引き出しで共有する秘密
敵の情報がほしい。レッター級の雑兵の個々のデータはともかくも、カーディナル級の数人くらいの情報はおさえておきたい。武具の能力以外にも、名前や容姿、二つ名など、知っておきたいものはたくさんある。
カガリにそう要請され、ユミオウギは手元の手帳をめくる。"エンキーリディオン"と名のつくそれは一般に出回るほどの低級の武具だが、"観測士"ユミオウギが持てばどんな武具よりも優れるものになる。
書き込んだ文章を保存するだけでなく誤字の修正や内容の整理までしてくれる。呼び出したい情報を思い浮かべながらページをめくれば、そこに目的の文章が浮かび上がる。"観測士"には欠かせない武具のひとつだ。
そんな機能をした手帳をめくり、カガリから要請された情報について思い浮かべながら手帳を開く。適当に開いたページには望みの情報が書かれていた。ユミオウギが知る限りのカーディナル級の人間についての情報だ。
左手で手帳を持ったユミオウギは右手でペンを持つ。銀の首軸のそれは自動書記機能を持つ。思い浮かべた内容を読み取り、紙に書き記す。"エンキーリディオン"と同じく"観測士"の必需品である。
「筆記開始」
呟き、手を離す。銀色の軸のペンが支えもなく紙の上に立った。
ユミオウギの呟きをスイッチにしてペンがひとりでに動いて書き始める。すらすらと筆記を始めたことを確かめ、ユミオウギはカガリに繋ぎっぱなしの通信に向かう。
「今書いてる」
少し待ってくれ。
そう言っている間に書き終わってしまった。ひとの手ではできない速度で自動書記を終えたペンは、力尽きたようにぱたりと机の上に転がった。
ユミオウギは今しがたできたばかりの書類を机の下の引き出しに放り込んだ。
この引き出しは何の変哲もないただの引き出しに見えるが、実は内部は武具によって異空間に繋がっている。引き出しの容量と同じ程度の小さな空間は、カガリが領主の仕事をするための執務机の引き出しとつながっている。
これによって、わざわざ取りに行かなくても引き出しを介して物品のやりとりができる。便利なのでユミオウギはこの引き出しを愛用していた。
「仕事が早くて助かる」
礼を述べたカガリは、書類に目を通す。今しがた書き上がったばかりのそれはまだインクが乾ききっていない。
ざっと文面を眺め、その内容を頭に入れたカガリは引き出しにそれを戻した。即座にユミオウギが自分の机の引き出しから回収する。
「その書類、弟子に送ってやれ」
弟子に、というより彼と一緒にいる彼らたちにだ。
ラピス諸島の巫女のため。故郷の復讐のため。奪われたものを取り返すため。その目的上、ほぼ間違いなく猟矢たちはパンデモニウムへの侵攻の先陣を切るだろう。大事な旗印だから後ろに控えていろと言っても聞かないはずだ。必ず真っ先に乗り込む。
誰よりも早くパンデモニウム本拠地に突入するだろうし、そこで待ち受けるパンデモニウム団員と戦うだろう。これはその助けとなるかもしれない。敵のことを知っていれば対処はある程度容易だ。
「……わかった」
"観測士"たるもの情報は現地で採取してほしいものだが。その能力も技術もあの弟子にはあるのだし。
調べればわかる情報を教えるのは主義に反するのだが仕方ない。情報共有は大事だ。ユミオウギはカガリとの通信をいったん切り、そのまま弟子のもとへと繋げる。
「聞こえるか、馬鹿弟子」
自分が知っているカーディナル級の情報を記した書類を今から送る。そう言ってさっきの引き出しとは別の段の引き出しに書類を放り込む。やはりそこも武具で作り出した異空間に繋がっている。繋がる先は弟子の自室の机の引き出しだ。
用件だけを伝えたユミオウギは、好きに活用しろと最後に言い残して通信を切る。即座に再びカガリに繋ぎ直した。
「足りそうか?」
ユミオウギが問うのはこれからのことに備えての人員と物資のことである。
これから始まるのはパンデモニウムとの戦争だが、ただ全戦力をシャロー大陸に傾ければいいというものではない。
パンデモニウムは"コーラカル"を迎え撃ちながらも、小さな隊を各地に送り込むはずだ。その防衛の戦力も我々には必要なのだ。
そして、それらを維持するための物資も当然必要となる。食料や資材、装備、道具諸々。
永久凍土に覆われたシャロー大陸には国も街もない。ひとが住める環境ではないのだ。そこに進入するのだから、進入する者たちにはそこで休息を取るための拠点が要る。おそらく、拠点を点々と築きながらパンデモニウム本拠地へと進んでいくことになるだろう。
そのための物資は足りているのか。人の割り振りは問題ないか。問うユミオウギにカガリは何も心配することないと言いたげに緩く首を振る。
「足らすさ」
シャロー大陸を越えてパンデモニウム本拠地へ。その点に関してはこれ以上ない方策がある。そうカガリは口端を吊り上げた。
「……まさか…あれか?」
その方策とやらに心当たりがあるユミオウギはカガリに問う。あれは半分冗談のようなものだと思っていたのだが。まさか。
いや、確かにそれはもっとも単純かつ簡単な方法ではあるが。だが正気の沙汰ではない。
「おや、知らんのか。私はひとの度肝を抜くのが好きなのだよ」
師匠は本当にすごいんだぞ、と自慢するアルフの耳に通信武具の着信が届く。話をすればなんとやら、自慢真っ最中の相手からだった。
その通信は、資料を送るとだけのシンプルな一言だけ。それだけを残して切れた。
「資料?」
何か送ってくれと要求した覚えはない。アルフは首を傾げる。
必要な情報は自分で集めるべし、との信条を掲げるユミオウギは、皆と共有しなければいけないもの以外はこちらが要請しない限り情報を送ってくることはない。
調べてわかるようなことは一切教えてくれない。知りたければ自分で調べろということだ。
そんなユミオウギがわざわざアルフに資料と称して情報を送るとは。バハムクランの皆に周知しておかなければならない連絡事項ではなく。
不思議なこともあるものだ。首を傾げながらアルフは席を立った。自室の部屋にある机がユミオウギの机の引き出しに繋がっている。
「ちょっと行ってくるけど、そこのノンナの揚げ焼き食べるなよ! 特にハーブローク!」
びしりと指を指して釘を刺しておく。少し席を外していた間にハーブロークに食べられるのはいつものことだ。さすがに取り皿から奪ったりはしないが、食うなと言っておいたのに大皿から消えていることはよくある。
「わかったわかった、お前の皿によけておくから行ってこい」
そう言いながらハーブロークは大皿の上のノンナの揚げ焼きをアルフの皿へと移してやる。取り皿から奪うほど卑しくはないのでこれでもうノンナの揚げ焼きはアルフのものだ。
「本当に食うなよ!」
大好物を取り皿に確保しても油断はできない。改めて釘を刺してアルフは自室への階段をのぼっていった。
その足音が消えた頃、ハーブロークはにやりと口端を吊り上げた。
「よし、アルフの飲み物になんか混ぜようぜ」
「イイネ! とりあえずデッドペッパーソースからいこうカナ!」




