二面作戦
「うーん……よし! やろう!」
その他に障害はなく、あとは俺とヴィトの心次第。ということらしい。
それなら、と猟矢は腹をくくった。ここまでお膳立てされているのならやるしかないではないか。
ここでやっぱり堅実に行こうだなんて言い出したら、あぁこうだとぐだぐだ何行も費やした意味がない。
「正気かよ。……まぁいい、やるならやるぞ」
やると決まったらそれを全力でサポートするのがユミオウギの役目だ。
まさかこんな突拍子もない案を採用するとは、と内心思いつつ、ユミオウギは手元の議事録代わりのメモに丸をつけた。きちんとした議事録は別の人間がつけているのでこのメモは自分の覚え書きのためだ。
カガリの案を書きつけ、そしてアルフの霧の魔竜とラクドウの狼の群れのことを書き添える。
「ならヴィリアのシーラウェイル王、頼まれてくれますか」
「えぇ。今指示を出しました。到着まで2日ほどお待ちいただけますか」
ラピス諸島に運ぶ予定だった物資をキロ島へ。指示を出したヴィリアの王は柔和な笑みを向けた。
「簪隊に連合召喚の指示を。後でこちらも合流しよう」
「御意」
カガリが背後に鋭く指示を飛ばす。伝令役の青年が素早く議場から駆け出した。
簪隊の魔力を練り合わせ、神の召喚をなすほどのものにするにはしばらくかかるだろう。2日か3日か。1週間か。何日かかるにせよ、氷原を渡る部隊が氷原を渡りきり、パンデモニウム拠点の前に広がる森に到達するまでには間に合うだろう。その到達もパンデモニウムの動き次第で遅れるだろうし、神の召喚に関しては時間的な余裕はある。何とかなるだろう。
「なら改めて作戦をまとめるぞ。氷原とキロ島から乗り込む二面作戦でいく」
氷原を渡りきるには時間がかかる。大陸横断という単純な距離もあるし、永久凍土の厳しい寒さに加えパンデモニウムの迎撃もあるだろう。
なので氷原側の部隊を先に行かせる。彼らが氷原を進み、森に到達したタイミングで神を召喚し、キロ島とシャロー大陸を繋げる。そしてキロ島側の部隊が進軍する。
あとは互いにペースを合わせて同時にパンデモニウム本拠地になだれ込むようにする。それからのことは各自判断に任せることになる。
最終的な目的は3つ。
1つは"破壊神"を破壊ないし殺害ないし無力化させることだ。
あれに関する情報はユミオウギの情報網でも捉えられず、詳細はよくわからない。人間に限らずあらゆる生物を取り込み身体を拡張し、他者の生命を活動源としているということくらいだ。
噂に聞くにおぞましいそれが実際にどうなっているのかわからないので、ともかくあの破滅の一撃を使用できなくさせることという曖昧な目的になる。
2つ目の目的はパンデモニウム第1位のロシュフォルと第2位セシルの身柄を押さえることだ。世界の驚異が去ったという宣伝のため人前で処刑したいのでできれば捕縛が望ましいが展開によってはその場で殺しても構わない。というか殺すはめになるだろう。大人しく捕まってくれるはずがない。
そして3つ目。忘れてはならないものが、"グランド・オーダー"ネツァーラグの存在だ。彼はラピス諸島の巫女の意識を封じた武具を持っている。それを破壊せねば巫女はずっとあのまま植物人間状態だ。
だからネツァーラグの持つ武具の破壊が3つ目の目的になる。あくまで目的は武具なので、ネツァーラグ当人の生死はどうでもいい。最悪逃がしてしまっても許容できる。
"破壊神"、ロシュフォルとセシル、そして巫女の意識を封じた武具。この3つが勝利条件だ。
「なら部隊分けだね」
氷原を渡る部隊と、キロ島から乗り込む部隊と。きっちり人員を分けなければならない。
そうスティーブが言った。
