疾風迅雷の如き
姉のように慕っていた存在が死んだ。そう魔力を感じ、サンドリアは目の前の戦闘を放棄して身を翻した。
「逃がすとお思いですか?」
対立する以上、逃がしはしない。たとえ戦意を失った敵が相手としてもだ。
我が天に掲げし樹神の名において来たれ、拘束の蔦よ。そう唱えたイルートの頬を見えない手が撫でた。
それは、イルートが呼び寄せた樹神の力であった。顕現した力は招請を無視し、逆にイルートを制止する。
「なぜお止めになられるのですか」
捕らえ、殺せば後顧の憂いは断たれるだろうに。
たとえここがビルスキールニルの民の墓前で、やろうとしていることはそれを汚す行為だとしても、イルートは構わなかった。
墓前を汚し、ここに眠るビルスキールニルの民の不興を買うことより、逃した敵が主を害する方がよほど恐ろしい。
「だからこそ」
だからこそ止めるのだ。手のかかる子供に言い聞かせるように、イルートの頬を包み込んで顕現した樹神ラウフェイは頬笑む。
もはや追う必要はない。あの娘の行き先にはバッシュがいる。もしあの娘が姉分を喪った憎悪で戦意を呼び起こすならば、バッシュがそれを片付けるだろう。
それならばイルートが追う必要はない。それよりもまだ決着のついてないところに加勢する方が先だ。
そうでしょう、と囁かれ、イルートはようやく主とその友人のもとに邪悪な気配があることに気がついた。
「アッシュヴィト様、サツヤ様…!!」
「行きなさい、貴女が呼び起こした我が力において、この場は蔦が守りましょう」
そう背中を押され、イルートは身を翻した。
激しい剣戟は続く。
大型のランスと大剣の大重量同士のぶつかり合いは長いこと続いていた。
イルートとサンドリアのように片方が圧倒することなく拮抗し、バッシュとフェーヤのように言葉を交わすことなくひたすら剣戟を繰り広げる。
その無言のやり取りは遠くの気配の変動で打ち切られた。
「……死んだか」
ラクドウが凪ぎ払った剣を受け流し、ぽつりとジャーベルは呟いた。
東の方角にあったフェーヤの魔力の気配は、ぷっつりと断ち切られたように感じられなくなった。それが意味することはひとつ。フェーヤの死だ。
だがそれはジャーベルの心を動かさなかった。同じパンデモニウムの人間でも、同じカーディナル級の人間でも、同じ十章衆の人間でもだ。
狂信するロシュフォルのこと以外はどうでもいいとさえ言い切る彼の心は同胞の死ごときで揺れ動かない。むしろロシュフォルの望みを達成する前に力尽きた無能と蔑みさえおぼえる。
だから次の瞬間にはジャーベルの記憶からフェーヤのことなど消えていた。もはや顔すら思い出せないほどに。
それよりも目の前の敵を討ち滅ぼすことの方が重要だった。ロシュフォルの望みを阻害する邪魔者を排除しなければならない。
「はぁっ!」
狂信の騎士はランスを振るう。渾身の力をこめてランスを繰り出した。
「っ!」
狂信の騎士の一撃をラクドウは受けて立つ。
大剣を盾代わりにしてぐわりと迫るランスを受け流し、返す手で剣を振り下ろす。大剣の重量を活かして上からランスを叩き切った。
武具破壊。ぱりん、とランスは元の腕輪に戻り、砕け散る。
だがそれで終わりではない。次の刹那、叩き切られた衝撃で弾かれたジャーベルの手には新たなランスが握られていた。
何らかの能力を秘めた一品ものの武具とは違い、何の能力もない大量生産品だからできることだ。
何の能力もない大量生産品など簡単に砕かれることは折り込み済みだ。それなら、同じものを予備としていくつも持てばいいのだ。砕かれたら即座に予備に交換すればいい。
新しく呼び出したランスを握ったジャーベルの右腕には、同じ腕輪がいくつも連なっていた。
手首から肘まで。じゃらじゃらと連なる大量生産品の腕輪はまるで籠手のようだった。
剣を叩き下ろせば簡単に砕けるとはいえ、あれをひとつひとつ、すべて砕くには骨が折れそうだ。
だが、武器がなくならない限りジャーベルは諦めないだろうし、たとえすべて砕かれたとしても奴は敗北を認めない。
狂信するほどの忠義とはそういうものだ。命ある限り絶対に屈しない。
この戦いはどちらかが死なない限り決着はつけられない。ならば、殺すまで。
「"ブレイブスレイヴ"」
それなら殺そう。こんなところを血に汚すのは本意ではないが仕方ない。
ただの大剣として振るっていた愛剣の、本来の能力を使って。
「……我が天に掲げし雷神よ」
そういえば記憶を操られ、パンデモニウムの手先として利用されていた時には使っていなかった。5年ぶりの本領発揮の時となるか。
そんなことを思い出しながらラクドウは愛剣に呟く。同時に駆け出した。
正面からひと薙ぎ。返す手で振り下ろす。地面に食い込んだ剣を軸に背後に回り込み、地面から剣を抜くついでに切り上げ。振り上げた剣を袈裟がけに斬り下ろし。叩き下ろした勢いを使って持ち上げ、脳天めがけて叩きつける。
それは電光石火の攻撃だった。駆け出してから5回の斬撃まで、ほんの数秒。ひと呼吸にも満たない高速の連撃だった。
「ぐ…っ…!」
たて続けの斬撃は厚い金属板の鎧が受けた。ジャーベルへの傷は浅い。だがそれでいい。この連撃は鎧を砕くためのもの。締めくくりの一撃を的確に当てるための。
連撃はマーキングだ。締めくくりの攻撃位置のための印づけ。
ぱり、と空気中に紫電が散る。次の瞬間、斬撃をなぞるように電流が走った。
斬りつけた剣戟を記憶し、魔力でもって呼び起こした雷撃がその剣戟をなぞる。それがラクドウの愛剣の能力だ。
「あが…っ!!」
雷がそのまま地面を走ったような雷撃はジャーベルを容赦なく痛め付ける。
感電し、痺れたジャーベルの右手を狙い、電撃を帯びた大剣が切り払う。腕を切断するつもりのそれはぎりぎりのところでランスに阻まれた。
「ぐ、ぅうう…!!」
だがそれで止まる剣ではない。刃に乗った電撃はランスでは防げない。ばりばりと迸る雷光は砕かれた鎧を走り、鎧に包まれた狂信の騎士を焼く。
「おのれ、おのれ、おのれぇええっ!!」
苦悶の叫びを聞きながら、ラクドウは横薙ぎにした大剣でランスを砕く。一瞬丸腰となったジャーベルの腹を捉え、切っ先を突き刺す。
まさに駆逐というべき勢いだった。雷の属性は罵倒と憤怒を司る。その性質をそのまま体現したかのような怒濤の剣であった。
「……死ね」
ぽつりと呟き、ラクドウは突き刺した切っ先を切り払った。




