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その者、化けの皮につき――  作者: 星空カナタ
三章 その動乱、始まりにつき――
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43 その小事、解決につき――

 

 屋敷の中から現れたヴィクトールにあ然とした表情で固まるモラウ=バラ。

 その顔面へレイラは躊躇いなく蹴りを放つ。


「くっ?!」


 間一髪で躱されるが、レイラは構わず着地と同時に胴体へ拳を突き立てる。

 打擲の威力に反して大きく悶え、蹲って身動きが取れないほど苦しむモラウ=バラの反応を見ながらレイラは自身の掌に視線を落とす。


 通常、異なる魔力が触れ合った際は反発し合うが、方向性を与えられた魔力同士がぶつかった場合は出力の高い側が押し流すように流れていく。

 大気中ならばさしたる問題はないが、コレが生体内となると話は変わる。


 体内は常に魔力で満ちており、本人以外の魔力が体内に入り込めば自身の魔力と反発しあって体内で暴れる事になるのだ。

 二人の拳がぶつかりあったあと、モラウ=バラの腕が血を吹くほど裂けた原因でもある。


 モラウ=バラの不可視の一撃は二度目を受けた時点で凡その正体に検討はつけていた。

 ただそれがモラウ=バラの持った特技によるものなのか、それとも魔道具によるものなのかまでは絞りきれていなかった。


 故に腕一本を犠牲にするつもりでわざと相打ちを仕掛け、その結果を持って判断しようとしたのだ。

 不可視の打擲が魔道具であれば、モラウ=バラではなく魔道具だけが破損するに留まっていたか、そもそも傷を負うような事もなかっただろう。


 博打ではあったものの、レイラは大した痛手を負うこともなくモラウ=バラを下した。

 既に勝敗を決したレイラは随分と使い勝手が良く、応用も効きそうな技――――実際にレイラの拳は魔力を纏わせたのではなく、相手の体内に魔力を送り込むという応用技だった――――を手に入れる切っ掛けを作ったモラウ=バラに感謝する。

 が、同時にこの技を習得しようと考えたモラウ=バラに呆れもしていた。


 確かにモラウ=バラのあの一撃は驚嘆に値し、初見で対処や正体を暴くのは困難だろう。

 レイラも負傷覚悟で技を受け、その衝撃が伝わる仕組みを体感しなければ分からなかったのだから。


 だが、もしレイラがモラウ=バラの立場であれば決してこの技を身に付けようとはしなかっただろう。


 何故なら牛躯人を含め大半の亜人種は身体賦活に適性を持つものの、魔力を体外へ放出するのを不得手としていた。

 それは個人の素質どうこう以前の問題であり、狼人や猫毛人が葱類を毒とするのと同じく、種族特有の身体的構造故の問題なのだから。

 つまりモラウ=バラは自分に不向きで、不適格な技に頼っていたこととなる。


 そして自身の種族に不向きな技というのは、得てして得意とする種には余程の技量差がない限りどれほど研鑽を積もうが敵うものではないとレイラは知っていた。

 人種がどれほど訓練しようと狼人や猪頭人の嗅覚には敵わず、どれだけ才能があろうと身体賦活なしで馬肢人よりも速く長く走れないのと一緒だ。


 だからこそ研鑽を積んで身に着けたモラウ=バラの技よりも、亜人種よりは優れた魔力の放出適性を持つ人種の――――あくまで相対的にだが――――レイラの見様見真似の一撃がモラウ=バラの技を破れたのだ。


