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カミサマが助けてくれないので復讐します 3  作者: つくたん
戦いの前に
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弓扇、砂のあと。

「ボク思うんだケド」

「うん?」

「ユミオウギって字デショ?」

キロ島に住むキロ族は(あざな)という文化がある。

名前というのは個を判別するための記号ではなくその人の本質を示すというキロ族の考え方から生まれたものだ。

名前を晒し本質を晒すということは、弱点を晒すに等しい。名前ひとつであらゆることがわかってしまう。

だからキロ族は名前を隠すのだ。それは人間同士のことというよりも、人と神の間のためだ。名前の代わりに字を用いることで神から身を隠すのだ。

本来、神が人に下賜するものである武具作りの技術をキロ族は自分たちの手で開発しその境地に至った。その裏には神が持つ技術に手を伸ばすことへの畏れがあった。人間ごときが神に並ぶ気かと神の怒りを買うことを恐れた。もし怒りを買ってしまったら罰がくだされる。だが、キロ族の始祖たちはそれしか生き残る道がなかった。生きるためには人間の手のみで神に並ぶしかなかったのだ。だから神の罰を避けるために個を特定できる名前を隠したのだ。それが今まで継承されてきた。

キロ族の危惧に反し、神は人間の努力を認めキロ島に永遠の火を灯したために字の存在意義は半分失われたのだが。

「ってコトは本名があるんダヨネ?」

「あるな」

字の文化はキロ島以外にない。

普段は字で呼ばれているため、外でも呼ばれ慣れている字を名乗る場合の方が多い。だが、キロ族であっても島の外に出れば本名を名乗る時もある。神の目はキロ島にしかあらず、島の外までは届かないということらしい。

「ボクら、ユミオウギの本名、知らナイんだケド」

弓を得物にしている扇屋の義息子。だからユミオウギと名付けられたと聞いている。元々はキロ族でないのだが、キロ族の娘と結婚するにあたり字が与えられたとか。

ということは本来の名前があるはずだ。それを知らないのはなんだか寂しいし不公平だ。ボクたちは真名なのにユミオウギだけ字なんて。そうアッシュヴィトは語る。

「えー……あー、あぁ、そうだなぁ」

確かにそうかもしれない。アルフはユミオウギと知り合ってからずっと師匠と呼んでいたからそんなこと考えたこともなかった。

アッシュヴィトの言いたいことはわかる。互いに言葉を交わしたことは数少ないが、それでも面識ができた以上は気にはなる。よく言葉を交わすカガリの真名を知っているぶん、余計に。

わかるのだが、それをアルフが言っていいのやら。キロ族にとって真名というものは重要で、キロ族と結婚しその文化に迎合しているユミオウギだってその重要さを知っている。それをほいほいとアルフが教えていいものなのか。

ばらしたところでユミオウギ本人は構わないだろうし、キロ島内で真名を呼ばれない限りはどこでどう呼ばれても気にしないだろうが。

「え、ナニ? バラすのも躊躇するくらいダサいノ?」

「いやそんなわけあるか!」


エルジュでそんなやり取りがあることなど知らず、ユミオウギは次々と集まってくる情報に囲まれていた。

たった今、通信武具を介して届けられたクレイラ島からの情報に耳を傾ける。報告を述べるのは悪友のスティーブだ。ユミオウギという字を得る前からの知り合いだ。

「僕からの……というかクレイラ島からの報告は以上だよ、チェイニー」

「……真名」

「いいじゃないか、キロ島の外に神の目は届かないんだろう?」

咎めたようなユミオウギの口ぶりに平然とスティーブは返す。キロ島内で口にするならともかく、スティーブがいるのはクレイラ島だ。神の目はそこまで届きはしないだろう。真名で呼ぶことに何の咎めもない。

そもそも彼とはユミオウギという字を得る前からの仲なのだ。当然、真名で呼んでいた期間の方が多い。呼び慣れているのは真名の方で、字で呼べと言われても舌は自然と真名を呼んでしまう。これは仕方ない。キロ島内では絶対に口にしないよう努力しているのだからそれだけでも褒めてほしい。

