意に介することはなかった。

 飛び掛かる遊鬼を手斧で切り捨てながら防寒用の外套を脱ぎ捨て、喰らいつこうとする狼鬼の首を刎ねながら狼を模した面頬を付ける横顔にルステオは息を呑んだ。


 争いとは無縁そうな妖艶さを滲ませる美貌。

 貴種の令嬢すら羨む艷やかなブルネットの髪。

 結い上げられた髪の隙間から覗く白魚の如き項。


 全てが死地にあって不釣り合いでありながら、死地にて最も輝く凶刃を一方的に相手へ叩き付ける姿に目を惹かれずにはいられなかった。

 決して先に散った騎士のような武勇は感じない。だが騎士よりも鋭く、研ぎ澄まされた刃のように冷たい気配を放つ後ろ姿にルステオは見惚れてしまっていた。

 いつ死んでもおかしくない状況でなければ、懐に呑んでいる詩のネタ帳にこの情景を書き連ねていたほどに。


 既に塞がっていた驃騎兵が作った道を自力で抉じ開けた女は背負っていた魔具の戦斧を構え、手斧をディオグラドスへと突き付ける。


「ほう、人種のメスにしては勇ましいな。だが所詮は人種、種として格上たる吾に挑む気か?」

「私を前にした者は皆似たことを言うのだけど、いい加減聞き飽きたわ。他に面白い口説き文句はないの?それとも人語を覚えるのに手一杯で、筋肉しか詰まってなさそうなアナタの脳みそじゃ無理かしら?」


 小馬鹿にするように女が言った瞬間、残影を残す勢いで大剣が振るわれる。

 騎士へと振るわれた剣速より早く重い一撃は激しく大地を穿ち、舞い上がった雪と泥がその威力を物語る。



 だが、その軌道上に居たはずの女は未だに健在だった。



 それどころか大振りしたディオグラドスへと戦斧を振るい、その太い手首を斬り裂いていた。

 雪上を鮮血で染め、蹈鞴を踏みながらあげたディオグラドスの野太い悲鳴が大地を揺らす。

 そして今まで勢い付いていた蛮族達に動揺が広がった。


「ぐぅう!! 何故だ、何故生きている!!」

「何故と聞かれて、素直に種明かしする馬鹿だとでも思うの?貴方みたいな脳みそまで筋肉で馬鹿と一緒にしないでちょうだい。あら、ごめんなさい。脳みそがある前提で話を進めたら失礼だったかしら?」

「ッ!!調子に乗るなよ、人族風情がッ!!」


 取り落とした大剣を握り直し、四腕を巧みに操り大剣を淀みなく縦横無尽に振るうディオグラドス。


 その様はまさに暴風であった。

 巻き上げられる積雪が、唸りを上げる風切り音が、その威力を物語る。


 しかし人の身など容易く肉片へと変える剣戟の嵐の中に居ても、女の姿は未だ人の形を保ち続けている。

 時に弾き、時に躱し、時に往なす姿は一流の踊り子の舞踊のように華やかで、剣速に目が追いつかぬ者にはまるで刃が女の体をすり抜けているかのようにすら見えた。


 そして何十目かの剣戟が交わされた瞬間、大剣の腹に戦斧を合わせて斬線の軌道を逸らした女はそのまま大剣の上を滑らせ、鍔の無い大剣を握るディオグラドスの指を切り飛ばす。

 さしものディオグラドスと言えど指を失えば大剣を握っていられる訳もなく、重厚な大剣が積雪を蹴散らしながら転がっていく。


「ぐぅおおおおおおおお?!」


 呻きながらもディオグラドスの豪腕が鈍ることはなく、残った三つの腕が我武者羅に振り回されるも女の痩身を捉えることはない。

 威勢の弱まった嵐の中でディオグラドスの動きを捉えた手斧が煌めき、そして刃の届かない高さにあったもう片方の腕が宙を舞った。


『llyimm uiaqu ozoen!!』


 あまりの痛みと困惑に蹈鞴を踏むディオグラドスが蛮族の言葉でなにがしかの指示を飛ばすと、今まで一団に群がっていた蛮族達が一斉に身を翻して女の元へと走り出す。

 一拍遅れて我に帰った護衛や冒険者たちはディオグラドスを討てるかもしれない女の邪魔をさせないため、背を向ける蛮族たちに斬り掛かるが数で圧倒されていた護衛だけでは全ての足止めは叶わない。


「危ないッ!!」


 ディオグラドスと相対していたせいか、見向きもしない女へ飛び掛かる蛮族達の姿を見て咄嗟に叫ぶルステオ。

 ただ、その雑多な凶刃が女へ届くことはなかった。

 女に迫っていた蛮族達は地面から突如として現れた水晶の棘に穿かれ、醜悪な像となって鮮血で積雪を赤く染めあげたのだ。


「いやはや、乱戦の中で味方を巻き込まないようにするのは骨が折れるからネ。レイラが囮になってくれて助かったヨ」


 訛りの強い男の声に振り返れば、黒檀の杖を地面に突き刺し暗銀の柩を担ぎ、どうにも胡散臭さを拭えない男が余裕に満ちた表情を浮かべていた。

 ことここに至り、ルステオは漸くこの絶望的だった盤面を覆した人物達の正体に思い至った。






 麗しき容姿と慈悲深さ、不義を見逃さぬ義侠心を持ちながら敵対者には容赦しない冷酷さを併せ持つ〝赫の狼〟レイラ・フォレット。





 怪しげな風貌とは裏腹に美しい結晶の魔術を操り、数多の無法者を屠る〝銀の葬儀屋〟ヴィクトール・ガルメンディア。







 ここ最近になって急速に名を上げ、〝銀狼〟としても知られるようになった二人組の冒険者一党(パーティ)

 噂を耳にした当初は盛りに盛られて誇張された物だと勝手に断じ、冒険者の売名に加担する気はないと詩の題材にする気も無かったルステオ。


 だか、今は違う。


 自然と砕け散り、結晶の粒子となって雲に遮られた弱々しい陽光を反射する幻想的な光景の中にあっても存在感を放つレイラ。

 そしてその光景を余裕に満ちた表情で作り上げたヴィクトール。


 直前まで死の恐怖に怯えていたことすら忘れ、ルステオは二人の立ち姿が脳裏に焼き付いて離れない。


 既に趨勢は決し、文字通り手数を全て失ったディオグラドスの首がレイラによって切り落とされる光景を見るまでそう時間は掛からないかった。

 そして憎き蛮族の首が地面を転がるのを見たルステオの脳内は二人の偉業を伝える詩の歌詞で占められてしまう。

 なにせ一〇年近くも人々を震え上がらせてきた怨敵が誅される瞬間であり、新たなる英雄譚の誕生の目撃者となったのだから。











 故に気付かなかった。

 途中、レイラが弾き飛ばしたディオグラドスの大剣が突き刺さった荷車から、小さな悲鳴が上がっていたことに。

 工業製品が満載され、人は乗っていないとされていたにも関わらず。

投稿が遅くなったのは長編になったからです。

決して先生業を始めて生徒達と青春の物語を体験してたり、サランラップに巻かれた強化人間の飼い犬になって10年ぶりの人型兵器に乗っているからではありません。

ホントですよ?





それはそれとして重ハン高速軽量機を崇めよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新章の更新楽しみです
[一言] おかえりなさい
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