ニエベ村での晩餐
村長の家の台所では、村の女性達が浮き足立って突然の来客の食事の用意をしていた。帝都からの客人が珍しいことに加え、今話題の精霊使いが来ているということで、村全体がお祭りのような興奮を見せていた。特に女性達は、大尉がまるでおとぎ話から抜け出て来たような美男子だと口々に言い、最高潮の盛り上がりを見せていた。
(嘘をついてしまった……)
そんな中、マリポーザは台所で夕食の配膳を手伝いながら落ち込んでいた。
突然「見えるのか?」と聞かれて、「はっきりとは見えないんですけど、感じるんです」とうまく説明できるのかわからず、マリポーザは口ごもってしまった。
以前からずっと憧れていた精霊使いを目の前にして、言葉が上手く出てこなかったという面もある。精霊使い様ってこんな感じの方なんだ、とか、色々頭の中がグルグルして……。
ようするに、憧れの人を目の前にして、舞い上がって緊張し、混乱して慌てて逃げてきてしまったのだ。
でも、精霊使い様にも、風の精霊が小さな男の子のように見えているようだった。
マリポーザは心の底から沸き上がる喜びを抑えられずにいた。精霊が見える人が自分のほかにもいるのだ、と思うと嬉しくて仕方がなかった。
(本当はもっとお話がしたかったのだけれど)
でも、少し怖いとマリポーザは思う。また言われたら? 冷めた顔で「そんな風には見えない」「お前の妄想だ」「嘘つき」また、誰かにそう言われてしまうのが怖い……。
村人たちが用意をした料理は、彼らが今できる精一杯のものだった。羊肉のローストにライ麦パンと芋のスープ、そして山羊乳のチーズ。食料が少ないこの時期に出せる最高の料理を作って、兵士達をもてなしてくれた。そのことに感謝をしつつも、フェリペは自宅の料理が恋しい、と思っていた。
帝都と村では食材からして差があった。帝都には冬でも生の野菜や果物があり、肉の種類も豊富にある。しかし、山村で冬の間に食べられるのは、いつもライ麦パンと芋のみ。運が良ければチーズや肉がたまに食べられる程度だ。
侯爵家出身のフェリペにとって、これは衝撃的とも言える驚きだった。
(うちのシェフが作る牛肉のワイン煮込みが懐かしい……)
ワインと一緒に口に出来ない思いを飲みこむ。
隣を見ればアルトゥーロは平然と食べている。元々庶民の出で、ここ最近に皇帝陛下に特別参謀として引き立てられたアルトゥーロは、慣れているのかこういった貧しい食事に何も感じないらしい。
(こんなに差があるとはね……)
精霊使いの護衛として、陸軍中央部隊特殊任務班に任命されたのは、フェリペを含む十名。大勢ではないが、選りすぐりの兵士を集めた精鋭班だ。特殊任務班は、指揮官であるフェリペを除くと、ほとんどが下級貴族の家柄の者だ。家柄が重視されるインヴィエルノ帝国では、重要なポジションは全て上級階級の者で占められるので、出世は見込めないが皆能力がある部下達だった。
「小麦の白いパンが恋しいですね……」
フェルナンド・デ・ヴィヤレアル軍曹が呟く。食べる前にスプーンを点検し、ナプキンでスプーンを拭く。ささいな汚れも気になるようだ。
フェルナンドは二十歳そこそこの若者だ。フェルナンドは旅の最中でも身だしなみの手入れを怠らず、短い金髪は常に丁寧になで付けられ、軍服にもシワがない。
特殊任務班の大概のメンバーの例に漏れず、下級貴族の出身だが、生まれも育ちも帝都のためか、下手な上級貴族よりも貴族らしいと、フェリペは密かに思っている。
「そうか? 俺はこの酸っぱいパンも好きだけどな」
豪快に羊肉にかぶりつき口一杯に頬張りながら、ジョルディ・デ・アランホエス軍曹が言う。ジョルディは上級貴族の子息ではあったが、異民族の血を引くため、他のメンバーと同じく出世しにくい立場にあった。とうに出世を諦めているからか、それともただ生来の気性のためか、粗暴な言動が目立つ。当然身だしなみにも頓着はせず、赤い髪は常に逆立ち、軍服はよれよれだった。
赤い髪と浅黒い肌を持つジョルディと、金髪で青白い肌のフェルナンド。二人が並んでいると、どちらが上級貴族なのかフェリペはたまにわからなくなる。
ジョルディが飛ばす唾を避けるようにフェルナンドは身体を遠ざけ、酒が入った木のカップを手に取る。
「久々のお酒だ。これは……白ワインでしょうか?」
フェルナンドは用意された酒を口に含み、むせた。
「な、なんですか、これは? 消毒液?」
それを見てジョルディは豪快に笑った。
「お前、芋の蒸留酒は初めてか? 田舎の酒は、大体これだぞ」
「こんなにアルコール度の高いお酒をよく飲めますね。これだから田舎の食べ物は嫌なんだ。繊細さの欠片もない」
蒸留酒を旨そうに一気にあおるジョルディの横で、フェルナンドは上官のフェリペとアルトゥーロのみに振る舞われているワインを羨ましそうに見た。
フェリペはフェルナンドの視線を感じたが、村の貴重なワインを、自分が勝手に部下に分け与える訳にはいかない。じっとこちらを見つめるフェルナンドの視線が痛かったが、あえて何も気づいていない振りをした。