週末戦争
なんか、思いついたんでやってみます。
悟りという概念がある。それは生への解答だとか人生の到達点だとか、様々なとらえ方がある。だが知られていないこともまたある。それは悟りの種類である。正の悟りと負の悟り、ベクトルこそ違えど自らの存在意義に結論を出したという点では同じなのである。
喩えるならば「全てに意味がある」とするのが正の悟り、「全てに意味がない」とするのが負の悟り。行き着いてしまった答えに違いはあっても行き着いたという点で同一なのだ。
かつて師を失ったことで極短時間で悟った高僧が居たように、人はある瞬間に一足飛びで境地に至ることがある。それが望むか望まぬかは関係なく。
これは、ある少年がふとした瞬間に悟ってしまったことから望まぬ戦いに巻き込まれ、そして日常を維持する為に戦う物語である。
「うわあああああああああああああああああああああ!!!?」
「待ちやがれ雑魚!! お前それでも戦士か!!」
「戦士じゃありませえええええん!! 僕は学生ですううううううううううう!!!」
「騙そうとしても無駄だあああああああ!!」
「しんじてくださあああああああいい!!!」
縦と横の軸が逆転したビル街を学生服の少年と半裸の六本腕の男が走り回っている、男の手にはそれぞれ武器が握られ今にも少年の首を落とそうと煌めいていた。対して少年は丸腰、学生服以外の装備は全く見受けられない。彼我の戦力差は言うまでも無く抵抗など一瞬たりともできないであろうことは想像に難くない。だが、不思議なことに男の武器は少年に当たらない。いや、当たらないというよりも少年が本当にギリギリのところで躱し続けているのだ。およそ戦士とは言えない体つきでそのような芸当ができるのは甚だ不可解ではあるがそれが起きているのだけは事実だった。
「ちょこ……まかと……!! 逃げるだけならさっさと死ね、そうじゃなければまともに戦え!!」
「だから無理ですって!!」
「くっそが、なんで避けるのだけそんなに上手いんだよ!!」
「それしかできないんですよ!! 見逃してくれませんか!!!」
「誰が見逃すか、お前だって理由があってこの戦いに参加してんだろうが。この週末戦争によ!!」
「不可抗力だったんですよ!!」
「そんなわけあるか、この戦争に参加する資格がそんな感じで手に入るわけねえだろ!!」
「手に入っちゃったんだから仕方ないじゃないですかああああああ」
少年が週末戦争と呼ばれる土日限定の謎の殺し合いに巻き込まれるようになった経緯は至極単純である。あるとき少年は学校の帰り道で雲を見上げながらこういった。
「あれ? あの雲の形って人間みたいだな。もしかして雲も人間も一緒だったりして」
悟りの瞬間である。この瞬間に少年は週末戦争の参加者に数えられた。普通はこんなことで悟りとは片腹痛いと言われるだろう。だが、それこそがこの少年の異常性。雲を見て、そして、呟いた、そのプロセスだけで悟りにまで行き着いてしまったのである。その他全ての能力、才能、資質、全てを置き去りにした異常性はまさしく化け物、超人と言うにふさわしいだろう。ただし、精神の異常性以外は凡人だったとしても週末戦争はなんのハンデもつけてはくれないが。
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!!?」
「く、そ、が」
ゆえに彼が避け続けているのは身体能力によるものではない、これは悟った瞬間に手に入れた能力の一つでなんとなく相手の気持ちが分かる、察することができるというものだ。本来ならば手に取るように相手のことが分かる能力だが少年は手順を省きに省いた悟りを行ったためになんとなくという極めて曖昧なものしか分からない。それでも避けられているのはもう、運としか言い様がないのだがそれを引き寄せているのもまた実力のうちであろう。
「埒があかねえ、出し惜しみはなしだ」
「なにかする気ですか!?」
「開け第三の眼!! 宇宙を焼く滅びの光!!」
男の額に開いた第3の眼は光を放つ、それは白く赤く輝き今にも致命的な攻撃を放とうとしているのは誰が見ても明らかだった。それはもちろん少年にも分かっていた。この攻撃が放たれたのなら自分の命は一瞬のうちに消えて無くなるだろうということは既に悟っていたのだ。
「ふはははははは!!! これで終わりだあああああああああ!!!」
「うわああああああ!!?」
「死にさらせえええええええ!!!」
その瞬間に少年の視界が切り替わる。それはいつも眼が覚める見慣れた自分のベッドの中だった。身体中冷や汗でベトベトであったがそれ以外のダメージは全くといってなかった。少年は無傷で週末戦争を切り抜けたのだ。
「今回も生きてたぁ、良かったぁ」
少年は震える身体を手で押さえつけて安堵を貪る、今日もまた生きていること、命の素晴らしさを全身で噛みしめていた。
「生きてるって素晴らしいなあ」
菩提樹涅槃、それが最弱の参加者の名前である。