第52話 楽しい昆虫観察(余計に謎が深まった)
――カサカサカサカサ
俺に妙な液体を飲ませて以降、アラクネは完全に動かなくなった。が! 敵はまだ大勢残っているわけで、そいつを何とかしないと俺達は魔物の餌にされて生涯を終える事になるだろう。
「テニシラさん、逃げ――」
「しっ、声を出すな、出来れば呼吸も小さくしろ」
了解、大人しくするのは得意中の得意だ。気配を殺したすぐ後に灰色の絨毯が、俺達の立っているフロアに迫ってきた。その正体は、勿論アラクネの仲間達だ……下半身が蜘蛛じゃないのにアラクネと呼んでいいんだろうか? ……特に思いつかないからアラクネでいいか。
ともかく彼らは獲物に群がるアリのように、動かなくなったアラクネにまとわりつくと、自らの顎を駆使してアラクネの体を解体し始めた。まだ生きていたのだろうか、ちぎれた下半身の方がびくびくと動き始めた。
「ひっ! 何とおぞまし――――」
騒ぎ出しそうになったマーテルに、【眠り攻撃】を軽く放ち大人しくさせた。
アラクネの動きはおさまるどころかより激しくなっていき、尻の先からゼリー状の丸い物体を放ったところで動かなくなった。
ゼリーは見向きもされぬまま解体作業は続けられ、アラクネは影も形も残さず虫型魔物の胃袋に収まった。
「フェフェルフォフォフォー」
「え!? キルモーフ、お前死んでねえのかよ!」
突然むくりと起き上がったキルモーフに、俺は思わず大声でツッコミを入れていた。【消音】を使ったおかげで事なきを得たが、そうでなければ俺達はアラクネの奴と胃袋で再会していたかもしれない。
「フェフー、ムシャムシャ」
起き上がったキルモーフが、虫の大群を食い始めた事にまた大声でツッコミを入れそうになったが、今度は何とか踏み止まった。
「フェフフェフ、ペッペ」
「吐き出すんかい!」
【消音】様様ですな今回は。
後で知った事だが、キルモーフはあの虫型魔物の出す分泌物を摂取する事で、この雪の大地で飢える事なく暮らしているらしい。この過酷な大地で生き残るために、俺達を含めみんな苦労しているようだ。
奥の道から、キルモーフの仲間達がやってきた。
彼らも虫の分泌物が目当てのようで、それぞれ地面から掬い取って口に含んでいた。キルモーフの食事が完了すると、虫達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。キルモーフが、何か特殊なフェロモンでも出しているんだろうか?
『あれ? 背中大丈夫?』
『さっき、虫さんにザクってね』
『大変! すぐ治してあげるね』
アラクネに寄生されていた、俺と主従契約を結んでいた個体に他の仲間達がよってきた。仲間達は傷口に綿を追加した後に、針と糸でちくちくと修復していき、1分もしないうちに完治させた。
「あいつらって、ぬいぐるみだったのか?」
「ああいう魔物なんだよ、なに驚いてんだ?」
「そうですよ、やはりシンクはまだまだ不勉強のようですね」
……あんなのが当たり前なの、魔物って。