 それほどまでに種族の持つ得手不得手は大きな差を産むのだ。

 その上、技に傾倒するあまり本来得意としている身体賦活が疎かになっているなど片手落ちにも程がある。


 もし仮にモラウ=バラが自身の種族特性に適した技を身に付けていたのなら、レイラは情けなくも撤退を余儀なくされただろう。

 あるいはモラウ=バラに敗れ、〝雷火の猛牛〟によって慰み者にされていたかもしれない。


 だがそれも、所詮はタラレバの話。

 現実にもしもの事など引き合いに出したところで意味はない。


 レイラは勝ち、モラウ=バラは負けた。


 それが全てだった。


「何をやってる!!そいつ等を殺せっ!!!」

「やれやれ、レイラの予想通り小悪党が素直に負けを認める訳がないよネ」


 意地汚くもまだ諦めていないモラウ=バラの声に配下の男たち全員が得物を抜く。

 しかし誰かが動くよりも早くヴィクトールが持っていた杖で地面を小突けば、一番手近にいた男が地面から現れた結晶の柱に突き上げられて宙を舞う。


「魔術師だと?!」

「こ、こんな連中に勝てるわけがねーだろっ!!!」


 吹き飛ばされた男が地面に打ち付けられるのが早いか、一人の男が即座に武器を捨てて中庭から逃げ出せば釣られるように次々と他の男達も逃げていく。


「お、おい!?お前らっ!!」


 制止の声も虚しく、幾ばくもしない内にその場に残ったのはヴィクトールとレイラ、そして呆然と逃げる配下を見送るしかなかったモラウ=バラだけとなった。


「ふーむ、人望のない人間の末路というのはこうも惨めなものかネェ……」

「力に依って立っていたのにその力の象徴が倒れたんだもの、こんなものでしょう。それよりさっきから静かだけど、エッタは無事なの?」

「命に別状は無いという意味なら、まぁ無事だネ………」


 力なく跪くモラウ=バラを最早脅威と見做していないレイラが怪訝な顔を向けながらヴィクトールに歩み寄る。

 そして眠るように瞼を閉じているマリエッタを包んでいるシーツらしき襤褸布に手を掛け、中を覗き込んだレイラの瞳から感情が抜け落ちる。


 襤褸の下、至るところが破けた服から覗くマリエッタの子供らしい肌には似つかわしくない大きな痣ができており、刃物で斬られたと思しき傷跡も一つや二つではない。


 更に蜘蛛の下肢は何本かの足が折れ、潰されたように形を変えて血を滲ませているものすらあった。

 この数時間の間に随分とマリエッタで()()()いたのだろう。

 そう理解した瞬間、蓋をして落ち着いていた筈の怒りが一気に沸き立った。


「………そう。無事ならいいわ」

「そう言うならせめて言葉と雰囲気は合わせてくれないかネ?」


 ドッ、と落ち込むように周囲が昏くなったと錯覚すりほど怒気が溢れ出したレイラにヴィクトールは頬を引き攣らせる。


「ま、待てっ!!い、今見逃してくれるなら俺、俺はお前の配下になる!!そ、そうすればこの屋敷も金も全てお前の物にな――――」


 身に纏う気配とは裏腹に優しい手付きで布を掛け直したレイラは静かにモラウ=バラへ歩み寄る。

 そして何事かを懇願するモラウ=バラの鼻先を蹴りぬいて黙らせた。


「お゛、お゛ばえ、ごんなごどじで、だだでずむどおもっでるのが?お゛ではべいえ゛いにも゛ッ―――?!―」

「いい加減黙りなさいな、家畜風情が。貴方の声は聞いてるだけでも不愉快だわ」


 鼻の骨が折れたらしいモラウ=バラが血を吹き出しながらも紡ぐ言葉を無視し、レイラは流れるようにモラウ=バラの四肢を折っていく。


「や゛、や゛め゛っ―――ぎゃぁあああああ?!」

「……まぁ、こうすれば多少は収まるけれど、怒りってこうも厄介な感情なのね。鬱陶しくて堪らないわ」

「ぐぅあぁあああああ?!」


 最初は身体賦活で抵抗しようとしたモラウ=バラだったが、レイラが力任せに左腕をへし折ってからはその抵抗もなくなった。

 そしてただ転がるしかない肉袋になったモラウ=バラの頭を容赦なく蹴り抜き、死なない程度に気絶させたレイラはヴィクトールへ向き直る。


「ヴィク、御布施の代金は渡しておくから貴方はエッタを地母神の聖堂に連れて行ってくれないかしら?」

「私は構わないけど、君はこれからどうするんだネ?」

「私はやらないといけないことが……あら?」


 詰めの仕上げに取り掛かろうと用意しておいた財布代わりの布袋に手を伸ばしたレイラだったが、不意に下衣の裾を引かれる。

 視線を下げれば、ヴィクトールの影を伝ってレイラの影から伸びた貴婦人の手――――中指に嵌められた指輪の輪郭からして長女のルシエラの手だ―――――がレイラの服の裾を摘んでいた。

