幕間小話 出番というメタな話
アッシュヴィトと猟矢はふたりでビルスキールニルに行ったのだという。それを聞いたバルセナは、何ともいえない気持ちになった。
あの島でしかできない用件があるのだと言っていた。猟矢がそれを請い、アッシュヴィトがその手段としてビルスキールニルに渡った。それは理解した。
だが、それを聞いた時、バルセナは言い様のない寂寞感を覚えた。あぁ、また置いていかれるのかと。
ベルミア大陸の時もそうだった。あの大陸は亜人差別があり、ベルベニ族だのアレイヴ族だのが行けば石を投げられる。まるで家畜か何かのような扱いを受ける。亜人に尊厳はない。
だからバルセナたちは置いていかれた。ハーブロークも、ダルシーも。
それが厳しい差別から仲間を守るためのものであったが、頭では理解できていても心は納得できなかった。
安全な場所に残され、待つだけなど嫌だった。だというのに、事態はバルセナの心中を無視して進んでいく。
猟矢とアッシュヴィトは特別だ。比類なき魔力を持ち、そして"コーラカル"の旗印。あの二人は世界にとってなくてはならないものとなっている。
自分はそれに付随する付属物でしかないのか。無力さに歯噛みする。
「……と、思うわけ」
苛立ちながらバルセナはフオグアップ林檎のパイにフォークを刺した。
置いていかれるのが寂しい。同時に腹が立つ。連れていけないほど無力な存在に思われているのかと。
ベルミア大陸の亜人差別がなんだ。石を投げられる。上等だ。投げ返してしばき倒してやるくらいの気概も実力もある。
今回だって個人的な用事のために皆を連れていくほどではないだとか遠慮しているが、それがなんだ。せっかくだから観光するかと連れていけばいいものを。
結局少人数の隙を突かれて襲撃されているではないか。その場にバルセナたちがいればもっと迎撃は楽だったろうに。連れていかないから総出になるのだ。結果論だが。
「……要は活躍がないから良いところ見せた、いっ!!」
バルセナの不満を的確に察したハーブロークの足に激痛が走る。バルセナの綺麗な足がハーブロークの足を踏みつけていた。
「あぁ、まぁそうだよなぁ」
「アルフ。私、あんたにも怒ってるのよ」
情報を取り扱う"観測士"だから妙に出番が多い。話の進行役を担当して物事を運んでいっている。
そんな技能のないバルセナは出番がないばかりだ。
「……わかる」
同じくダルシーも頷く。このところ、めっぽう出番がない。
出番を作るためにエルジュの街でもパンデモニウムに襲われてくれないだろうか。不謹慎ながらそう思ってしまう。
「ダルシーはミリアム諸島で主役だったじゃない」
「……そう?」
「そうよ」
アップルパイをかじりながらバルセナは眉を寄せる。
はるか前のこととはいえ、主役を張れる話があったではないか。
だというのに自分はなんだ。主役らしい主役がない。
「最後に話の中心になったの、いつよ」
ハーブロークが鷹の呪いから解放された頃にまで遡るかもしれない。しかもその時は直後の巫女の話にさらわれて印象がない。
言われて、あぁそんなものもあったなと思い返されるほどだ。
「なによ、ちょくちょく出番あっていいじゃない!」
徹夜3日目のエルデナが机を叩いた。
確かにバルセナに主役らしい活躍はないかもしれない。だが小さなところで活躍はしている。ハーブロークの下世話な話を阻止したりだとか。
「私! 出番! もっとない!」
ばんばんと机を叩く。バルセナが食べていたフオグアップ林檎のパイが一瞬宙を浮いた。
バハムクラン唯一の武具職人という貴重な地位でありながら、その重要さに見合った出番があっただろうか。
「どうせその他大勢のひとりとか思われてるんでしょ!! だから師匠の"マギ・シスのラボ"も開かないのよぉ!」
「エルデナ、落ち着け」
寝不足が重なりヒステリー気味になっている。情緒不安定気味に叫ぶエルデナの背中をアルフが撫でた。
