表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
103/221

46 その大事、解決につき――

 

 侍従へ目配せしたライルが破顔し、注目を集めると大仰に頷いて見せる。


「うむうむ、激論大いに結構。しかし正しく論じ合うにはしっかりと情報共有しておいた方が良いだろうね。そこで、まずリディリトア所長の言には一つほど訂正すべき箇所がある」

「……なんですと?」

「それは件の女冒険者が我等が領地に貢献しておらず、木っ端だと言うのは誤りだ。何故なら彼女はこの四年間で三つ、他領でのものを含めば五つの野盗団を単独で壊滅させている」

「なっ?!そんな馬鹿な!!」

「更に付け加えれば四年前の地下水路事件も、そして先日の吸血鬼騒ぎも彼女が解決しているよ」

「ッ?!?!」


 リディリトアは知らなかったのだろう。

 淡々と告げられた内容に大きく目を剥いたリディリトアが中央所長へ目を向ければ、目をしっかりと見返されて頷かれる。


「ライル統括の仰るように、彼女の功績は確かな物です。北の詰め所を通してなされた報奨申請はしっかりと我々が受理しており、野盗の討伐は巡察吏が、二つの事件については部下の衛兵や昨日出兵した騎士の皆様方が確認しております」

「で、では、何故それ程の功績を積んだ者の名が広まっていない?」

「それは彼女が本当に名声には興味がないからだろうね。元々彼女は単独で行動しているようだから吹聴する人間もいないし、巡察吏や報奨を支払った中央の衛兵もわざわざその名を広める手助けをする必要もないからね」


 事も無げに告げるライルの言葉を聞き、リディリトアは余裕に満ちていた顔に脂汗を浮かべた。


 何故なら彼が事前にモラウ=バラから賄賂と共に受け取ったレイラに関する情報と大きく食い違うからだ。


 元々リディリトアがレイラを重罪人として裁こうとしたのは軽い気持ちからだった。

 下手を打って荒事に身を置く人間にとって命と等価である面子を潰し、バルセットから逃げ出すまでの時間を作るのに必要な最低限の体裁を保つ為、レイラを重罪人に仕立て上げて破滅させて欲しいとモラウ=バラに泣き付かれたのだ。

 それでも地位を失ったモラウ=バラの願いを叶えてやる義理はないと断るつもりでいたが、何もせずとも懐を肥やしてくれる金蔓(雷火の猛牛)が無くなり、これから荒れるだろう担当管区内で台頭してくる新たな金蔓(袖の下を強請る相手)を見定めるまでの駄賃になればと思ったからだ。


 それに泣き付かれた時、モラウ=バラからはレイラは見目と少し腕が立つことだけが取り柄の女冒険者としか聞いていなかったのも、リディリトアが差し出される予定の金貨を受け取らせる要因となっていた。


 それがまさか衛兵の頂点たる統括どころか、その更に上に君臨する貴種にまで名が知られているかもしれない人物だとは思いもしなかった。


 ただでさえ蛮族の脅威に晒されているにも関わらず、その蛮族との戦線の維持に不可欠な経済基盤へ悪影響をもたらす野盗はこのアルブドル大陸においては不倶戴天の存在だ。

 それこそ他国や別大陸にある王都近辺で出されている報奨金の倍額を出して討伐を推奨している程なのだ。

 その上、地下水路事件や今回の吸血鬼襲撃事件など一歩間違えればバルセットに甚大な被害を齎しただろう事件にも関わっているとなれば、その功績は計り知れない。


 そんな功績著しいレイラと、たかだが安全が保証されたような物資輸送――――運ばれる物資は釘などの生活必需品なため価値は低く、貴種の家紋旗が掲げられた隊列をわざわざ狙う野盗はいない――――の護衛に参加しただけのモラウ=バラ。

 どちらを重要視するかなど、どんな愚者でも分かるというもの。


 このままレイラを糾弾し続ければリディリトアの政治能力の無さを露呈するだけでなく、衛兵としての資質をも疑われる事態に成りかねない。


 いや、それだけならばまだ良い。


 だがもしこれを契機に探られたくない腹を探られ、今まで重ねてきた汚職の数々が暴かれれば、今の地位だけでなく自身の首が〝一等高い場所(絞首台)〟に吊るされることになりかねない。


 下手な情報を掴まされやがってッ!!!

