三官迎撃
パンデモニウムが現れた。このタイミングで、ここに。
狙いは生き残りの3人か。"コーラカル"を率いるアッシュヴィトの心の寄る辺がここにあると知って、それを砕きにきたのか。
たった3人なら殺すのもたやすいと。死体を吊るし、見せしめにしてアッシュヴィトの心を叩き折って絶望させるために。
「イルート! 何人!?」
この島の出入りは白き祈りの空の通路のみ。どんな転移魔法でも必ずそこにつく。複数の浮島からなるビルスキールニルが唯一海上に置く島がそこだ。
そこの管理と監視と守護を任されているのがビルスキールニルの神官たちであり、イルートはその長だ。
「1人…いえ、3人ですね。正面、東西に1人ずつ」
杖を手繰り、精霊に様子を見させたイルートが答える。その言葉を受け、ラクドウが無言で身を翻した。談話室の扉を開け、そのまま立ち去っていく。
やや荒い足音を立てていずこかへと向かっていったラクドウを見送り、はぁあ、とアッシュヴィトは長い息を吐いた。
「……ラクドウ、めっっっちゃコワイ……」
身を翻したラクドウと一瞬目が合ったのだが、形容しがたい顔をしていた。殺意というものをそのまま形にしたような、抜き身の刃のような鋭い眼光であった。たまたま目が合ったアッシュヴィトが思わず身構えてしまうほどに。
「なんであんな顔してるんだよ…」
無意識に強張ってしまった顔から力を抜こうと深呼吸しながら猟矢が呟く。
アッシュヴィトと同じく目が合ったが、あれは抜き身の刃というより苛烈な雷光そのものだ。この世界において、裁きを下し憤怒と罵倒を象徴する雷の性質をそのまま写し取ったような。
それほど激昂することがあるだろうか。いや、今までラクドウがパンデモニウムにされたことを思えば殺意がみなぎるのも当然なのだが、それにしたって。
「サツヤ様、恐れながら申し上げます」
斥候に用いた精霊を労って杖を操り、イルートは軽く頭を下げた。
敵が現れたのは白き祈りの空と呼ばれる小島の正面と東西。3方向からだ。
あの小島は全体がビルスキールニルの民の墓となっている。死んだ者はそこに葬られ、魔力が結晶となり小島の風景を形成する。
とはいえ無差別に葬られるわけではなく、ある程度身分に応じて区分けされる。一般市民は正面にあたる南、兵や騎士たちは東。神官や神職にあたる者たちは北。そして、それ以外、王家に従事する働き手たちは。
「……西には何があると思いますか?」
「あ……!!」
そこまで言われ、猟矢はようやく思い至った。
王家に従事する者の墓。兵士や神官以外がそこに眠る。たとえばあらゆる記録をまとめ保存する文官だとか。
そう、文官といえば。いるだろう。ラクドウがあれほど激昂する理由になりえる文官が。猟矢は記憶からその名前を引きずり出した。
ファイノレート・ビレイス。ラクドウの恋人であり、妻になる予定だったもの。婚約を周囲に発表し、幸せの絶頂にいたその日、あの惨劇は起きたのだ。
「そりゃぁ怒る……」
納得した。とても。遺体が結晶となるならば、あの結晶はただの墓標ではなく彼女そのものだ。それが害される危険があるのならば、それは必死にもなるだろう。
「というコトはラクドウは西ダネ。じゃあボクとサツヤで正面と東を……」
「おっと、アッシュヴィト様。そりゃねぇよ」
自分と猟矢でそれぞれ返り討ちにしてやろう。そう言いかけたアッシュヴィトを制してバッシュが割り込む。
ラクドウに先を越されたが、自分の本業を忘れないでほしい。ビルスキールニルの武官長だ。兵を統べ、ビルスキールニルを守る立場にある。
「東でいいか。任せてくれ」
にぃ、と不敵に笑い、バッシュは羽織ったマントを翻して談話室を出た。
ややあって、談話室から廊下へ出たすぐ近くにある転移装置が作動した音が聞こえた。
「ソレなら、ボクが正面に…」
「それには及びません」
イルートが割り込んだ。穏やかな声だが、そこにはきっぱりと確固たる意志が存在していた。
白き祈りの空はビルスキールニルの民の墓。そこを管理するのは神官の役目。ならば侵入者の対応もまた役目のうちだ。
それに、主は我らに言った。ビルスキールニルを守れと。それならば、今、それに応える時。
「将は陣地で構えているものですよ」
それに、奴らの目的は主たちでもある。アッシュヴィトと猟矢を討ち取れば"コーラカル"は旗印を失って瓦解する。
生き残りである自分たちを殺しアッシュヴィトの心を折ることも、旗印を殺して"コーラカル"の心を折ることも、どちらも奴らの狙いだろう。今回はおそらく前者を狙ってやってきた。だが旗印がここにいると知れば後者も目的に加えるはずだ。
それならば、我らが前に出よう。自分たちより旗印の方が失えば痛い。旗印の死は世界が万魔に敗北すると同義。
自分たちは死んだとしても例の神との契約がある。今現在生きている我々とて、死者を蘇生させる巻き戻しの範疇だ。アッシュヴィトさえ生き残っていれば最終的に逆転はかなう。
「アッシュヴィト様、サツヤ様、ごゆるりとお待ちください」
望まぬ客を追い返して参ります。地面につきそうなほど長い髪を翻して一礼したイルートは談話室の扉を閉めた。




