第35話 女神様が見ている(その3)
「うう、よく頑張りましたね、シンク。……少々わたくしの理想とは違う形でしたが、自らの意思で労働を行い、その対価を得る事が出来たようですね」
女神は、宿屋の一室でシンクの成長を喜んでいた。
ここから先は、彼の意思に任せてみよう、女神はそう思い天界に戻る準備を始めた。
「まだまだ、甘い部分もあるようですが……せっかくやる気になったのですし、あまり干渉しすぎると、またやる気を失くしてしまうかもしれませんしね」
天力の集中が完了し、天界への門が開いた。
『あらぁ~、こんな所においしそうな女神様が』
「魔族!? いつの間に!」
天界への帰還を阻むように、1体のサキュバスが姿を現した。
「変ねぇ~、わたし、あなたに呼ばれてここに来たのよ。あなたでしょ、女の子達の運命を改変してここに集めてたのは」
「魔族など呼んだ覚えはありません! 早く道をお開けなさい!」
「あらあら、もしかしてあなた新人ちゃんかしら? なら覚えておくといいわ、運命というのは全部つながってるの、1つを引っ張れば他の場所も一緒に手繰り寄せられる……もう一度言うわね、わたしはあなたに呼ばれてここに来たのよ」
女神はいつの間にか、サキュバスに抱きしめられていた。立ち居振る舞いからして、けして上位の魔族ではないことを理解したが、人間界で行った数々の重労働により疲弊していた女神に、彼女を振りほどくほどの力は残っていなかった。
「……やっぱりあなた、あんまりおいしそうじゃないわ。魔族や魔物がうようよいる世界で、自分の力を使い果たしちゃうような、可愛そうな子なんて」
「魔族には分からないのでしょう。田畑を耕し、命をはぐくみ、人々との絆を繋ぐすばらしさを、そのために全力を出して何が悪いというのです!」
サキュバスは涙を流しながら、女神の頭を撫でた。
「可哀そうに、女神が何をするために存在するのか、誰にも教わらなかったのね。いいわ、私が教えてあげる。女神の仕事は人間達を守る事、災害や戦争……そして魔族から」
「そんな事あなたに言われなくても知っています! だから早く消えなさい!」
サキュバスはにやりと笑った。
「あらあら? じゃあなぜあなたは、人々を守るために与えられた天力を畑仕事なんかで無駄遣いして、魔族を町に呼び寄せて、あまつさえ魔族にやられそうになってるのかしら? これってきっと、職務怠慢よね、この怠け者さん♪」
「なま! いえそんなはず! わたくしは、誰よりも勤勉で真面目で優秀な――」
「口より先に、手を動かしなさい怠け者さん。ほぉ~らおしごとでちゅよ~、はやくわる~い魔族をおっぱらいまちょ~ね~」
女神の精神は、崩壊寸前だった。誰よりも勤勉であったはずの自分が、実は仕事1つこなせていない怠け者であったという事実を受け止めきれなかったのだ。
「……ホント可哀そうな子。魔族の言葉にここまで心を乱されるなんて、食べなくて正解だったわ、きっとお腹を壊してたでしょうから」
『スゥー殿! 今の叫び声はなんでありますか!?』
「ごめんなさい、部屋を間違えてびっくりしちゃったの」
扉の外にいるミケルに返事をしながら、サキュバスは人間の姿に変化した。
「ここに呼ばれたのがわたしでなかったら、きっと今頃この国は――――ううん、これも運命だったのよ、女神様お仕事頑張ってね」
スゥーは女神に手を振って、女神の部屋を後にした。




