叱責雷光
「ということがあったんだと」
その日の晩、飯を口に運びながらハーブロークは昼にした雑談を披露した。ミリアム諸島の大樹の精霊トレントの妙な心変わりについての話だ。あれほど頑固な精霊が急に態度を変えるだなんて。
「あー……ナルホド……」
その話を聞いたアッシュヴィトが心得たように頷いた。
うんうんと、なにやらひとりで納得している。どうやら心当たりがあるらしい。
何か思い当たることがあるのか。そうハーブロークに問われ、うん、と首肯する。
「ほら、キロ島がセシルに……パンデモニウムに脅されて戦いになったジャナイ?」
表向きの中立などやめて、反パンデモニウム組織を解散し我々に服従せよと。"破壊神"の完成を引っ提げ、セシルはそうカガリに要求した。
そのまま戦闘になり、猟矢たちはその救援にと派遣された。キロ島周囲の海を守護する骨鯨が召喚され、しまいにはキロ族の守護神でもある火の神カグツチが現れて返り討ちにしたあの時のことである。
「ソノ前に、ボク、ビルスキールニルに帰ってたデショ」
そこで神との対話をしていたのだが、その時の話だ。
ミリアム諸島での戦いを語り、精霊トレントの頑なな態度を指して愚痴たアッシュヴィトに、樹神ラウフェイは苦笑を浮かべた。あれは頑固者だから仕方ない、頑なな態度は許してやってほしい。だが森を守るあまりそれに固執し、自らを崇める民を束縛するのはよろしくない。森の調停者たるアレイヴ族を守るために遣わした精霊としてあってはならない。遣わした神として、精霊トレントの態度を叱っておこうと。
そう話した樹神ラウフェイに向けて、雷神トールは問いかけた。叱るのならば怒りと罵りを統べる雷光によって叱責しようかと。
それからはキロ島の危機を察してその話は打ち切られたのだが。
「……トール、やっちゃったのカナって」
樹神の要請に応じて叱責の雷を叩き落としたのかもしれない。ハーブロークの話ではちょうどその日は嵐があったというし、それに便乗して叩き落としたのかもしれない。というより叱責の雷を落とすために嵐を呼び起こした可能性もある。それならば風神アンシャルも協力したのか。気まぐれを司り、奔放な悪戯好きであるアンシャルの性情ならありえる。つまり、ひとりの精霊を叱るために3神が共謀したということになる。
精霊トレントの急な心変わりの原因はそれだろう。神に叱られて本来の使命を思い出し、それに沿うならばと外部からの立ち入りに許可をくだした。そう考えれば納得できる。
「成程なぁ」
共謀して叱責するだの叱られて萎縮するだの、神とそれに遣わされた精霊のくせに妙に人間くさい行動をするものだ。
はぁー、と感嘆の声をあげたハーブロークは皿に残ったノンナの串焼きに手を伸ばす。最後の1本だ。しかし寸前でダルシーの指がさらっていった。
「あ!」
「……早いもの勝ち」
そう言ってダルシーは串焼きにかぶりつく。感情を表に出しにくいダルシーだが、その顔は悪戯に成功した子供のような表情をしている。
串焼きを取り損ねたハーブロークの手は所在なさげに付け合せの野菜炒めに伸ばされる。塩で味をつけただけのシンプルな野菜炒めだ。それを取り皿に移して口に運ぶ。
串焼きを食べ損ねたハーブロークを見ながら、バルセナが自分の取り皿の上の串焼きを串から外す。串から外した肉を半分だけハーブロークの皿に移してやっていた。
「そういや、アルフ」
「ん?」
さりげない恋人同士の愛を見せつけられながら、猟矢はアルフに話を向けた。
ここ数日、"観測士"として色々と業務に追われているが大丈夫だろうか。情報収集に情報整理、伝達に拡散。キロ島にいる師だけでなく各地のクランとも連絡を取り合っている。情報が錯綜しないように常に最新情報を取得し伝達する。
あれやこれや相当頭を使うはずだ。猟矢がやったらものの数分で知恵熱を出して寝込みそうだ。
気遣う猟矢にアルフは緩く首を振る。このくらい"観測士"ならば普通のことだ。そこまで気を遣われるほどのことでもない。
「まぁー、事も事だしなぁ」
大きな物事の前にはそれなりに大仰な準備が必要なものだ。むしろアルフがやっていることはこれからの物事に対し少ないといえる。それはきっと、各地の"観測士"がやりやすいようにある程度情報が整理されているからだ。それをなしているのは、世界最高の"観測士"たる師ユミオウギなのである。
「すごく簡単に言うと、俺は師匠からの情報を皆に伝えて、こっちで得た情報を師匠に送るだけ。そんなくらいのモンなんだよ」
ただし、その量は半端ないのだが。
エルジュとキロ島間でこれほどの情報のやり取りがあるということは、各地からの情報が集積するユミオウギの仕事量はどれほどか。きっと途方もないのだろう。そしてユミオウギはそれを涼しい顔でさばいていくのだ。だからアルフはユミオウギを尊敬する。世界最高の"観測士"として。