ジョージ・マイケル2
総理官邸から15分。都心中の都心に武装運輸会社BLACK HAWK の本社はある。地上7階、地下12階建てで大手企業にしては小さい分類に入る。全ての日本企業で3番目、運輸業だけならトップの売り上げを誇る正真正銘の超大企業だ。
本社は最新鋭の技術である採光ファイバーによって地下でも陽の光を浴びることができる。地上1階は駐車場。地上2階から6階が一般家庭への荷物の配送やその他営業を担当する一般運営部。地上7階は仮眠室。地下1階から地下3階までは政府や裏社会の人間からの配送を担当する機密運輸部。地下4階から下は演習施設と武器庫になっている。他にも全国各地に武器工場や戦闘機工場などを有している。
ちなみに、2118年現在。主流の運輸方法はドローンである。2020年ごろから普及し始めたドローン配送は順調に成長し、今では大型荷物のみトラックで配送している。
紅人と直己は1階に車を停めると、事務方に金を金庫に運んで置くよう指示して地下1階に降りる。地下1階には紅人直属の部下で政府の裏仕事を担当する精鋭達がいる。彼らは全員実戦経験豊富な軍人、もしくはそれと同等の実力を持つ者で、コードネームが与えられている。
コードネームは上から順に猛禽類のコードネーム、肉食獣のコードネームである。猛禽類のコードネームの名を持つものは紅人の父の戦友であった者、もしくは特出した才能を持つ者達で構成されており、紅人の本名を知る唯一の者である。
紅人は地下1階に着くとコードネームを持たない者たち「ノーネーム」に席を外すように伝える。彼は、今回の仕事はまだ裏社会の仕事に慣れていない者には重いと判断した。
「ノーネームに席を外させた理由は他でもない。政府の仕事をするためだ」
紅人は先程大臣から受け取った資料を端末でスキャンして、壁に投影する。
「政府からの依頼はこの男の身柄確保と護送だ。警備の状況は大まかにしかわからないが、少なくとも常時10人以上に守られていると推測される。質問はあるか?」
大まかな説明を終えると1人の男が手をあげる。
「高槻さん」
高槻 健太郎は紅人が最も信頼する部下で、今年で45歳になる男である。
「期間はどのくらいですか?」
「作戦期間は予備を入れて11日。2週間以内に羽田に送れとの指示だ」
期間の短さを聞いて一部の部下は厳しい表情を浮かべる。彼らが不安に思うのも無理はない。この手の作戦は普通1ヶ月以上の準備期間を設けてからやるものだ。
「日程は厳しいが私はやれると判断した。総員準備にかかれ」
「了解」
紅人の部下は彼に一礼すると各々の準備にかかる。
「紅人さん。今回はどの飛行機で行きますか?」
先程とは違い言葉遣いを整えた直己が聞いてくる。仕事中は紅人以外、誰であろうと敬語を使うのがBLACK HAWK 社員の暗黙のルールである。
「中型輸送機で行く。各種防衛火器を点検しておいてくれ」
「了解であります」
大方指示を出し終わった紅人も自分の装備を点検するため、奥の社長室へ入る。
社長室はシンプルな作りで家具は大きな机と応接室セットがあるだけだ。彼は備え付けのクローゼットを開くと中からケースを2つ取り出す。大きなケースには87式突撃電磁誘導砲とその弾倉が4つ。小さいケースには80式拳銃。
今になっても兵士の主力武器は第二次世界大戦の時から変わらず銃器だ。ほとんどの銃器が100年前と同じで、火薬を使って弾丸を飛ばすものである。しかし、最近になって火薬を使わずに弾丸を飛ばす電磁誘導砲やレーザーガンも市場に出回りだした。
電磁誘導砲の利点をあげると、火薬を使わずに弾丸を飛ばすため、掃除をする必要がない。ものによっては初速が2400m/sを超えるため超長距離狙撃が安定して成功させられる。薬莢が出ないため、銃弾を容易に重くでき、小銃でも高い貫通力を得られる。以上の3点が挙げられる。そのかわり、弾速が速すぎて銃身内のライフリングがどんどん削れていく欠点がある。
『どんな電磁誘導砲も300発撃てば火縄銃』という言葉が生まれるぐらい電磁誘導砲の継戦能力は低い。
紅人は87式の銃身を取り外し状態を確認する。少し削れているが弾道に影響するほどではないと判断した彼は再び銃身を取り付ける。
次に80式拳銃を分解して汚れを丁寧に拭き取っていく。拳銃の電磁誘導砲も出回りはしているが、装弾数が6発と少ない上に、反動がバカでかいので彼は使っていない。