「……結局、クレイラの指導者は誰になるんだ?」

領主が殺された一件以来、クレイラ島はずっと指導者不在だ。"コーラカル"加入の調印式はスティーブが出たが、あれはあくまで代理である。

後継者争いで決まらないのではなく、その逆だ。候補者がいない。

砂嵐の季節では隣家同士の交流でさえ断絶する。そんな中で領主が民の誰知れず殺され、危うくパンデモニウムの支配下に置かれそうになってしまった。反抗した者は皆殺されてしまったということは、今生き残っている役人はその時にパンデモニウムに命乞いをした人間だ。そんな臆病者に領土を任せられるかと民が怒るのだ。

「苛烈なシャフ族は一回火がつくと止まらないからね」

あれも駄目、これも駄目と候補者になりそうな役人に次々とけちをつけていく。瑕疵のない人物でないと絶対に納得できないし、しないのだ。

それがシャフ族の性情なので、落ち着くのはもう少し先だろう。

「お前がやればいいだろう。砂島の民の間じゃお前の名も挙がってるみたいだが?」

「冗談言わないでよね」

あれはあくまで代理。その座につくつもりはない。自分はミララニの一員なのだから。自警団が政治の場に介入するなど相応しくない。第一、今、ミララニは3人しかいない。シャフ族でない男とシャフ族の女と記憶喪失の竜族の娘。どれもその座につくには難があるし、ついたとしても政治の場を渡り歩く技量もない。

後継者選びに参戦しない、関知しない。その代わり誰が領主になっても反対しない。スティーブたちミララニはそう宣言している。

それなのにクレイラ島の民は次の後継者にミララニの名前を出すのだ。事に関わり、その解決をなした彼らこそ次の領主に相応しいと。

先の宣伝を盾にして固辞し続けているのだが、なかなか世論は覆せない。

「もう諦めて就いたらどうだ」

「やだよ」

政治なんてやったら神秘学の研究が止まるし妻を愛でる時間も減るし仲間と遊ぶ時間も減る。シャフ族ですらない自分には自警団風情がお似合いだ。スティーブはそう肩を竦める。

「シャフ族かつミララニというならお前の嫁か」

「ヴィリが領主だなんてそれこそ冗談じゃない」

彼女が政治の舞台にあがるだなんて。ヴィリに権謀術数を渡り歩く技量などない。風の噂にはベルミア大陸のシヴァルス国が王権交代を視野に後継者たる娘を連れ回して経験を積ませているようだが、あれ以下だ。

問題は技量の話だけにとどまらない。領主として時に非情な判断をくださねばならないこともあるだろう。その時に平然といられるほど、ヴィリの心は強くない。パンデモニウムによって何人もの仲間を失ったあの晩の慟哭をスティーブは忘れはしない。

そんなヴィリに政治などできはしないだろう。心が耐えられない。もしクレイラ島の民が次の領主にとヴィリを指名した場合、スティーブは全力でそれを阻止する。

「……そうか」

それを聞きながら、ユミオウギは心中で小さく溜息を吐いた。

これはなんだかんだ、スティーブがその座に就くだろうなと。嫁や仲間が槍玉にあげられるくらいなら自分が立つだろう。スティーブはそういう男だ。

決意する日も近いだろう。そう思うユミオウギをよそに、スティーブの話は続く。

「そう、昨日のヴィリの可愛さったらね……あ、ヴィリ。いつの間に背後に。ちょっ、痛い! ベイト(待って)! キコロハンタ(暴力反対)!」

砂語で何かわめいている声が聞こえてくる。

状況を察したユミオウギはそのまま通信を切った。これ以上はスティーブの悲鳴しか聞こえないだろうし、そこから先は夫婦の時間だろう。

やれやれと溜息を吐いて気持ちを切り替えたユミオウギはこの間にも蓄積されていた大量の報告文に目を向けた。

「……冗談じゃない量だな」

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