 どうしたと聞くよりも早く、その手は屋敷の方を指差した。


 ヴィクトールに何事かを視線で問うが、知らないと肩を竦めるばかりでその意図は掴めない。


 しかし腕だけとはいえわざわざ現界したのならばそれなりの要件があるのだろうと、レイラはヴィクトールに視線を送ってからルシエラが指差す方へと歩き出す。

 そして屋敷に入ってからも時折現れては指差す方へと歩いていくと、辿り着いたのは三階の一番奥まった場所に設けられた寝室だった。


「ここに何かあるのかしら?」


 モラウ=バラが使っていたのだろう。

 やたらと大きなベッドと、意識を失っているのか微動だにしない全裸の狼人の女が床に打ち捨てられていた。

 最初はその女に用があるのかと勘ぐるものの、室内に入ってからルシエラが指差したのは別の場所だった。

 そこには一枚の絵画が飾られていて不自然なようには見えないが、モラウ=バラのような破落戸が飾るには随分と雅な絵画であった。


『外して欲しい』


 壁に浮かび上がる文字に従ってレイラが絵にしてはやたらと重い絵画を壁から外せば、額縁の裏にはダイヤル式の金庫が埋め込まれていた。

 重厚な造りの扉を見てヴィクトールが口笛を吹く傍ら、ルシエラの手は金庫を覆うように広がると室内にダイヤルの回される音が響き始める。

 そして直ぐにカチャりと音が鳴ると、金庫の扉が独りでに開かれた。


『お布施代を取ってもまだ余るよ』


 自慢気な文字が浮かぶのを横目にレイラが金庫を覗き込めば、中は三段に分けられ、最下段には硬貨が詰められた思しき布袋が並び、上二つには様々な宝飾品が並べられている。


「……盗賊みたいな悪い連中に重宝されそうな娘ね。いつもこうなの?」

「気に入った一品が在れば偶に、ネ。勿論、相手が蛮族や野盗の時ぐらいだけどネ」


 吟味をするように金庫の前でウロウロとしていた手だったが、気に入った物が見つかったのかある一点を指差した。


 レイラが手に取れば、それは三連の翠玉が縦に並ぶ耳飾りだった。


 ルシエラにその耳飾りを渡せば、手の影は喜びを表すように身をくねらせながら耳飾りを持ったまま影の中へと沈んでいく。


「まぁ、これぐらいなら問題ないでしょうけど――――あら貴女も?」


 そして要件は終わりかと思ったのも束の間、今度はラストリアの手が大粒の紅玉が嵌め込まれた金の指輪を指差していた。

 貴女も欲しいのねと呟きつつこれも手伝って貰った報酬だと考えて手渡せば、今度はリリアーノが完全に姿を現して金庫の中を覗き込んでいた。

 もう一つも三つも変わらないと諦めたレイラは金庫の中から布袋を二つ取り出し、片方をヴィクトールへ投げ渡す。


「それで地母神の奇跡を請願してもらえるように寄付して来てもらえる?」

「……これは使っていいものなのかネ?」

「金は何処まで行っても金であることに代わりはないし、出処を聞かれる訳でもないんだから別に構わないでしょ。それに貴方の娘さんのお陰で痕跡は残らないし、全部取らなければバレやしないわよ。そもそも真っ当な方法で稼いだ物ではないでしょうし、声高に訴え出られる訳がないわ」


