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冬の帝国と精霊対話師  作者: アウグスト葉月
五章
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旅立ち


「うーん……」

 マリポーザは研究所にある自分のベッドで目を覚ました。大きく伸びをする。窓のそばに行ってカーテンを勢い良く開けると、眩しいぐらいの快晴だった。

「いい天気!」


 今日は出発の朝。窓を開けて深呼吸をすると、精霊語を話す子どもの声がした。

『ねえねえ、今日はどこ行くの?』

『おはよう、キルト。今日から古代遺跡を巡って精霊術を学ぶ旅に出るのよ。まずは、精霊界に繋がる魔法陣があったところから行こうと思って』

『ふーん』

 興味がなくなったのか、曖昧な返事をして風の精霊はどこかに遊びにいった。


 裁判が終わった後、研究所はマリポーザがそのまま使えることになった。アルトゥーロの遺品や、精霊術の資料などもそのまま研究所に残っている。


 マリポーザは自室を見回す。兵士が捜索をしたときに荒らされたが、今は綺麗に片付いている。部屋には、精霊術の資料や着替えなどを入れた大きなバッグが一つ。


 マリポーザはバッグを開けて、忘れ物がないか点検をする。アルトゥーロから貰った羽ペンとインクもきちんと入っているか確かめた後、革の袋で丁寧に包みバッグに戻す。


「よし!」

 大きな声を出して気合いを入れて、顔を洗い髪を梳かす。着替えて一階に下り、朝食の用意をする。いつもの習慣でカップを二個取り出しテーブルに置いたところで、一個しか使わないことに気づいた。少しの間迷ったが、二人分の香茶を入れてアルトゥーロの席にも置く。


 一人きりで朝食を食べながら、マリポーザは部屋を見渡した。アルトゥーロがいない今、マリポーザ一人では研究所はやたらに大きく感じられる。


 コンコン、と玄関の扉をノックする音が聞こえた。

「おはようございます、マリポーザ」

 フェルナンドの声だ。

「はーい、今開けまーす!」

 涙を拭って元気よく返事をし、マリポーザは荷物を抱えて扉を開ける。


「今日からよろしくお願い致します」

「こちらこそ、どうかよろしくお願いします」

 敬礼をするフェルナンドにマリポーザは頭を下げる。


「フェリペ少佐が、遺跡を巡る前にニエベ村に立ち寄るよう、おっしゃっていました。ご家族とカルロス君たちがとても心配しているから、と」

「いいんですか、村に帰っても?」

「いいも何も。これはあなたの旅です。マリポーザの自由にしていいんですよ」

 フェルナンドは晴れ晴れとした表情で笑った。その時、馬車が研究所の前に止まる。


「おはよう、よいお天気ですわね」

 馬車から降りてきたフアナを見て、マリポーザは絶句する。

 フアナは男性用の白いブラウスに黒いパンツ、レザーのブーツを履き、艶やかな黒髪を高いところで一つに結んでいる。


「フアナ? どうしたの、その格好……?」

「そうですよ、フアナ様! どんな姿でもお美しいですが……。いえ、なんでもありません。そんな男のような格好で外に出られるなど!」

 フェルナンドは顔を真っ赤に染めて困惑しながらも、フアナから目を離さない。


「私も一緒に冒険をしようと思いますの」

 にっこり微笑むフアナの後ろから、馬で駆けてくるフェリペが見えた。

「フアナ、何て格好をしているんだ、この跳ねっ返りが! 絶対にダメだぞ、マリポーザと一緒に旅に出るなんて!」

「いいじゃないすか、少佐」

 フェリペの後ろからジョルディも馬で駆けて来て、豪快に笑っている。


 マリポーザは笑いながら荷物を抱え直し、朝の陽光が差し込む研究所の中に向かって小さく呟いた。

「行ってきます、マエストロ!」


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