直後、出番があるやつは引っ込んでいろと叫んだエルデナによる華麗な背負い投げが決まった。
「おー、飛んだ飛んだ」
窓から外へ一直線。植え込みがあったはずなので怪我はないだろう。
窓の外に投げられたアルフを見送り、ハーブロークがぼやいた。
目立った活躍なんてなくていいけどなぁ。出番も活躍もそこそこあると自負しているハーブロークは心中でごちた。言うとエルデナに窓の外に投げられそうなので黙っておく。
「なぁにしとるんじゃ」
騒ぐエルデナの声を聞き咎め、ユグギルが溜息を吐く。
「出た! 要所を締めておいしいとこ持ってく担当!」
私はそれすらないのよ、とエルデナがわめいた。なんだこいつはと言いたげな顔でユグギルが嘆息した。
出番が欲しければその"マギ・シスのラボ"を開錠させてみればいいのに。
「それができれば苦労はしないの!」
クレイラ島の自警団ミララニから遺品として譲られてから半月ほど。時間の許す限りずっと開錠に挑戦している。
だが、開かない。師の技術と知識の宝庫は固い殻のように口を閉ざしている。
"マギ・シスのラボ"には本体に絡むように細い銀が巻き付いている。これが発動を阻害する錠前を示している。これを突破すれば"マギ・シスのラボ"は展開する。
あれこれ調べた結果、合言葉を用いて開錠するものだというのは判明した。だがその合言葉がわからない。ヒントもない。
魔術式を解いて強引に展開させるのは無理だ。それは鍵のかかった鉄の扉を素手で破るようなもの。それならば合言葉を推理する方がよほど建設的だ。
「そういうの、スルタン族の知識にない?」
「あるか馬鹿者」
ぴしゃりと言い放つ。
師匠の言葉を思い出せばきっとそこに答えがあるはずだ。スルタン族の知識をたずねるよりもずっと答えに近い。
「単純なところだと口癖とか」
ハーブロークが口を挟む。
出番がないとヒステリーを起こすエルデナの地雷を踏み抜いて窓の外に投げられる前に話題を移すに限る。
投げられたアルフはというと、玄関に回り込んで戻ってきたのだが、ハーブロークたちがいる席まで来る途中で船乗りたちの酒飲み対決に巻き込まれてしまった。
羽交い締めにされてアズラの果実酒を飲まされている。あれはきっと吐くまで酔い潰されるだろう。かわいそうに。
「えぇ? そんなの特に……」
口癖と言われても。師匠であるグウィネスには頻繁に繰り返すようなフレーズはなかった。はずだ。
エルデナは怪訝そうに眉を寄せる。その背後で酒を強要されているアルフがギブアップ宣言をあげているが無視。
グウィネスの過去の発言が合言葉であるというのはおそらく正解だろう。グウィネスの性格ならそうする。師弟の間にのみ通じる暗号を用いて技術と知識の伝達をされている。
だが、その発言の中に合言葉になりえそうな言葉があっただろうか。
「暗号とかそういうのだって、私を赤い花って呼ぶくらいで……あれ?」
かちり、と小さな音がした。見れば、"マギ・シスのラボ"に巻き付いていた細い銀の飾りが砕けていた。
「え、嘘!? 答え、それ!?」
赤い花。グウィネスがエルデナを指すその単語が合言葉だったのか。
ぱちくりとエルデナが目を瞬かせる。錠が開いたのは嬉しいが、しかし待ってほしい。
「…で、出番……!!」
もう少し、こう、あってもいいではないか。紆余曲折の末にだとか苦労の果てにだとか。
こんな呆気ない開錠なんかされてしまったら、ただでさえ少ない活躍の場が減る。せっかく開錠のくだりで長々引っ張ろうと思っていたのに。
いや、半月ほど悩んだ鍵が開いて嬉しいのだが。いやしかしこんな展開は予想していなかった。もう少し空気というものを読んでほしい。
「いいじゃねぇかよ、開いて」
「うるさい、馬鹿ぁああああーーーーーー!!」
直後、ハーブロークが窓の外に飛んだ。




