十章なんて
「あのバカップルはほっといて……その十章衆とやらの個々の情報、いるだろ?」
師匠からの情報の読み上げとなってしまうが聞くだろう。そう言ってアルフは手元の手帳をめくった。
「下からいくぞ。十章衆第10位、"対立"サンドリア・ザントアウア」
砂時計の女傑とも言われる。その呼び名の通り、砂時計の武具を持つ。"時の砂"と呼ばれるそれは使用すると術者の傍らに巨大な砂時計を出現させる。その砂を操り攻撃や防御に用いるという。
ただしそれには条件がある。呼び出した砂時計をひっくり返し、下へと零れ落ちた砂だけが操りの対象だ。満足な攻防ができるほどの十分な量を得るためには、砂時計からある程度の量が落ちるまでを待たなければならない。
「時間をかければかけるほど強くなってくってコト?」
「そういうことだな」
最初は攻撃も防御も心もとないほどのわずかな量の砂しかない。だが時間が経つにしたがって落ちた砂の量が増え、操作できる砂の量が増えれば。
砂を得るためには対立する敵と長い間向かい合い続けなければならない。だから二つ名を"対立"という。
「十章衆第9位、"鉄壁"ギルベルト・ワールドウィカ」
パンデモニウムになる前はヴィリア国の王家に仕える騎士の端くれだったらしい。
軍に所属する兵士や騎士となれば、家を離れて王家管轄の兵舎での生活となる。兵舎での生活に必要な資金は国庫から支払われる。兵たちが負担する金はない。
そのため生活が苦しい家庭では口減らしとして子供を軍に志願させることがままある。彼もそうやって軍に入れられたくちだ。
自分の意思など無視して無理矢理軍に押し込まれたことが不満であった彼は問題行動をよく起こしていた。年代特有の反抗期もあったのだろう。とにかくまぁ、その兵舎生活は荒れ果てたひどいものだったという。
なまじ剣の腕ばかり立つものだから戦いでは不敗を誇り、その功績と引き換えに問題行動は見逃されていた。
「そんな粗野な野郎はついに騎士にまでのぼりつめた……というと華々しい出世の話だけどな。実態はひどいぜ」
ヴィリア国の兵舎にあった記録曰く。上官であった騎士を戦闘のどさくさに紛れて殺して席を開け、そこに強引に滑り込んだのだという。
王家への忠誠などあったものではない。騎士の忠誠を忘れた男として彼はヴィリア国の騎士団に席を置いた。
しかし堅苦しい騎士生活に嫌気がさしたようで。騎士を辞めると言い残してヴィリア国を去ったという。
その後、次に彼を見たのは5年前のビルスキールニル襲撃であった。その時彼は巨大な盾を持ち、その盾で押し潰すという戦い方をしていたという。
「あーー………なんかいたカモ……」
盾でぶん殴る乱暴者が市街地を荒らしていて民兵と戦闘になったとかなんだとか。5年前のあの日にビルスキールニル王宮でその報告を聞いた覚えがあるようなないような。
なにせ大層な名乗りの割に思ったより簡単に返り討ちにできたという報告を聞いて、その程度なのかとそれほど気にもとめなかった。それよりも真っ直ぐ王宮を目指して侵攻するセシルの対処に追われていて、大層な名乗りをした有象無象の雑兵同然のものなどに構っている余裕などなかった。
「まぁ次いくぞ。十章衆第8位、"戦鬼"ニネマライア・マトリア」
彼は特殊な武具を持つ。通常、武具といえば4つのタイプに分けられる。武器に変ずるウェポンタイプ、属性元素を操るエレメントタイプ、時空間に干渉するディメンションタイプ、異界から人ならざるものを呼び出して使役するサモンタイプ。
しかし、彼の武具はそのどれもにあてはまらない。彼は自らの肉体を化け物といっていい姿に変え、その膂力でもって戦う。
異形に成り果てて戦う彼のことを指し、"戦鬼"の二つ名がついた。
「十章衆第7位の女……ってかガキだな、"災厄"カリコ・マラガナイト」
身に秘めた魔力の量によって老化が遅くなるこの世界で外見年齢などあまり役には立たないのだが。
だがそれにしたって彼女は幼い。実年齢など知らないが、外見年齢でいえば彼女の年齢は両手の指で足りるほどだ。
そんな彼女は殺し合いを遊びととらえていて、"おにくやさんごっこ"でひとを殺す。目の前に立ちはだかる敵を肉の役にして、自らは肉屋として"肉"をさばく、そんな悪趣味な遊びだ。
それになんら悪びれることもなく、まるで無邪気な子供のよう。だからこそ、たちが悪い。まるで災厄だと恐れられた彼女はそれがそのまま二つ名となった。
「ヤダネェ……イイよ、そういうわかりやすい悪人」
まだ10位から7位までしか聞いてないが、どれもわかりやすい。荒くれ者に化け物に倫理欠如。とてもよくわかりやすい敵だ。まるで紙に書いたように。
紙に書いたようにといえば、彼らもやはりこの世界と同じように猟矢の創作したキャラクターがモデルとなっているのだろうか。そう考えるとなんとなく納得できる。なんとまぁ創造力たくましい発想力の乏しい子供が考える敵らしい。
そんなことを考えながら、アッシュヴィトはちらとアルフの手元のコップを見る。激辛調味料をなみなみと混ぜたのだが、アルフはいつそれを手に取って飲んでくれるだろう。