銃の整備を終えた紅人はそれぞれの弾倉に弾丸を詰めていく。87式の装弾数は30+1発。使用弾丸は一般的な電磁誘導砲と同じ8,12×58㎜弾。ちなみに火薬を使う銃のNATO弾は5,56×45㎜弾である。87式の弾倉を4つ作り終わると、今度は80式拳銃の弾倉を作り出す。こちらは装弾数16+1発で旭弾という変わった9㎜弾を使っている。
弾倉を作り終わると社長室のドアが「失礼します」という声とともに開かれる。
「紅人さん。今回の目標についてわかったことがありマス」
外国人訛りの日本語を話すこの男の名前はヨルゼン・ハワード・タクミ。46歳。ロシア人の父とアメリカと日本のハーフの母から生まれている。肌は白人よりで、目も青みがかかっていて綺麗だ。ちなみに既婚者でそこそこ大きい子供もいる。
元日本軍サイバー科のエースハッカーで、彼にかかれば一度でもオンライン上に出てきたことのある情報は全て覗き見できる。我が社最大の戦力といっても過言ではない。
「教えてくれ」
「ターゲットは警察ではなく軍人に守られていて、国外逃亡の危険があるなら容赦なく殺せと命じられてイマス。装甲車が出てきてもおかしくナイデス」
「ありがとう。下がっていいぞ」
タクミは一礼して社長室を後にする。本当は紅人に仕事を断って欲しかったのだが、それは無理なようだ。だったら気持ちを切り替えて前向きに行くしかないとタクミは思った。
どうやら官邸で思い浮かべた最悪のビジョンが現実になりそうな予感がしてきた。
次の日。紅人は朝7時に本社最上階の社長用仮眠室で目覚めた。キングサイズのベットで1人で寝るには大きすぎる程だ。
日本有数の企業の社長である紅人だが、一応現役の高校生である。明後日から2週間アメリカに飛ぶため、今日は中期間欠席届を提出してそのまま早退するつもりだ。ちなみに、私立の頭いい学校に在籍している紅人だが、出席すべき日数の3分の2以上を欠席している。学校ではとある設定のおかげで出席日数が足りなくても卒業できるようになっている。
その分普通より多くテストを受けさせられているが、頭はいいので問題ない。自慢ではないが、全国模試ではいつも2位を取っている。ちなみに、1位は乾あかりという毎回全教科100点を取る上に、15歳でノーベル賞を取ったことのある正真正銘の化け物だ。
紅人は自動調理装置「ディッシュメイカー」の電源を入れるとタッチパネルでトーストを注文する。この100年で人間が家事をする必要は無くなった。食事は材料を買ってきて機械に突っ込めば勝手に出来上がるし、掃除はロボットがやってくれる。
「食事が出来上がりました。お召し上がりください」
ディッシュメイカーは無愛想な声で食事完成を知らせる。2枚出てきたトーストのうち1枚にはバターをぬり、もう1枚にはジャムをぬる。甘いものが好きな紅人はものすごい勢いでトーストを口に詰め込む。
朝食を済ませた紅人は紅茶をすすりながら端末を開き、お金の整理をする。今日は早退した後、母の元を訪ねて生活費とその他のお金を渡さなければならない。
戦前、紅人から見て祖父にあたる者を早くに亡くした父は、最強の人間を作ることを強く望んだ。その結果、『デザインチャイルド』と呼ばれる遺伝子組み換え人間として生まれたのが紅人だ。実験のため、紅人の父と母は結婚せず彼を作った。言うなれば種と土壌の関係だ。
遺伝子組み替えで生まれた彼を自分の子として見られなくなった母は、彼が3歳の時妹を連れて出て行った。その後、別の男と結婚して2人の子供を授かった母だが、実験に協力する対価として生涯の生活の保障を望んでいた。父が社長の頃は振り込みで済ましていたのだが、紅人が社長になってからは手渡しにしている。
「そろそろ行くか」
彼はベットの横の引き出しから80式拳銃を取り出し、腰の後ろのガンベルトに収める。ブレザータイプの制服の左の内ポケットに予備弾倉を2つ入れる。2118年現在も一般人の帯銃はもちろん違法だが、ちょくちょく国家機密に関わる彼には色々と特権が与えられている。帯銃もその1つだ。
エレベーターを降りた紅人はマークの付いていない黒塗りの車に乗る。現在は16歳から自動車免許は取得可能になったので、18歳の彼が運転していても何も問題ない。