旗印のふたり、そして乗り込むに欠かせないアルフとラクドウは後者の部隊だ。猟矢とアッシュヴィト、アルフの仲間であるバルセナやハーブロークやダルシーも当然そこに加わる。
足となるラクドウの狼たちもそんなに数はいないし、キロ島部隊は少人数となるだろう。となると確定したメンバーを差し引くとそれほど枠に余りはない。
人数に余裕がないのならその分決めやすい。先にキロ島側を決めてしまって、残りは氷原側にすればいい。
「えぇと、ビルスキールニルからもう一人来てるって聞いてるけど、彼も主人に同行する感じかな?」
「あん? 俺?」
作戦会議ってまだるっこしいなぁ。退屈そうに欠伸を噛み殺していたバッシュがスティーブに呼ばれて顔を上げた。
「あぁ、いい。アッシュヴィト様にはラクドウがいるだろ。俺の出る幕なんざねぇよ」
氷原部隊が氷原を渡りきるまでの数日、タイミングを合わせるためとはいえ何もせずじりじりと待つなんて性に合わない。
氷原を進撃し先陣を切る方が自分にはお似合いだ。迎撃しに出てくるパンデモニウム団員を一人でも多く殺してやる。
「そう言うそっちはどうなんだ」
「あ、僕? 氷原を行くよ」
質問を返され、スティーブはあっさりと答える。
氷原を渡るとユミオウギから聞かされた時から決めていたことだ。絶対にその部隊に加わると。
シャロー大陸は永久凍土の大陸だ。ということは氷神の力が最も強い土地という解釈ができる。神秘学の世界ではそうなる。
氷神を信仰するスティーブにとっては、氷神の力が強い土地など聖地も同然だ。聖地に行かない信徒がいようか。
「フレスヴェルグ、スカジ、イエクル……地方によって名前は違えどどれも等しく氷神だ。その差異の研究にはうってつけの土地だろう? 行かない理由がないさ」
各地に伝わる様々な氷の神が、"氷"という属性のどの面を切り取って信仰となったのか。寒さか、冷たさか、それとも他の何かか。それらを氷の属性が満ちる永久凍土の大陸で検証しようではないか。もちろん、戦いもこなしつつ。
「あと寒さにかこつけてヴィリに抱きつい……痛っ!!」
すぱん、といい音が響いた。何が起きたのかを察し、バルセナが肩を竦めた。
馬鹿な伴侶を持つと苦労する。よくわかる。ちらりと隣のハーブロークを見た。
「あー……あそこは放っておいて」
真剣な会議の場でなんてことを。悪友の醜態に溜息を吐いたユミオウギは話を戻す。
馬鹿な話に流れてしまったが、部隊分けについてスティーブの言うことはもっともだ。数が少なくなるキロ島側の部隊を決めてから氷原の部隊やその他の雑用の部隊を分ける。
「希望者は?」
「ボ」
すっとヴィリが名乗りをあげた。え、と横でスティーブが硬直した声がした。
反射的にクレイラ島の言葉で喋ってしまったが、島外の人間には砂語は理解できないだろう。思い至ったヴィリは改めて、私、と言い直した。
「え、なんで?」
「……寒いの嫌いなの」
何日も極寒の氷原を行くだなんて想像だけで辟易する。避けられるなら避けたい。
守りの薄いところに奇襲をかけてくるだろうパンデモニウムに備えてクレイラ島で待機すると言うつもりだったが、作戦が二面作戦に変わるならそちらに行く。
火神が打った大地だ。神の力で隆起した大地は地殻変動の影響で地熱で暖かいはずだ。それならそちらを行くまでだ。
それに、とヴィリは内心で付け足す。研究のため、集中したスティーブはあまり構ってくれなくなるから。近くにいても構ってくれないなら思いきって離れた方が気が楽だ。そう言うとスティーブがつけあがるので言わないでおく。
「……あとは?」
挙手順で。ユミオウギがメモを書きながら問うた。




