乾いた世界で
はっとマリポーザは目を覚ました。
「う……っ」
身体を動かそうとして思わずうめく。頭も腰も何もかもが痛い。
「ここは……?」
上体を起こす。乾いた赤土が飛んでいく。
目の前には見たことがない光景が広がっていた。
こぶのように隆起した岩山が連なって、見渡す限り続いていた。高い樹は一本も生えていない。低い灌木がちらほらとあるが、ひどく乾いているようだ。
立ち上がって誰かいないのかと周りを見渡す。しかし、人はおろか生き物の気配を感じられない。ただただ固く乾いた岩山だけが、赤と白の縞模様の層をさらして目の前に無言で立ちはだかっている。照りつける太陽と吹き抜ける風の下、マリポーザは途方に暮れて呆然と立ちすくんだ。
そういえば、とポケットをまさぐり、くしゃくしゃに突っ込まれた紙を取り出す。フードの人物からもらった紙だ。暗くてよく見えなかったので、そのままポケットに入れてしまっていたのだった。開いてみると、船のチケットだった。あのフードの人物はどうやら、牢から逃がしてくれた上に、船で国を脱出する手配までしていてくれたらしい。
感謝をすると同時に、国から追われないといけないのか、という絶望感にマリポーザはとらわれた。
「あ……!」
はっと我に返って、胸元のポケットに手をやった。服の上から固い感触が右手に伝わってくる。それでもまだ不安だったので、本当にあるかどうかを確認するため、ポケットから辞書を取り出す。
マリポーザは自分の目を疑った。
「え……?」
辞書が、はっきりと見える。
今まではぼんやりと薄く輪郭が光るだけだった。しかし今は、焦げ茶の皮で装丁された羊皮紙の本だということが、はっきり見える。
左手でページをめくる。中にはアルトゥーロの字で精霊語とその対訳が書き込まれている。ぶっきらぼうで乱暴な文字だが、でもなるべく丁寧にと彼なりに気を使って書いたことが読み取れる。
「マエストロ……」
辞書に涙が落ちた。
マリポーザは辞書を抱きしめて声を張り上げて泣いた。一度声を出して泣くと止まらなくなった。色々なことが起こりすぎて、いっそ消えて無くなってしまいたい、と願う。
さんざん泣いて泣きつかれた頃、自分の上に影が差して暗くなっていることにマリポーザは気づいた。何気なく上を見上げると、そこには大きな男が立っていた。
マリポーザの倍はあろうかという身長で、雪だるまのように丸々としていた。長いひげをはやし、ベージュのベストと茶のパンツを身に着けている。
まるで大岩のような老人だった。