 更にレイラが奪った布袋は他の袋のように金貨が詰められた物ではなく、様々な銅貨や銀貨が入れられた物で他と比べれば大した額にはならないだろう。

 金庫自体を壊されておらず、最も値が張るだろう金貨の詰まった袋を盗られた訳でもない。


 万が一モラウ=バラが訴え出たところで、衛兵が取り合う可能性は殆どないだろう。


 そもそも貨幣自体に前世のような識別番号が付された物はなく、指紋捜査の概念もまだないこの世界では現行犯でもなければ金は盗んだ所で証拠と見られることはない。


 ルシエラ達が選び取った宝飾品にしても、影の中に取り込まれた物をどうやって見付け出すというのか。

 目撃者もなく、物的証拠も見付からなければ犯罪にはならないのだ。


「気に入ったのはあった?」


 レイラが聞けばリリアーノは蒼玉と小粒の金剛石があしらわれた首飾りを手で弄び、ひらひらとレイラに向かって手を振ってヴィクトールの担ぐ櫃の中へと消えていった。

 自己紹介のときの格好からなんとなく察してはいたが、三人共宝飾には目がないらしいとレイラは苦笑いを浮かべる。


 念の為、金庫の中をそれらしい配置に直して扉を閉じて絵画も掛け直したレイラは部屋にある窓へと目を向ける。

 高価な硝子を惜しげもなく嵌め込んだ窓の外には未だに分厚い雲が広がっているものの、夜明けが迫っているようでほんの僅かに白み始めていた。


「じゃあ、あとのことは頼んだわよ」

「……何をするかは知らないけど、程々にネ」

「それは向こうの出方次第ね」


 あっけらかんと言い放つレイラにヴィクトールは肩を竦め、マリエッタを抱えたヴィクトールは先に〝雷火の猛牛〟の塒から去っていった。


 そして一人残されたレイラは折れた手足を投げ出して意識のないモラウ=バラの傍へと戻ってその巨体をため息混じりに見下ろすのだった。


「さて、あとは私の体力が持つかどうかね……」


 ヴィクトールの手前平静を装ってはいたが、既にレイラの限界は近かった。


 ウィリアムとの戦闘。


 魔法薬ポーションの副作用。


 副作用が色濃い中で受けた傷や無理に魔力を使ったことで蓄積された疲労。


 いずれもレイラの体力を大いに削り、意識は既に限界ギリギリだった。

 正直な事を言えば、レイラは今すぐにでもベッドへ倒れ込んで惰眠を貪りたい。


 それでも今からやらなければならないことがあり、それをしなければレイラにとって都合の悪い未来になるのであれば欲求に従う訳にもいかない。

 

 〝雷火の猛牛〟という巨大な勢力が一夜にして消え去るのだ。


  小さな範囲ならともかく、バルセットの南方一帯が裏社会的な勢力の空白地となれば、その地域に眠る利権を得るために他の徒党や反社会組織が水面下でぶつかりあい、その影で〝雷火の猛牛〟に抑え付けられていた小さな組織が乱立するだろう。


 下手に放置すれば流れる血は裏だけでは収まらず、表の住人すら巻き込んだ大火を伴う抗争へと発展しかねない。


 そうなれば事の発端を作り出したレイラもただでは済まず、これまで築き上げてきた信用を失うことになるだろう。

 折角レイラにとって都合がいい環境を作ったにも関わらず、こんなくだらない事で手放すのはあまりにも惜しい。


 故に重い体を引きずってでもレイラは火消しのために動かねばならない。

 最上は裏の人間たちが大手を振るって争わないように衛兵諸氏を介入させること。


 それが無理でも?大規模な抗争が起きた時の怒りの矛先がレイラに向かわないようにしなければならない。


「……ホント、感情っていうものは厄介ね」


 この事態を引き起こした感情と言う制御の効かない性質に嫌気が差していながら、それでもまったくと言っていいほど後悔の二文字が浮かばないのだから困ったものだとレイラは力なく笑うしかなかった。


 こんな衝動的な馬鹿は二度と御免だと言わんばかりに。


 浅い呼吸を繰り返すモラウ=バラの首を鷲掴み、レイラはゆっくりと歩き出す。

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