 そんな八つ当たりじみた感情をひた隠し、自分が危険な橋の中程にまで進んでしまっているのだと自覚したリディリトアは必死に頭を巡らせる。

 だがそんなリディリトアの内心を知ってか知らずか、ライル準男爵は嵌めていた指輪が淡く輝いたのを見てから手を叩くと、部屋の置物と化して控えていた侍従が何やら書類の束を机へと並べるのだった。


「実は君達に謝らなければならないことがいくつかあってね。その一つとしてレイラ・フォレットの量刑はもう決まっているんだ」


 はぁ?という無意識の内に声を出てしまった所長たちを咎めるような事はせず、ライルは置かれた書類の一つを手にとった。


「コレらは彼女が捕縛されてから今朝までに届けられた嘆願書だよ。ここにあるのは名の知れた差出人からのものだけだけど、市井の民のものを合わせれば一〇を超える数が来ているよ」


 ライルが全ての嘆願書が見えるように広げると、それぞれの嘆願書に書かれた署名を見て全員が目を剥いた。


 中小規模の商会が連携し、アルブドル大陸全土に販路を広げたアブザラド商会連合。


 バルセットの工業を取り纏め、鍛冶の国としても広く知られた鉱鍛種の総本山たる鉱山都市ゴンドールから直々に職人の派遣を取り付けた中央職人組合。


 市場に流通する薬草の維持管理を担っている薬師組合。


 出土品の解析鑑定、流通を任されている魔導具組合。


 市井で最も信者の多い陽光神殿のバルディーク司祭と貴種の間では知らぬ者のいない双月神殿のラウル司祭。


 どれもこれもバルセットの存続に大きく関わる組織や人物であり、レイラの知られざる親交の広さに開いた口が塞がらない一同。

 特にレイラを糾弾していたリディリトアには立ったまま意識を失いかねないほどの衝撃だった。

 そんな彼等を気遣うでもなく、ライルは更に言葉を続けた。


「まぁ、嘆願書が届けられたからと言って必ず減刑するわけではないけど、この著名な方々が出した嘆願書にはどうにも気になる共通点があってね――――」


 そこで言葉を区切ったライルが一つ指を鳴らせば、完全武装をした複数の騎士が会議室の中へと雪崩込んでくる。


「――――彼等は示し合わせたように〝犯した罪に適正(・・)公平(・・)な処罰が下される事を望む〟と書いてあってね。それにこんな上申書も届けられていたから、気になって少し調べさせて貰ったよ」


 ライルが懐から取り出した書類を机に放り投げると、中央管区の所長を除き騎士の登場に困惑していた全員の視線が一気に書類へと戻される。

 〝南方の職人市民一同より〟と多くの者の名が記された一枚から始まり、〝雷火の猛牛〟が齎した被害の数々や訴えでた南方詰め所の対応が鮮明に書き記されていた書類が複数枚。


 即座に書類の内容を読み取った所長達は騎士達が現れた理由も、ライルが嘘の議題で全ての所長を招集した理由も理解した。より鮮明に理解できたリディリトアなどは、完全に腰砕けとなって椅子に腰掛けることもできずにその場にへたり込む。


「随分と手広くやっていたみたいだね。まぁ、平素なら多少目溢しもできただろうし、強く取り締まる事もなかったんだけどね。衛兵への信頼が揺らいでいるこの時期と、すでに領主様の耳に事の次第が伝わってしまった間の悪さを呪い給え」


 つまりライルは招集を掛けた時点で既にリディリトアが〝雷火の猛牛〟から賄賂を受け取っていたことも、市民から寄せられた陳情を意図的に無視していたことも、都合の悪い部下を恣意的に左遷させたことも、その他の手を染めてきた悪事も全部裏づけすら終えていたのだ。

 そして逃亡させないために嘘の名目でこの場に呼び出し、遅れてやってきたり、既に決まっている事柄を敢えて議題に上げることで、物的証拠の差し押さえや捕縛の準備が終わるまでの時間稼ぎをしていた。


 であるならばと、リディリトアはやけに不可解だった中央所長の態度にも得心がいった。


 統括であるライルに直接指示を出せる配下はいない。

 だからライルはリディリトアとは特段親しくもなく、またヴァルダのように反発し合うこともない中央所長を通してリディリトアを調べ上げさせたのだろう。


 故に中央所長は知っていたのだ。


 この会議が開かれた本当の意味も、そしてそれがどんな結果を生むのかも。

 むくむくとお門違いの憎しみが沸き立ち、中央所長へ憎悪の篭もった視線を向けるが中央所長はリディリトアを見ることはない。


「んっ〜〜!!!!」


 そして憎まれ口を叩こうにも、自害防止の魔術が刻まれた猿轡を無理矢理噛まされたリディリトアには許されなかった。重厚な装備と身体賦活を十全に使い熟す騎士に拘束されては、リディリトアは抵抗することもままならないまま連行されていくしかなかった。


