白き祈りに砕く空
一方、王宮前広場にて。
「アッシュヴィト様が帰ってきたって?」
「えぇ。今は神殿に」
神に訊ねたいことがあるというので、友人をひとり伴ってきた。とても重要で深刻な質問だそうなので、済ませてからこちらに挨拶しにいく、と。
杖を手繰り、精霊に食事と宿泊の手筈を伝えながらイルートはバッシュへ告げた。
「友人って?」
この前何人か連れてきていたが、それか。問うとイルートは頷いた。ただし連れてきたのは今回1人だけだ。
「ほー、どいつだよ?」
「サツヤ様ですね」
何の能力もなさそうな凡百に見える少年だという印象をイルートは抱いているが、どうやらそれは誤った認識であるらしい。その証拠に、杖を用いて命令を下している精霊が喜んでいる。まるであの少年のために働くことが嬉しいかのように。
こんなことは初めてだ。猟矢という少年はそれほど特別な素質を持っているのだろう。
「おっと」
噂をすればなんとやら。転移装置の作動の音が聞こえ、バッシュは背を預けてだらけていた身体を起こした。そのまま膝をついて頭を下げた。
転移装置の前で待ち構えていたラクドウもまた自然な動きでその場に膝をつく。イルートも精霊への指示を中断して膝を折って跪いた。
「おかえりなさいませ、アッシュヴィト様」
「ドーモ、ラクドウ。イルートもバッシュもネ」
アッシュヴィトは臣下たちの跪礼にひらひらと手を振って応える。楽にしてイイヨ、と礼の姿勢を解かせた。
「お待ちしておりました。談話室に用意がありますので、まずはそちらに」
「早いネェ、アリガト!」
とりあえずまず近況報告からだ。ビルスキールニルの留守を預かる3人は直接"コーラカル"の連絡系統に組み込まれていない。この島では、外部との通信武具での通話が閉鎖されているためだ。"ラド"をはじめとした転移武具もビルスキールニル人でなければこの島に立ち入れないようになっている。強引に立ち入ろうとしても必ず白き祈りの空の通路に飛ばされる。
ほいほいとアッシュヴィトが転移するので忘れがちだが、本来ビルスキールニルは外部と隔絶された幻の島だ。アブマイリの祭の時に王族が何人か訪れるので実在するのだろうと、そのくらいの実感しかない、ほとんど伝説か神話かの存在だ。そうなった理由がこの外部からの隔絶なのだ。どうしてかはわからない。ただ神がそう定めたからそうなっている。
そういうわけで"コーラカル"の連絡系統からは完全に外れている彼らに外部の情報が入ってくることはなく。まずはそこからだ。今、世界がどうなっているかを話さねばならない。
"コーラカル"という同盟が立ち上がり、全世界を巻き込んだ大規模なものになったこと。パンデモニウムと"破壊神"の存在。吹き飛んだアルフェンド国とその一撃の話。降り落ちてきたそれを打ち消した猟矢の特殊能力のこと。そしてこれから何が起きようとしているのか。
猟矢の補足を挟みつつ、アッシュヴィトがすべて話し終える間に時報が3度鳴った。
「…と、いうコト。3時間のご静聴アリガトウゴザイマシタ」
気取ってそう締めくくる。用意されていた茶菓子が入った籠はとっくに空になっていた。
「戦争か、そりゃあまた大規模な話だなぁ」
おそらく、この戦いがパンデモニウムとの最終決戦だ。パンデモニウムか、世界か、どちらかが全滅するまで終わらない戦いとなるだろう。
"コーラカル"に与する戦力のほとんどがシャロー大陸に乗り込むのだろう。氷原を越えて凍った木々が並ぶ森へ、山を越えればパンデモニウム本拠地がある。その進軍の先頭を切るのは間違いなく目の前にいる主とその友人たちだ。
「そういうコト」
そこで決めておかねばならないことがある。それはイルートたちがそこに加わるかということだ。
今までの命令通り、ビルスキールニルの留守を守るためにこの地にとどまってもいい。憎い仇をひとりでも手にかけるために戦列に並んでもいい。バッシュ、イルート、ラクドウの3人はどうするのか。それを聞いておきたい。
アッシュヴィトとしてはどちらでも構わない。たとえ3人全員戦いを選んでビルスキールニルが空になったとして、空になった故郷をパンデモニウムの遊軍に攻められたとしても問題ない。ここは神に愛された島。誰の魔力も媒介もなく、神は自力で顕現できる。攻められたとしたら自力で顕現して返り討ちにするように神に命令すればいい。アッシュヴィトはそれができる存在なのだから。
だから本当に、何かに遠慮することなく心のままに自分の自由意思で決めてほしい。残り、留守を守ったとしても戦いから逃げ出したと責めはしないし、戦列に加わったとしても、故郷の守りを捨てたと叱りはしない。好きなように決めてほしい。
「ま、イマ決めてってのも難しいだろうからネ、明日、ボクらが帰る時に教えてくれたらイイヨ」
まだ現状を飲み込むので精一杯。戦いという言葉に逸って飛びついて、やっぱり故郷の護衛がよかったと嘆かれても困る。ゆっくり考えて後悔しない方を選んでほしい。
「えぇ」
その前に、とイルートは立ち上がった。イルートの指示で家事をこなしていた精霊たちが警告を発して騒いでいる。
ビルスキールニルの玄関口である白き祈りの空の通路に魔力を感じる。誰かが来た。誰。決まっている。この禍々しい魔力はあいつらにしか出せない。
「…パンデモニウム…!」




