真実に至る道
翌日。エルジュには珍しく雨が降っていた。しとしとと降り注ぐ雨は活気のある港町に穏やかな静かさを提供する。
こんな天気では露店も開けず、大通りの店はほとんど閉まっていた。生活必需品や食料品の店だけは木の板の屋根の下でこじんまりと開店している。
「ヴィト、ちょっといいか?」
今日の配達仕事を終えた猟矢がアッシュヴィトに呼びかける。窓辺に座り、外を眺めていたアッシュヴィトはゆっくりと振り返った。
「ナァニ?」
かわいらしく小首を傾げてみる。
やたら真剣な顔をしている猟矢の様子を見て、表面の態度は崩さずに心のなかで身構える。これはかなり真面目な話をもちかけてくる予感がする。
「あの、さ」
曰く。例の"蛇の魔女"に会いたいのだそうな。
"蛇の魔女"。それは世界にひっそりと噂される伝説だ。来店した者のどんな願いでも叶えるという薬店。その店を利用した者には悲惨な運命が待ち受けているという。その伝説の店はクレイラ島のどこかにあり、あの店でなければ願い事が叶わない人間にのみ道は開くという。
アッシュヴィトはその薬店への道を知っている。店主たる"蛇の魔女"と知り合いであるためだ。
「えぇー……ヤだなぁ…」
猟矢の要求にアッシュヴィトは苦い顔をする。あの店主、悲惨な運命に苦悩する人間を眺めるのが何よりも好きなのだ。そんな人物に猟矢を会わせるのは気が引ける。というかできれば会わせたくない。
猟矢という存在にあの店主が興味を持たないわけがない。異世界から来た、魔力は桁外れ、規格外の存在。あの店主の興味を否応でも引くだろう。放っておくわけがない。
こんな規格外の存在は悲惨な運命に対してどう足掻くのだろう。そんなことを思いつくのは間違いない。そしてまるで試練のように"蛇の魔女"はあらゆる手で猟矢を苦しめるだろう。足掻く姿を眺めるために。
そんなこと、絶対にさせるわけにはいかないのだ。"蛇の魔女"は相当にえげつない人でなしなのだ。
「お願い! この通り!」
お願い、と猟矢は頭を下げる。どうやらこの頼みは興味関心の類ではなく、きちんと目的があってのことだ。
しかしなんでまた、猟矢は"蛇の魔女"なんかに。
「……うぅん……ソンナに言うなら考えるケド……デモ、いったいどうして?」
理由を聞かせてもらおう。でなければ納得できない。あの店主でなければならない用事とは何か。
まさか"コーラカル"に加わってほしいとかそんな理由ではないだろう。そんなことを要求できる相手ではないというのは猟矢だって理解しているはずだ。"蛇の魔女"は人間の営みと隔絶されたところにいる。パンデモニウムがどうこう、世界がどうこうだなど興味がない。
「いや、ほら、ええと、ベルミア大陸でネツァーラグとやりあった時にさ」
あの時、ネツァーラグは言っていた。この世界の真実を求め"蛇の魔女"を訪ねたと。
それならばつまり、"蛇の魔女"とやらは世界のあらゆることを知っている。もしくは知る手段を持っている。はずだ。
「……そんなコト、アイツ言った?」
「え? 俺が相手した影身はそう言ってたけど……ヴィトは聞いてない?」
「ナイ」
それはつまり、猟矢にだけ情報を多く与えたということか。あるいは、自身の運命を設定した元凶を前にして昂り、余計な情報を口走ってしまったか。
何にしろアッシュヴィトはそんな話は聞いていない。何らかの手段で世界の真実を知り、絶望ゆえに猟矢を憎んでいるとしか知らない。その手段について、アッシュヴィトが対峙した影身は喋らなかった。
「ヴィト、すごい顔してる」
「そりゃぁねぇ……」
苦虫をまとめて噛み潰したような顔をしている自覚はある。アッシュヴィトは肩を竦めた。
あの魔女、世界情勢だの国家間の争いだのに関わらないくせに、こういうところで関わるから嫌いだ。アッシュヴィトは内心で呟いた。誰がどうしてこういうことをするのか、物事の発端とその動機をなぞっていくと、必ず彼女にぶつかる。
あらゆる事象が塔のように積み重なってひとつの物事を形成するとするならば。その事象の塔を崩してめちゃくちゃにする犯人がいるのなら。その犯人に塔を崩すよう唆す役は"蛇の魔女" なのだ。決して自分は事象を積み重ねないし、物事の塔を崩すこともしない。ただ、"壊せば何か変わるかも"と囁くだけ。そんなふうに彼女は世界というものに関わるのだ。
ネツァーラグにも関わっていたのか、あの魔女は。成程、この懊悩は確かに魔女好みだろう。彼女は他人が悲嘆と絶望にまみれ、それでも足掻く姿を眺めることが何よりも好きなのだ。砂を掻く努力と呼ぶそれだ。掴んだ先から崩れ落ちていくような砂の山を掻いて頂上へ登るような膨大な努力だ。
"蛇の魔女"の存在がどうしてここで出てくるのか、答えから逆算すればすんなりと納得できる。この世界の真実を知った男が何をするのか眺めたい。そう考えて真実に至る鍵を渡したのだろう。そしてネツァーラグは目論見通り、運命を設定した元凶を殺さんとして必死に足掻いている。
「……うぅんと、つまり、ナニか知りたいコトがあるってコト?」
「知りたいというか調べたいというか……回答を得るための手段が欲しいんだ」
ふむ、とアッシュヴィトは頷いた。知りたいことがあるというのは、おそらくこの世界の成り立ちに関わる話だろう。何を問うのかはアッシュヴィトにはわからないが、猟矢の表情からして重要なことだ。他人から見たら些細なことだろうが猟矢にとってはとても大切なことのはず。
理由はわかった。だがあのろくでもない魔女のもとに猟矢を連れていけるかというと、否である。他人の悲嘆と絶望を眺めることが人生のスパイスである魔女は猟矢の疑問に答える代わりに何を要求するのかと思うと気が進まない。
だが、"蛇の魔女"ほどの人物でないと猟矢の疑問には答えられないのだろう。だから猟矢も危険を承知でアッシュヴィトに頼んでいる。情報に長けるアルフであっても、その師であっても誰も猟矢の疑問には答えられないからだ。
「……あ」
そうだ。いいことを思い付いた。




