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冬の帝国と精霊対話師  作者: アウグスト葉月
四章
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精霊の掟

 キルトたちは高度を落として森の中に入り、樹々の間を飛びながら進んでいく。木漏れ日が入ってくるが、樹に遮られて森の中はやや薄暗い。やがて前方が開けて明るくなった、と思ったとたん、キルトが手を離しマリポーザは落ちた。

「きゃああああああ!?」

 勢い余って大地につっぷす。

「いたたたた……」

 落ち葉や草がクッションとなってくれたおかげで、怪我はないようだ。


『ちょっと、急に手を離さないでよ!』

 上空で腹を抱えて笑っているキルトにマリポーザは拳を振り上げて抗議した。

「まったくもう……」

 まだ治まらない腹の虫をなんとかなだめつつ、マリポーザは周りを見渡し息をのんだ。

 目の前には泉があった。泉の水は透きとおり、こんこんと地下水が湧き出ているのが見える。周りは樹に囲まれ、その樹の間から幾重もの小さな滝が流れ落ちていた。泉を太陽の光が筋となって照らしている。


 なんて神々しいの、とマリポーザが思った時、精霊語が聞こえた。

『いけませんよ、キルト。もっと優しく扱わないと。人間はか弱いのです』

 泉の水が盛り上がり、水の塊が人の形になっていく。泉の上に、ふくよかな顔に柔和な笑顔をたたえた女性が現れた。女性はマリポーザの母ぐらいの年のように見える。

 水の精霊オンディーナだ、とマリポーザは気づいた。アンジームとは水の精霊のことだったのか。


 アンジームに向かってキルトは唇を尖らせた。

『ちぇっ。そんなに簡単に消えるものなの? 人間って弱っちいの』

『そうです。次からはお気をつけなさい。それより、今日はどうしたのです? 人間などここに連れて来るなんて』

『メヌがアンジームに会わせろって』

『メヌが?』

 アンジームはマリポーザを見た。水でできた顔が一瞬で凍る。柔和な笑顔が冷たくとがめる氷の顔に変わった。


「ひっ」

 思わずマリポーザは後ずさる。次の瞬間、氷が溶けてまた顔が水に戻る。困惑したように目を細め、アンジームは『どうしようかしらねぇ』と片手を頬に当てた。


 キルトはもうすでに興味を失ったのだろう。小鳥を追いかけたり、泉に水を飲みに来た鹿にちょっかいを出して遊んでいる。


『あなたはマリポーザね。私たちと会ったことがあるわ』

『はい。アルトゥーロさんがオンディーナ……じゃなく、アンジームを召還したところを見ています』

 マリポーザは人間界での呼び名で言いかけて、慌てて精霊語の呼び方に戻したのだが、それでもアンジームはまた、氷の表情に豹変した。

『アルトゥーロ……名前を呼ぶのも汚らわしい……』

 凍てついた唇をカタカタと言わせながら、冷たく瞳を光らせる。


『あの……どうしてそこまで精霊はアルトゥーロさんを憎むのでしょうか?』

 マリポーザは勇気を奮って正面から問いかける。アンジームはしばらくマリポーザを見ていたが、ふうとため息をついた。姿もまた氷から水へと戻る。

『精霊界での掟を知っていますか?』

 マリポーザは首を左右に振った。キルトはもちろん、メヌも自分の好きなように勝手に生きているように見える。何か掟があるようにはとても見えない。


『人間にはやたらとたくさんの掟があるようですが、精霊はそうではありません。だから自由に見えるのでしょうけれど、これだけは、という掟があります』

 アンジームは、こちらにいらっしゃい、と手招きをする。マリポーザは言われた通り、泉のすぐ側にある岩に腰をかけた。アンジームは宙に浮いたまま、マリポーザに寄り添うように座るような格好をする。


『簡単なことです。その存在を否定しないこと。どの精霊がどのようにしようと自由だということを認めるということです』

 マリポーザは首を傾げる。わかるような、わからないような……。

『わかりやすく言うと、命令をしないこと。どの精霊も、こうしなさい、ああしなさい、と相手の意に添わない行動を命令することはできません』

 はっとマリポーザは気がついた。


『精霊は己の意思で動くことが自然の理。それを人間が精霊に指図するなど、傲慢もいいところです』

 アンジームはマリポーザの顔を見ながら説くように言い含める。

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