時刻は8時40分。9時には職委員室に行くと伝えてある。ナビで調べると学校までは30分。間に合うためにやるべきことは1つだ。彼はいつもよりアクセルをふかして学校へ向かう。
道路交通法を大幅に破った紅人は午前9時ぴったりに学校へ着くことができた。至る所に仕掛けられた監視カメラに交通違反を取られてしまったと思うが、後でタクミに消させればいいだけだ。
「失礼します」
紅人は職委員室に入ると担任の先生の元に向かう。
「体調は大丈夫なのか?天城」
天城というのは紅人が学校関係で使っている偽名だ。未成年のため会社のホームページに顔写真は掲載していないが、ビジネスネームの柊紅人は掲載されている。
先天的な病気で入退院を繰り返しているという嘘をついている都合上、学校で柊紅人を名乗るのはまずいのだ。戸籍の問題は政府がなんとかしてくれたので、心配する必要はない。というか、鷹月隼人は出生の関係上国家機密として扱われているので、名乗ることすら許されていない。
「大丈夫と言いたいところですが、明日から2週間ほど治療のため欠席させていただきます」
紅人は担任に治療証明書と中期間欠席届を渡す。
「辛いかもしれないけど、最後まで諦めず頑張るんだぞ!」
先生の励ましに罪悪感を覚えた紅人は「それではこれで」と言って足早に職委員室を後にする。
職委員室を後にした紅人は保健室に立ち寄る。病弱という設定を装うという目的もあるが、最大の理由は保健室の先生に会うためである。言っておくが、やましい関係ではない。
「失礼します」
「あら、紅人くん。久しぶりね」
「山中先生、今は天城修です」
山中はいたずらぽい笑みを浮かべる。
彼女は山中 友美26歳。彼女は保健室の先生だが、本職は警視庁公安部特務課エージェントである。もともと秘密裏に紅人を監視するため2年前にやってきたのだが、紅人は3日で彼女の正体を見破った。別に彼女の工作員としての腕がポンコツなわけではなく、紅人の、正確にはタクミの電子ハッカーの腕が良すぎただけだ。以来、紅人は当局に黙っておく条件として彼女を情報屋として使っている。
「釣れないわね〜。せっかくこんな美女と密室で2人きりだというのに」
友美は着ていた白衣を肩まで下ろし、豊満な胸を半分あらわする。普通なら顔を赤らめて恥ずかしがるか、襲いかかるところなのだが、紅人はただ呆れるだけだった。
「先生、18歳の私からしたら、26歳の先生の色気は大人びすぎて気が引けます」
それは遠回しに「ババアの体を見ても勃たねーよ」と言っているのと同義なのではと友美は思った。
「それより、今のアメリカについて教えてください」
紅人は丸椅子に腰掛ける。その間に友美は下ろした服と白衣を元に戻す。
「私なんかより紅人くんの方が詳しいんじゃないの」
「たしかに国内のネットワークにはいくらでも介入出来ますが、海外はそうはいかないんですよ」
タクミの腕を使えば海外の機密情報にアクセスできないことは決してないだろう。しかし、確実に足がつく。国内にはオリジナルの脱法回線を構築しているタクミだが、海外の情報にアクセスするときにはせいぜい、公共の回線を迂回して足取りをつかみにくくすることぐらいしかできない。だから、リスクを追って調べるより公安のおねーさんに聞いた方が旨味が多い。
「最近は政権交代で言論に対する弾圧が強くなったかな。後は軍備拡張のスピードが早まってきたかな」
「うちの政府はそれを黙って見ているのか?」
「今は選挙前でそれどころじゃないんだよねー」
「野党に政権を取られるとめんどそうだな〜」
今の与党は戦前から政権を取っているためいろいろと融通を利かせてくれるが、野党はそうはいかないだろう。場合によっては工作しておく必要がありそうだ。
「だから、最近のアメリカ空軍はフランス空軍並みの力を蓄えてるかな」
「敗戦から3年で国力を取り戻すとは、さすがアメリカですね」
「私が知ってるのはこんなもんよ」
「ありがとうございます。また来ます」
紅人は椅子を戻して保健室から出て行く。
今回のお話はどうだったでしょうか?ご意見をいただけると嬉しいです。
さて、最近は冬が深まりより一層寒くなってまいりました。体調には気をつけているつもりですが、私は毎年体調を崩すのでこれから心配であります。
もう一話ほど紅人の身の周りの話を挟んでからお仕事(戦闘回)に突入していきます。次回はこの作品のヒロインが出てきますので胸を膨らませて待っていただければ幸いです。