万魔の成り立ち、第十章
「まぁでも油断は禁物だろ?」
カーディナル級の中でもレッター級に近いとは言っていてもだ。
そう言うハーブロークの言葉にアルフは頷く。油断は禁物だ。相手を侮ることなく慢心することなく神経質に警戒することなく、だ。
「十章衆というからには10人?」
章とはまた文学らしい単語を。これもやはり自分の創作が元ということに起因しているのだろうか。
そんなことを考えながら猟矢はアルフに問うた。そうだなぁ、と気の抜けた肯定が返ってきた。
「パンデモニウムの成り立ちから説明しとくか。5年前、ビルスキールニル以前の話だ」
元々、パンデモニウムはならず者の集団だった。それこそ野盗と変わらない。野盗というと粗野に聞こえるが、当時の団員は神秘学者や科学者などが多く、盗賊の類というよりはオカルト集団に近い。
その時からパンデモニウムのトップは"デューク"ロシュフォルであり、しばらくして第2位の地位にセシルがついた。
「その当時からパンデモニウムの基本的な構造は出来上がっていたってことだ」
それなりに規模が大きい集団だったので、団内で階級分けによる上下関係があった。今のカーディナルの階級はこの時のものから受け継いだ名前だ。団の基礎となる幹部たちということで名がつけられたという。
この時、階級はカーディナル級かそうでないもののふたつしかなく、カーディナル級でないものたちには特別な呼び方はなかった。その代わり、個々の二つ名の方が重要視されていた。
「そんで5年前……ビルスキールニル襲撃だな。その前に、団を再編成することになった」
ただのならず者の集団ではなく、一個の軍隊として。パンデモニウムというものをきちんと再編成することになった。
その際に、カーディナル級でないものたちに対して、階級をつけることになった。一般兵なり雑兵なり雑魚なりやられ役なり、立ち位置を示す階級が必要だったからだ。
そうして名付けられた結果がレッター級という名称だ。そして、その名をつけたのが当時のカーディナル級の10人なのである。
「リネームするなら自分たちもってことで、10人は自分たちにチーム名をつけることにした」
世界を支配するだろうパンデモニウムは規模がこれからさらに拡大するだろう。それにしたがって幹部級たるカーディナル級も増えるだろう。その、後から増えたカーディナル級と古参の我々カーディナル級と一緒にされては困る。我々は元祖であり、新参者とひとくくりにされていい存在ではない。
そう言って彼らは名前をつけることにした、とユミオウギからの情報にはそう書いてあった。
「それが十章衆ってさ」
レッター級という名称が先なのか、それとも十章衆という名称が先なのかまでは書いていないが、ふたつは連動して名付けられたのだ。
「はー、古参のプライドってやつね」
「そうだな」
元祖の集団はロシュフォルというカリスマに従う集団だった。その意識がそうさせたのかもしれない。
これから増えるだろう新参者たちは自分たちがパンデモニウムに所属している理由とは違うだろう。ロシュフォルというカリスマに従いたいのではなく、破壊や略奪を味わいたいだの世界をひっくり返したいだの、そんな目的で加入してくるはずだ。そんな者たちと我々は違うのだ、と。
「ふぅん、ナルホドネ……」
ボクからしたら等しく同じモノだケド。アッシュヴィトは冷たく突き放す。
区別も何も、彼らはビルスキールニルを襲撃した。民を皆殺しにして王を手にかけ、建物を破壊した。そんな彼らは"後から増えるだろう破壊を楽しみたい人間"と何が違うのか。彼らは美しい不滅の島を壊し、殺し、引き裂いた。
「……思い出したらムカついてきた。ネェ、ハーブローク。八つ当たりにぶん殴ってイイ?」
手を伸ばせば届くほど手近にいるし、図体がいいから頑強だし。八つ当たりに殴るにはちょうどいい。そう言いながらアッシュヴィトは手をひらひらと振る。
「なんでだよ」
準備運動とばかりに手首の筋肉をほぐし始めたアッシュヴィトにハーブロークは眉を寄せる。確かに頑強さが売りではあるが、なんでそうなる。
「背中一発平手で打つダケにするから、ネ?」
「それめっちゃ痛くて背中に痕つくやつだろ! やめろよ背中に傷あるんだぞ俺は!」
数日で治る軽い傷とはいえ負傷中だ。そう言うハーブロークが背中を庇うように身をよじってアッシュヴィトから逃げようとする。
「背中? 怪我してるようには見えないけど……?」
猟矢が目を瞬かせる。
これまでの言動を見る限り、ハーブロークにそれらしい動作がなかった。背中を怪我しているというなら、傷でひきつれて痛む背中のせいで腕の動きにも多少の影響が出るはすだが。今までの所作のどこにもそんなことは感じなかった。影響が出ないほどの軽いものなのだろうか。
「名誉の損傷ってやつで。昨晩、ちょっと激しくヤっ痛い痛い痛い痛い!!」
ハーブロークが言い切るが早いかバルセナがその耳を思いきり引っ張る。
成程。思わず背中に爪を立ててしまうほど濃密な時間を過ごしたというわけだ。察して猟矢は目をそらす。
「わかった言わないから! ……ふぅ…耳痛ぇよ……」
「なら言葉に気を付けて」
諫める方も大変なんだから。溜息を吐きながらバルセナは肩を竦めた。