「悩みの種の一つが取り除かれたことだし、会議を続けようか」


 一連の騒動の合間も椅子に座り続けていたライルが手で示せば、各所長たちは戸惑いながらも席に着かざるを得なかった。

 ただ、リディリトアが捕縛されて肩の荷が降りたはずの中央所長の顔色は優れないままだった。


「さて、この忙しい時に南方管区の所長を捕縛するのは不本意だけど、流石に衛兵への不満が高まっているときに衛兵に対する不信の種を放置する訳にも行かなくてね。各所長には自身の潔白を行動で証明するとともに、末端に至る衛兵全員の引き締めをお願いしたい」


 ライルにそう言われてしまっては各所長は否とは言えなかった。

 元々は身内の不祥事が原因であり、各所から不満の声が上がろうとも今は襟を正して住民達からの信頼回復に努めるべきだとわかっているからだ。


「それで空白となる南方所長の席は当面の間は空席とし、新任が決まるまではカイラス君に兼任して貰いながら南方管区の汚職浄化と新たな争いの芽が生まれないようにする事を第一として動いてもらうつもりだ。リディリトア君は随分と自分に都合のいい人員で南方管区を固めていたようだしね……」


 矮人であるカイラス所長は精一杯胸を張り、胸に手を当てる敬礼をする。しかしその顔は今後の仕事量を思ってか、随分と老け込んでいるようにも見えた。

 他の所長達はカイラスに同情的な視線を送り、貧乏くじを引いたカイラスへの支援に必要な人員の選定を脳内で行いながら意識を会議へと傾ける。


 その後、汚職に関わる衛兵を発見した際の対処や関係法規、漸く復興の目処が立った吸血鬼襲撃事件の報告や今後の方針などが話し合われていく。

 そして大凡の話し合いが終わったとき、思い出したようにヴァルダが手を上げる。


「そう言えば、リディリトアの捕縛で有耶無耶になってしまいましたが、結局レイラ嬢の――――失礼、レイラの処遇はどうなったのでしょうか?実は、その、部下や住民達に時折突き上げられておりまして……」

「アハハハ、なんだ君もそうだったのかい?実は私も家が北方管区にあるから強く当たられることがあってね。今朝も登庁する時にいつも立ち寄ってる出店の店主がお気に入りのバケットを売ってくれなくてね。お陰で今日はまだ何も食べられていないんだよ。まったく、もう少しレイラ君の名前が南方管区で広まってくれていれば、こんな事にはならなかっただろうに。しかも上の連中は嘴を挟んでくるし、さっきだってここに来る前に――――」

「オッホン!! 話が脱線しておりますよライル統括。それでレイラの処遇は如何にするおつもりで?」


 元々お喋りが好きなライルが横道に逸れた話を始めると長い事を知っているヴァルダは大きめの咳払いで阻止すると、ライルは至極残念そうな表情を浮かべる。

 まだ話足りないと言わんばかりの表情に、各所長は会話を遮ったヴァルダへ内心で称賛を送るのだった。


「それでなんだっけ、彼女の処遇についてだったかな?」


「はい、その通りです。ライル統括」


「あぁっと……会議の最初にも言ったけど、上からの指示で彼女の罪は私闘として裁かれることになった。そして量刑については彼女が捕縛時に投げ寄越した銀貨一〇枚(一〇バーツ)銅貨二四枚(二四〇ルッツ)を罰金とし、今日までを含めた七日間の拘留だよ。やや重いが流石に普通の私闘と同程度に扱うのは無理があるからね」


「……分かりました。部下や住民たちにはその様に説明いたしましょう」


「うん、頼んだよ。それとついでだから説明しておくと、〝雷火の猛牛〟は昨夜の内に頭目のモラウ=バラが失踪、その影響で事実上解体されたと見ていいだろうね。後で指名手配はしておくけど、まぁ、面子を潰された裏稼業の人間の末路なんてしれている。既に高飛びしてバルセットにいないか、忘れた頃に死体が見つかることになるだろうね。カイラス君には〝雷火の猛牛〟のような連中が再び根付かないようにして頑張って貰わないとね……」


 他に取り上げるべき議題や聞きたいことはないかという問いに全員が首を振れば、会議はそのままお開きとなった。

 そして全員が立ち上がると参の鐘(一〇時)の音が響き、全員が揃って大きな溜め息を吐き出した。


 バルセットに蔓延っていた問題の一つは解決したが、彼等にはまだまだ山積みの仕事が残っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