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冬の帝国と精霊対話師  作者: アウグスト葉月
一章
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それぞれの思惑

 アルトゥーロとフェリペには、寝室としてそれぞれ村長の家の客室があてがわれた。ほかの隊員のぶんは部屋数が足りず、集会所が簡易宿泊所となっている。二階にあてがわれたアルトゥーロの部屋のドアを、フェリペはノックした。どうぞ、と言う言葉を聞く前に勝手にドアを開ける。


「アルトゥーロさん」

 自然にフェリペの口からため息が漏れる。

「何度も言っていますけど、もう少し愛想よくできませんかね」

「なんの意味がある」

 アルトゥーロはフェリペのほうを見ようともしない。バッグの中から精霊術に必要な物を取り出し、足りない物がないか確認をしている。フェリペはそんな態度を気にもせず、慣れた様子で部屋の椅子に腰をかけた。


「精霊使いが華々しくデビューした、始めが肝心じゃないですか。国民に精霊使いの凄さをアピールする旅をしているのに、そんな本音むき出しの態度でどうするんですか」

 椅子の背もたれにだらしなくもたれながら、フェリペは肘をついた。


「精霊術の研究を始めたのは今じゃない。三十年以上も前から続けてきたことだ」

 アルトゥーロはちらりとフェリペを見たが、興味がなさそうにすぐに目を外した。鞄から分厚い羊皮紙の書物を取り出すと、窓際の机に向かって座り本を読み始める。


「それはそうかも知れませんけれど。陛下が精霊使いに力を入れ始めたのはここ最近です。役に立つ証明をしなければ、今後どうなるかわかっているんでしょう?」

「……そうだな」

「自分に正直すぎるのも、考えものですよ」

フェリペはぼんやりと宙を見ながら呟いた。


 コンコン。そのときためらいがちに、部屋にノックの音が響いた。

「はい」

姿勢を正して愛想良くフェリペが返事をすると、ドアが恐る恐る開かれ、緊張した顔でマリポーザが現れた。

「失礼します。あの、お食事の用意ができましたので、居間にいらしてください」

「ありがとう、お嬢さん。すぐに下に行くと伝えてください」

 フェリペはにこやかに答えたが、アルトゥーロはちらりとマリポーザを見たあと、何も言わずに本を読み続ける。


「は、はい……」

 マリポーザはもじもじしながら、うつむいてスカートのひだを両手で掴んだ。その様子を見て、フェリペは首をかしげる。

「あ、あの!」

 意を決したようにマリポーザはアルトゥーロを見た。

「精霊使い様は、精霊が見えるのでしょうか?」

 アルトゥーロはうるさそうに顔をわずかにしかめ、マリポーザを見る。

「それがどうかしたか」

 低い声で無愛想に聞く。マリポーザは少し震える声で続ける。

「か、風の精霊は……小さい男の子のように見えますか?」

「なんだって?」

 がたん、と大きな音を立ててアルトゥーロが立ち上がった。その音にマリポーザがびくっと身体を震わせ、フェリペは大きく眉をひそめた。


「見えるのか?」

 マリポーザに詰め寄り、アルトゥーロは両肩を掴んだ。フェリペが慌てて椅子から立ち上がる。マリポーザは顔をこわばらせてアルトゥーロを見たあと逡巡し、うつむいた。

「……いいえ、あの、そう聞いたものですから……」

「なんだ、くだらん」


 アルトゥーロは興味を失くしてマリポーザから離れ、背を向けた。フェリペがマリポーザに足早に歩み寄り、優しく謝る。

「ごめんね、驚かせてしまって。びっくりしただろう?」

 そしてアルトゥーロのほうを向いて顔をしかめる。

「いいえ、では、失礼します」

 首を大きく横に振ると、そそくさとマリポーザはお辞儀をして逃げるように部屋から出て行った。


「ちょっと、アルトゥーロさん! せめて女性にだけにでも、もう少し優しくできないんですか。あんなに怯えさせて可哀想に」

 呆れたようにフェリペが文句を言う。

「ふん、どいつもこいつも興味本位でもの珍しそうに聞いてきて。失礼なのはどっちだ」

俺は珍獣か、と憤慨するアルトゥーロを見て、フェリペはニヤリと笑った。


「そう言えば、皇帝陛下に献上された象を初めて見たとき、僕の妹もあんな顔をしていましたよ」

「象? 熱帯に生息しているという、鼻の長い珍獣か」

 象も精霊術も他の人間にとってはさほど変わらんか、と皮肉っぽく言うアルトゥーロを気にも止めず、フェリペはにこにこと笑った。

「妹と言えば、あの子も同じ年くらいかなあ、けっこう可愛かったですね」

「俺にはガキにしか見えん」

「そりゃそうでしょうよ。アルトゥーロさんにはあのくらいの年の子どもがいてもおかしくないんですから」

僕とはそんなに年の差はありません、と快活に言い放つ。

「さ、食事に行きましょう」

 フェリペはまだ本を読もうとするアルトゥーロを階下に促した。

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