ただの短編じゃないか
「第6位、"幸甚"フェーヤ・フェーユ」
万に一つという言葉を実現する女。そうユミオウギからの情報には書かれていた。
"こうなるかもしれない"という可能性がわずかにでもあればそれを実現することができる。放たれた矢が自分の心臓を貫く前に横風に吹かれて狙いが逸れるかもしれない、逸れた結果当たらないかもしれない。そんな可能性があるのならば"そう"する。
そうなればいい。そうなったら嬉しい。そうなったら幸せだ。幸甚に尽きる。だから彼女は"幸甚"と呼ばれるのだ。
「さっきヴィトがちらっと言ってたのもそれだろうな」
"幸甚"と名乗るパンデモニウムの女を崖から突き落とした、とさっきアッシュヴィトは言っていた。あの高さから落ちたのだから、"万が一でもない限り"生きてはいないだろう、と。
だが、彼女はその"万が一"を引き寄せる武具を持っているのだ。それが起きる可能性があるのならばそれを実現する。空に浮かぶビルスキールニルから海に突き落とされたとしても、"この高さから落ちても海面に叩きつけられても死なない可能性"があるなら無事だし、"たまたま近くに船が通っている可能性"があるのなら落下地点付近に漁船が通るし"船に乗っている漁師が救助してくれる可能性"があるなら救助される。
たとえわずかでも可能性があるなら彼女は自身が望む運命をなぞる。
「運命を操るというかなんというか……」
非常にややこしい能力を持つ武具だ。発動していないのなら望む運命を引き寄せられないのだが、それでもだ。この手のものは常時魔力を注ぎ、常に発動させているのが当たり前。つまり彼女はいつでも好きな運命をなぞれるのだ。
「対策を考えるのは後だな。次読み上げるぞ。十章衆第5位、"木偶"トトラ・エプヴァンタイユ」
不動かつ無能。堅牢かつ有能。そう呼ばれている。
遠い先祖に竜族がいるらしく、竜族の強靭な身体と圧倒的な膂力が自慢だ。純血の竜族には及ばないが、ヒトよりははるかに強靭だ。
その身体を活かし、また先祖の信仰になぞらえて、堅牢なる大盾の武具を持つ。身丈よりも高い盾は地面に突き立てればまるで砦のように見える。その大盾の壁でもって仲間を守るのだという。
盾というより壁や砦のような大きさゆえに、その場を動けない。動くことができない。よって"木偶"と名がついた。木偶というと侮りがちだが、実際は木偶の無能どころか有能すぎる盾である。その頑強な盾は生半可な攻撃では傷ひとつつけられない。
「"虚偽"のハラミカ・ヴァレヘテリア。第4位だな」
彼のこれもまた厄介な効果の武具だ。
一言でいうなら、発動している最中に喋った言葉は反転する。すべて嘘になり、嘘と反対のことが起きる。言葉とは逆の現象で現実を塗り替える。
死んだと言ったら生きているし、生きていると言ったら死んでいる。彼が喋ることはすべて逆になるのだ。
「"万が一"も塗り替えられるかもな、力関係的に」
この順位付けは実力順だろう。6位と4位の力量差がどれだけあるかはアルフにはわからないが、確実にそこには上下の格差がある。もしかすると、6位の"可能性の発現"さえも"嘘"にできてしまえるのかもしれない。
万が一の実現でさえ厄介で面倒そうだというのに、それを越えるかもしれない能力とは。
「…頭痛ぇなぁ……ああ、次。十章衆第3位、"狂信"ジャーベル・グリアノーテ」
特に言うことはない。今までの連中とは違って武具はシンプルだ。何の能力もない槍。それだけである。大量生産品の、一般にも出回っているような低級の武具なのだ。
「大量生産の低級品でも、戦闘向けの武具と渡り合えるほどの槍術ってわけさ」
戦いに向いているような上級から中級の武具が扱えないわけではないだろう。だが彼は大量生産品の槍を使うのだ。
その理由はただひとつ。パンデモニウム第1位"デューク"ロシュフォルにその槍術を褒められたからである。低級品でも使いこなすその槍術は素晴らしいと褒められたことで、彼はそれ以降ずっとその槍を使っている。
それほど彼はロシュフォルに狂信している。ロシュフォルのカリスマ性に惹かれ、パンデモニウムに加わった彼は過激なほどにロシュフォルを信仰している。もしロシュフォルが白と言ったらカラスだって白になる。それほどの狂信者なのである。
「こわっ」
「いきすぎた忠誠心の執念ってやつだよな。……次いっていいか」
十章衆第2位、"犠牲"シシリルベル・フランベルジュ。彼女は血を操る。自らの身体を流れる血を自在に操作し、武器にも盾にもする。
「血を固めてって書いてあるけどこれは……要は巨大なかさぶたか?」
血液の特性を活かして戦うと書いてある。盾にするために血液をどうこうするというのならおそらく血液を凝固させるのだろう。
「貧血になりそう……」
武器や盾にするためにどれだけの血液を必要とするのだろう。自分の血液でなければならないというならば、そのためにどれだけの身を削らねばならないのか。
死と隣り合わせの能力だ。身体に流れる血液の半数を失ったらひとは死ぬ。3分の1でも致命的だ。
「敵を倒すために身を削る。だから"犠牲"なんだそうだ」
その駆け引きの中で生きている。今こうして生きているということはつまり、死と隣り合わせの中で死線をくぐり抜けてきた証だ。
名前負けしているという印象を受ける十章衆とやらだが、上の方はそれなりに実力者であるらしい。曲がりなりにもカーディナル級だ。侮りは改めなければならない。
「それで最後。筆頭。"断罪"マズルカ・ヴェイジマーズル」
自らをマガネと名乗っている。その響き、そして別名を名乗るという風習からどうやらキロ族であるらしい。
マガネとは真鉄。鉄のことだ。その名の通り、銀色の美しい刀を振るうという。
刀は特に何らかの能力を秘めたものというわけではないらしい。安価で大量生産されている低級の武具というわけではないが、ただ刃こぼれしにくく血曇りしにくいだけの切れ味がいい刀剣だ。
「"徒桜"なんて風流な名前の武具だとさ。……さて、読み上げ終わり、お疲れさん」
長いこと喋って疲れた。そう言ったアルフは手元にあったコップを引き寄せる。
そういえばダルシーが異様にこれを見つめていたような。そう思いながら中身をあおり、一口飲んだその瞬間。
「ぶぇっ!!!」




